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「どのくらい気絶していた?」

「ほんの数分ですよ」

 ヴィクターが首からぶら下げた時計を見て言った。

 秒針と分針はない古い時計で分かりづらい物だけど、アラーム付きと高性能だ。中世では時計にアラームが無いと思われるかもしれないけど、時計工のギルドの入会テストの1つにアラーム付きの時計を作るものがある。ヴィクターの時計は誰かの入会テストの時の品を貰ったものだろう。それでもなかなか高価な品だ。

「アルス、泣かなくていいわよ。もう平気だから」

「すみません。驚いて」

 頭が痛かった。

 宿酔のように回復しつつあるけど、激痛だった。


 どうして、気絶したのかな。

 記憶が蘇ったと思ったけど、途端に霧散してしまった。今までも前世の記憶を思い出すことがあったけど、こんなことは初めてだった。

 今までと何が違うのか。

 色々考えながら、起き上がろうとすると、ドレスに葡萄酒がかかっているのに気付いた。気絶する前に持っていた葡萄酒がかかってしまったのだろうけど、服がシミだらけになってしまった。


「これでは、帰るしかありませんね」

「帰るにしても、これだと恥ずかしいわね」

 アルスは涙を拭いて、仕事道具を出した。彼は私の着付けに来たので、ある程度の道具は持って来ていた。

「作り直しましょう」

 作り直す? 聞き間違いかと思った。

「汚れた部分は切り取って、ペチコートを使えば生地は十分です」

「わざわざ、そんなことをしなくても」

「いいえ、お嬢様は貴族です。それに服飾の旗手、汚れた服装で帰らせるなんて、絶対に出来ません」

「そんなもんかね」

 ヴィクターが仕事に取り掛かるのを見ようとしていた。

「あの……ドレスを脱ぐので出て行って貰っていいですか?」

「あっ、すまない。何も考えていなかった」

 何度か謝りながら、ヴィクターは外へ出て行き、私はアルスと2人っきりになった。添い寝もしているし、寝巻き姿も見られている、着付けのときは下着の時が多いので、アルスの前で裸近い姿になっても恥ずかしくはなかった。アルスは縫いつけていた糸を次々と解いていき、葡萄酒がそれ以上広がらないように、ゆっくりと脱がした。


 気絶しそう――という言葉があるけど、中世では現代の人よりも気絶しやすかった。女性はくびれを作るためにコルセットを締め付けていた。それは体を締め過ぎてしまうことが良くあり、ふとしたことで気絶する女性が多かったようだ。

 だから私が気絶したとしても、よくあることなのでそれほどの騒ぎにはなっていないだろう。

 私はコルセットを緩めてもらい、一息ついた。

 気絶したばかりなので、安静にするために椅子に座って、アルスの作業を見守った。


 アルスは葡萄酒で汚れた部分を切り取って、縫い合わせた生地をいったんバラバラにした。床に広げて、遠くから見て、腕を組んだ。小さく声を出すと、作業に取り掛かり始めた。

 次々に縫い合わせていき、あらたにプリーツをつくり、生地を上下反対にして、裏地を変えて、形を作り上げていった。私の体のサイズを覚えているのだろう。早業で服を作り上げていった。

 どうやら部分を膨らませるシルエットは採用しないで、体を引き立たせるドレスにしようとしているようだ。

 現代的なドレスを作ろうとしている。

 完成したので着てみると、サイズはほとんどピッタリだった。

 ドレスは背中がパックリと開いて、肌まで透けるレースを大胆に使っている。プロポーションの良いミレディの肉体美なら十分に美しさを発揮できるけど、この服のデザインには驚いた。

 現代のパリオートクチュールを彷彿とさせるものだった。

 つまり、数百年後を先取りした前衛的なデザインだ。

 最近のアルスにはよく驚いていたけど、ここまで来ると異常に思えた。

「少し派手すぎましたか?」

「隠しているところは隠しているから大丈夫よ」

 この時代にここまで肌の美しさを見せる服飾はない、だけどいやらしさはなかった。服を際立たせるために肌があり、肌も服を際立たせていた。文句をつけようがなかった。

「ジャケットも作ったので、これで肩と腕を隠してください」

 ジャケットは外側のペチコートを使っている。気絶する前の私の姿を覚えていたら、驚くこと間違いないだろう。

「これで少しは露出を防げます」

「はー、たいしたものを作ったわね」

「ありがとうございます」


「これは……眼のやり場に困る服装を」

 部屋を出ると、ヴィクターが待っていた。

「大事なところは隠しているわよ。それに全部が全部肌ではないわよ。裏地に肌の色と同じものを使って、分からなくしているだけで」

「それでも知らない人は驚きますね」

 ヴィクターの言うことは正解だった。私が戻っていった時に、会場はざわめいた。最初は非難の眼だったが、すぐに好奇の眼になった。特にお姫様は気に入ったようで、穴が開いているところから指を差そうとして裏生地なのに驚いていた。

「これはさっきまで着ていた服ではないか。作り直したのか?」

「はい、私の職人が」

 アルスが遠くでお辞儀をした。

「ほー、これはこれは……たいしたものだ」

 お姫様がアルスの前まで歩いていった。

「今度、注文するからよろしく頼むぞ」

「はい、ありがとうございます」

 アルスは再びお辞儀をした。

 でも、気付いた。

 アルスは時計を急速に進めてしまったのではないかと……。

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