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 劇場は満員御礼だった。

 私は脚本家ということもあり、主賓席に座った。護衛のヴィクターは廊下で待機している。付き添いとはいえ観劇することは叶わなかった。

 アルスや雌猫たちは館にいてお留守番、オーリとサヤは学校の宿舎にいるけど、明日以降に時間を見て招待しようかと思っている。

 期待感のあるザワメキは鐘が鳴るまで続いた。

 静寂に包まれる。

 無音が劇の開始のようだった。無音は壮大な音楽に破られ、劇が始まった。音は内壁を反響して、奥行きのある重厚な音が体を響かせた。夏祭りの花火のように、胸奥から鼓舞されるような音楽だった。


 さてと、はじまり、はじまり……。


 序詞は緩やかに始まり、続いて第1幕の開始。

 最初から言葉遊びの台詞だったので、上手いこと翻訳できなかった。

「虫を殺すのはごめんだ」

 恋愛物語の金字塔の始まりとしては不似合いなものだったかも知れない。


 でも……無事最初の台詞が終わった。

 始まれば必ず終わりが来る。

 さて、さいは投げられた。

 あとはドッシリ構えて、慌てる時に慌てよう。


 ステージ上では美しい人たちが華やかな衣装で演技していた。普段の服と劇用の服は違う。別世界を作るために色彩が氾濫していて、絶妙なところで抑制している。対立する家の話なので、2つの意匠が衝突するようにしており、活気のある熱があった。


 劇は進み――。

 ジュリエットが血を吐くように言う。

「私の愛が、私の憎しみから生まれようとは」

 演出家、演者が変われば悲劇も喜劇に変えることができるのかも知れないけど、内容はほとんど変えていなかった。

 そう――ほとんどね。


「ああ、ロミオ様、ロミオ様! 何故、あなたはロミオ様でいらっしゃいますの」

 有名な台詞だ。

 14歳にも満たない少女の言葉ではないような気もする……。

 夢心地に包まれながら、美しい男女の演技に魅入った。

 劇が始まればすぐに何かが起きるかと思ったけど、初日から何かが起きると思うのは楽観視かも知れない。


「なにもかも上手くいかなくても、まだ死ぬことだけはできるわ」

 相変わらずの激しい台詞だ。

 書いているときも思っていたけど、もしかしたらロミオよりジュリエットの方が熱い性格なのかも知れない。

 ロミオはジュリエットに会う前に運命の女性と出会っている。ロミオはジュリエットを見て心変わりした。だがジュリエットは最初の恋だ。だから、激しいのだろう。


 劇は着々と進むが、脚本家の私には結末が分かっている。

 物語のクライマックスは、ロミオが死んだと勘違いしたジュリエットが短剣を持って言う台詞だ。

「この胸、これがお前のさやなのよ」

 といって、自らの胸に刺して自殺しようとする。

 そこまで、まだまだ時間があった。


 ふと、誰かに手首を掴まれた。

「やはり――あなたでしたか」

「……ヴィクターか」

 ヴィクターが私を廊下へ引っ張ると、貴族たちの護衛の間を抜けて2人っきりになった。

「ヴィクターが転生者か」

「俺が最初に気付いて良かったですよ」

「と言うと?」

「俺はあなたの味方ですから」

 それなら敵は誰なんだろう。

 彼は何か知っているのだろうか。


 ヴィクターは廊下で護衛をしていたけど、たまたま扉が開いた時に台詞が聞こえて、ロミオとジュリエットだと気付いたそうだ。タイトルは変えていたので、内容を知っていたようだ。

「言うのは気が引けるけど、本当に味方なの?」

「……あなたも記憶が断片的ですよね」

「読んだ本とか物語以外の記憶はほとんど無いわ」

「それを知っているのは転生してきた者の証では無いですか?」

 ……話の筋は通っているわね。

 でも、だからと言って味方とは限らないのでは?

「俺もそうです。ただ――1つだけ覚えていることがある。『一目惚れした人を、連れて戻って来い』ってね」

 はい?

 平然と言うから面白かった。

 だって、一目惚れした男の顔には見えないんだもん。

「ただ、確信はなかったから、今まで言えませんでしたけどね」

「まあ」好意を持たれるのは嬉しいけど。「とりあえず、ありがとう」

 私たちは劇場の外に降る雪を見た。


「戻りましょう」

 元の場所へ。

「やっぱりそうなるのか」

「辛いのは分かりますが、いつまでもここにいては」

「私たちがどういうふうになっているのかな?」

 ヴィクターは首を振った。

「分かりませんが、だいたい想像がつきますよね」

「そうね」

 私たちは転生したわけではなく、ゲームの世界に閉じ込められているということだ。

 おそらく病院のベッドで寝ていて、チューブに繋がれている。

「俺たちは帰るべきです」

「分かっている……ただ、ここに残していくものが大きすぎて」

 大きく溜息をついてしまった。

「出る場所は分かっているの?」

「はい、そのために冒険者をしながら街の外を探していました」

 ヴィクターがここに来た当初から、この世界はゲーム内の世界だと確信していた。『連れて戻って来い』――という言葉から考えれば、当然の帰結かもしれない。

 ヴィクターは街の外を出て、地平線までひたすら歩いた。果てまで歩くと世界は途切れて崖になっていた。遠くの景色は空に消えていたそうだ。

 そこからヴィクターの探索は始まった。

 結果、数ヶ月かかったが、抜け道を何とか見つけることができて、今度は一目惚れの人を探したそうだ。

 彼は私を見つけた。

 だけど、確信はなかった。

 下手に話せば変人扱いされかねない――慎重に行動したのだろう。

 だけど、何かが引っかかるな。

 一目惚れしたのに行動しなかった理由がそれだけでは足りないような気がした。

 ……サヤだ。

 こいつ、サヤを見て、心奪われたな。

 だから、私かサヤか分からなくなって、行動できなくなったのか。

 なるほど、なるほど……。

 キニクワネー。

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