3
まずは奴隷生活で積み重なった垢を取ってあげようかな。アルスを風呂場へ連れて行き、汚れた服を脱がそうとしたら抵抗された。
「一人でできるので」
「一人だと垢も落としきれないよ」
特に背中とかね。
「……一応、男なんですが」
「遠慮しないでいいのよ」
「……じゃあ、お願いします。お嬢様」
アルスが服を脱ぐのを見るのもアレなので視線を外して、アルスが風呂場に入るのを待ってから、袖まくりして風呂場へ入った。彼は全身を石鹸で泡だらけにして、銀色の毛を丁寧に洗っていた。茶色にお湯が流れて、排水が詰まりそうなくらいだった。スポンジを泡立てて、背中をこすった。これから男にも女にもなりそうな未熟な体には筋肉も少なく、洗うたびに肌理が細かくなり、血色が良くなってきた。
「前も洗ってあげようか?」
「止めてください……お嬢様」
顔を赤くして恥ずかしがっていた。これくらいの冗談に対応してくれないと先行きが不安だった。
「寒いから入って」
ベッドのかけ布団をあげて、アルスを招き入れた。
「あの……」
「他に寝具が無いのよ。寒いから来て」
初春はいまだ寒かった。特に館の中のものがほとんど無くなってしまったのでよけいに寒かった。
「服も脱いだほうがいいでしょうか」
「違う、違う。ただの添い寝だから大丈夫よ。信用しないの?」
アルスは恐る恐る入ってきて、私の目の前で眼をつむった。まだ信用していないのか、少しだけ震えていた。
「明日から忙しくなるからゆっくり寝てね」
「……はい」
「……言っとくけど、襲ってこないでよ」
再び顔を赤くして黙り込んでしまった。
先行きが不安だ……。
だが抱き枕にしてみるとモフモフとして石鹸の香りが漂い、清潔な心地になった。アルスも最初は緊張をしていたみたいだが、すぐに温かくなり眠ってしまった。
次の日から、私とアルスのレース生地作りの日々が始まった。アルスの服飾職人として腕はそこそこだったけど、なんせ概念に無いことをさせようとしたので難儀した。それでも何度も説明をして、完成品に日に日に近づいていった。
二週間後、四月に入り、それは完成した。
試作品として下着を何着かと、宣伝用のレース生地の扇を作った。だが残念なことに地球の生地ほど白くは無い、だけどレース生地を久し振りに見るので美しく見えた。
「完成しました。お嬢様、万歳!」
「わざとらしいから、その万歳は止めて。さーて、ではこの扇を使いながら街をねり歩きましょうか」
「宣伝ですか?」
「そのとーり」
私は市場へ行くのに再び庶民の姿になり、アルスには執事の服装を着させた。アルスはこの国の人間ではないので、物珍しそうに周囲を見渡している。
案の定、レース生地の扇は、周囲の視線を釘付けにした。透き通り、美しい紋様、それに私が持っていればそれは目立つだろう――まあ、実際はミレディが美女だから、私が綺麗なわけじゃないけど、それは置いておこう。
所々で尋ねられた。
どこで買ったの?
どこで売っているの?
赤薔薇の貴族様の館で買いましたと、何人もの女性に言った。これで宣伝は成功した。本当はすぐに帰ろうと思ったけど、足が占い師マーブのほうへ向いた。
「おや、面白い扇を持っているね」
「ええ、自作です」
マーブには身分を知られているので、わざわざ隠す必要は無かった。
「素晴らしいねえ。幾らぐらいするんだい?」
「これぐらいですね」私は指で金額を教えた。
「おや、安いね」
マーブに扇を新たに作ることを約束して、後日届けた。
それからも何度も宣伝を続けていると、意外な人が尋ねてきた。
「おぬしが作ったと聞いたのじゃが」
おっとこれは意外な人物が来た……乙女ゲーのなかでも傍若無人と知られるお姫様がやってきた。アルスが執事らしく、お姫様を丁寧に案内した。貴族の方には宣伝がしていなかったので、ファッション界の第一人者であるお姫様までどうやって伝わったのだろうか。思いつくのは占い師マーブの顔だ。たしか、マーブは貴族の方にも顔が広かった。
「これですか」
「……くれ」
「試作品ですので」
「……私が持っていれば、宣伝になるぞ」
それは一理あった。これは利用する手もあるわね。
「扇の他に、これはいかがでしょうか」
私はレースの下着を見せた。
姫様に何か衝撃が走ったように見えた。
「な、なんじゃこれは。透けとるではないか!」
「ええ、女の魅力が爆発です。男も愕然としますよ」
「……しかしのう。いくらなんでも」
「残念ですね。この国で誰もつけていない、流行の最先端ですよ。姫様が着ていらしたら、寝所を訪ねる男たちはすぐに陥落するでしょうね」
「……やっぱりくれ。扇も下着も」
「いやー、制作費もありますので」
「分かった。いくらじゃ?」
とりあえず、アルスを買い取った人件費分はふんだくった。
その後、姫様が扇を舞踏会で色々な婦人に見せたことで、レース生地の扇の注文が殺到した。とりあえず、従業員は一人だけど、私は最初の軌道に乗ることに成功した。