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出かける支度を整えて、仕事場を覗いた。
アルスは気を取り直して仕事をしていた。細かいところまで雌猫たちに指示を出している。相手によって言い方を変えて、性格を捉えて指示をしていた。ある程度指示を終えると、サヤとデザインのことについて話し始めた。
サヤが入ってきた当初では考えられないけど、何度もデザイン画を見ていたため、眼が肥えてきたようだ。
男は女に育てられるってところかな、逆もまた言えるけどね。
新しく入ってきた更紗をどう扱うかについてが、主な論点みたいだ。
「あら、ミレディ様、お出かけですか?」
サヤとアルスがこちら気付いた。
「今日は、オーリと一緒にお出かけよ。ヴィクターも連れて行くから」
夏祭り以来、服飾ギルドはこちらへ暴力的手段に出るのを止めた。夏祭りで親方もボロボロにされて、できる限り関わらないことにしたのだろう。ただ、危険なことはまだあるかもしれないのでヴィクターは一緒に連れて行くことにしている。
「私もたまには連れて行ってくださいよ」
天使の笑顔が私の心を貫いた……。
癒し系だ……。
はっ! いかん、いかん、また魅了されるところだった。
雌猫たちもサヤの笑顔を見て、顔がにやけている。
まったく……ここは百合の園か、っての。
ヴィクターが来てから、サヤに魅了されないようになったけど、彼がいないところだと、たまにクラリとくる。
そういえばヴィクターがいると魅了されない謎って、まだ解けていない。顔が良い? いや、まあまあだけど、取り立ててよくは無い。何か魔法を使っているのだろうか? 周りの人たちの魅了を解く魔法なんて日常的に使わないわよね。
サッパリ分からない。
私が色々考えていると、アルスが話しかけてきた。
「お嬢様、お帰りはいつ頃で?」
「夕方ごろよ」
「お食事はどうしましょうか」
「適当に作っておいて」
「わかりました」
さて、ではお出かけと行きますか。
が――。
「それで?」
玄関から外へ出ようとすると、ヴィクターの怒気のこもった声が聞こえた。気になったので、近くの窓から様子を窺ってみた。
「げっ、ロイ」
「あちゃー、まずいですね」
オーリが本当に嫌そうな顔をした。
「ここに、オーリがいるはずなんだ。通してくれ」
「俺、警備なんだけど、見知らぬ男を通すと思っているのか? 凄い職務放棄だよね。俺の仕事奪って、飯食えなくする気?」
「いや、そういうつもりでは」
「なら、どういうつもり?」
「……聞いて来てくれよ。オーリに会わせてくれ!」
「どうかしたの?」
「最近、クラブ活動へ行っていなんですよ。やっぱりこっちの方が面白くて……辞めようとしていると思われているみたいで、最近しつこいんですよね」
こっちは給料を得られるし、成果も出ているからね。
当然こちらの方が面白いに決まっている。
ヴィクターがイライラしながら家に入ってきて、私たちと目が合った。
どうしますか?
×。
分かりました。
「うらー! このストーカー野郎! オーリはストーカーされたくないってよ! この、男色家っ!」
「ち、違う! 誤解だ。私はノンケだ」
何の話をしているんだか……。
「認めなよ。ボーヤ」
ヴィクターがロイの肩を叩いた。
「違う……信じてくれ」
ロイは扉をドンと叩き、ヴィクターに壁(扉)ドンをした。
ヴィクターの顔にアオスジがたった。
「はい、どなた様ですかー」
扉をノックされたと勘違いして、三毛猫がやってきた。
話が複雑になるから、くんな、くんなと手で追い払った。
ヴィクターたちを再度見ると、位置を変えていた。
ロイは扉を背にして、ヴィクターに壁ドンを連発されていた。
「おい、ムカつかないか。壁ドンされる気分はどうだ?」
力士の稽古のようにヴィクターは高速壁ドンをしていた。
「ひー! 助けてください」
「怖いと思わないのか? こんなこと女にも男にもやるべきじゃあねぇよなぁ? おい、こら!」
どん、どん、どん、どん!
「はい、どなた様ですかー」
だからお前は来るな! 三毛猫を再び追い払った。
「止めてください! お願いします!」
「死なないから大丈夫だ」
怪我もしないだろうね。
「許してください!」
「帰るなら止めてやる」
ヴィクターは半泣きになったロイを追い払い、私たちと一緒に更紗職人を尋ねた。そこは小さな家で、解いていない荷物がいっぱいあった。
「出店費用を出していただけるんですか」
「うん。それに染色ギルドにも口を利いてあげるわ」
「見返りは……」
「私の会社の子会社になること」
更紗の会社は結果的には成功するけど、それまでには大きな障害があった。前にも言ったように、染色は別々の工場でされるけど、更紗は多くの染料を扱うようになる。つまり、原則を壊すことになる。それの根回しに異常なくらい時間がかかり、結果的に流行するのは少し後になった。
それを私が手助けしてあげようと言うのだ。
「よろしくお願いします」
更紗職人は見えない道に光が差したのだろう。
快く応じてくれた。




