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 終わる蝉時雨が物悲しい、暑さに余韻がある秋だった。

 その暑さは熱だけではなく、活気も関係していたかも知れない。

 商船が大量の香辛料、陶磁器、茶葉、珈琲豆などを積んで、数年の航海を終えて戻ってきて、街中に贅沢品が溢れるようになっていた。

 商船は長旅の休息をしていて、その勇姿を市民に見せ付けていた。垂直の帆が三つあり、先端部には斜めに帆が立てられている。装飾が華美なので、ぱっと見は軍船に見えなくもなかった。大砲は装備されているけど、それほど戦闘能力は高くはないそうだ。救命ボードは1つだけなので、沈没したら大変なことになりそうだった。

 船にはわずかだけど織物も積まれていた。

 その中でも注目されていたのは更紗だった。


 ただ――ここにその価値を誰よりも分かっている女がいた。

「輸入された更紗の半分は購入したわ」

「へ?」

 アルスが驚いたのも無理はないだろう。いまだに内装も整っていない館に資金をかけずに、更紗の買占めを行ったのだ。

「どおりで、館いっぱいに更紗があると思いましたよ」

「どうせ売れるから、じゃんじゃん売るわよ」

 服飾で荒稼ぎすると考えていた当初から狙っていたことだった。

 更紗はインドで生まれて、茜と藍を中心に多彩な色で染められた木綿布だ。西洋で主流だった麻や羊毛と比べて軽やかで丈夫であり、染色も化学反応を取り入れた色褪せしづらいものだった。

 大航海時代に大変流行したけど、従来の毛織物産業を脅かすほどになり輸入禁止令が出たこともあった。その後、模倣で作ろうとして出来たのがヨーロッパ更紗だ。

 この世界でも自国で更紗を作ろうとしている職人がいた。輸入品を買い占めるだけではなく、職人が新たに作る会社を青田買いしようと思っていた。青田買いというと酷く聞こえるかも知れないけど、それは更紗職人にとっても良い知らせなはずだ。



 私は椅子に座り、足を伸ばしていた。アルスが足に触れて、ぱちぱちと爪を切っている。何回目の爪切りか分からないけど、慣れた手つきで次々に綺麗に処理した。ヤスリで丸くして、最後に真っ赤なペディキュアを塗った。

「そうだ……アルス。言っていなかった事があるんだけど」

「どうしましたか、お嬢様」

 アルスが無防備に近づいてきたので、首に腕を回して弱く締め付けた。

「ど、どうしたんですか!」

「アルス、私の事を裏切らないか?」

「裏切りませんよ。どうしたんですか?」

「裏切ったら、純潔を奪うぞ」

 アルスは頬を朱に染めた。

「なんなんですか、さっきから」

「実は――アルスを解放奴隷にすることが決まりました」


「へ?」


「おめでとう。アルス。ただ――もう少し後の話だから、私の元から去ろうとするなら、分かっているだろうね?」

「……」

 あれ? 固まっちゃった。

「経緯を話すと、この前、お姫様と会ったでしょ。その時に、ドレスの注文したい、って言われたでしょ。それがね、まだまだ先のことになるけど、婚礼の祝賀パーティーのときのドレスのことらしいのよ。それを作るのが奴隷だと見栄えが悪いから、恩赦をかねて解放奴隷にするって話が来たのよ」

「……」

 返事がない――。

 目の前で手を振ってみても反応がない、唇を摘まんでめくってみても反応がない、耳に息を吹きかけたらビクッと反応して、こちらを見た。

「おめでとう」

「ありがとうございます」

 まさかの展開で呆然としていた。


「だから……もうすぐアルスとは添い寝が出来なくなるのよね」

 涙を禁じえなかった。

 奴隷は『物』だから色々言われる心配は少ないけど、市民となってしまっては男と女になってしまう。添い寝なんてしたら、肉体関係があると思われてしまう。

「いやいや、今でも十分にそう思われていると思いますよ」

 呆然とするアルスを置いて、オーリの仕事部屋に来ていた。

 夏の終わりには漂白剤も完成していて、可能な限り量産してもらっていた。今日は更紗職人と会いに行くので、錬金術師のオーリと一緒に出かけようかと思っていた。

「なによ、失礼ね。嫁入り前の娘が貞操を破ると?」

「ミレディさんならおかしくないかと」

 ホント、ワタシッテ、ジュウギョウインカラ、シンライナイワネ。

「まあまあ、落ち着いてください」

 オーリは私にホットチョコレートを出してくれた。

「ふー、落ち着くわ」

「砂糖は少なめにしました」


 夏祭りの裏MVPのオーリは貰った小遣いで、新しい珈琲豆を買っていた。慎重に焙煎していて、部屋中に匂いが広がっている。焙煎が終わっていないので、ホットチョコレートを出してくれたようだ。

 この部屋は愚弟の部屋だったけど、今ではオーリとヴィクターの共同部屋になっている。


「今度は、更紗職人狙いですか」

「……狙った獲物は逃がさない」

「旗も見事に取りましたもんね」

「当たり前よ。やるなら勝たなきゃね」

 オーリは微笑を浮かべていた。

 その笑みにほだされたのか、何故彼に話してみようと思ったのか分からなかった。この国では珍しい外国人なのも関係しているかも知れない。

 よく分からないまま、なんとなく言葉が出てしまった。

「あのさ、輪廻転生って知っている?」

「……この国の宗教だと異端ですよね」

 この世界の宗教はキリスト教を模しているので、輪廻転生を信じることは異端扱いだ。

「そうだけどさ、実は気になる話があって」

「はあ……」

 私は別人の話として、このまえ頭痛で倒れたことについて意見を聞いてみた。

「今まで、前世のことを思い出しても何も起こらなかったのに、好きな人を思い出そうとしたら、倒れてしまった――なるほど」

 オーリはホットチョコレートを飲みながら思案しているようだ。

「今日いっぱい考えてもいいですか?」

 意見が聞けるなら、返事は遅くても良かった。

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