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 真夏の夜、寝静まらない蝉の鳴き声が響き渡る。

 今宵、王宮で舞踏会が開かれていて、社交界好きの貴族たちが集まっていた。華やかなペルシャ風絨毯、壁はタペストリーで飾られていて、歴代の国王の自画像が金縁の額で並んでいた。だが綺麗な内装も、動く美しさにはかなわなかった。

 職人が趣向を凝らした色彩豊かなドレスが、万華鏡のように回転している。溜息が出るような、過度な装飾だった。


 そんな中――。

 私は人目の隙をついて、表面だけを焼かれたステーキ――レアを皿にわけて、使用人が待機している部屋へ向った。

 その中の小部屋の1つに入ると、アルスとヴィクターがトランプで遊んでいた。

 ブラックジャック。

 親のヴィクターがちょうど勝ったところだった。

「これは、お嬢さん。どうかしましたか」

「お嬢様、何かありましたか」

「食事持ってきただけよ。はい」

 二人はステーキを噛みしめて、あまったステーキは箱に入れて雌猫たちのお土産としていた。


 ヴィクターは護衛として一緒に来ていたが、アルスは私の着付けを手伝うために来ていた。

 私の着ているドレスはボタンをつけると、美しさに欠けてしまったため、いっそのこと古い時代のように縫い付けてしまえ――ということになった。

 舞踏会が始まる前に、アルスが最終調整をしてくれた。当たり前のことだけど、服はフィット感が大事だ。どんなに美しくても、フィット感がなくて台無しにする人が何と多いことか……。


 フィット感と同じようにシルエットも大事だ。

 特に西洋の服装はシルエットに重きを置いている。

 私のドレスのスカートは内側にペチコートを重ねて丸みを持たせている。内側から秘密スクレット浮気女フリポンヌ淑女モデストなどとお洒落な呼び方をされている。このペチコート以前は、ヴェルチュガダンという名称のスカートで、鯨の髭で円錐形に整えられていた。

 服装は第2の皮膚――拡張された皮膚という考えがある。

 肩の部分や袖に膨らみを持たせる装飾があるのは、シルエットに対する意識の高さからだ。


「貴族様が食う飯は無駄に美味いですなー」

「一応、上流貴族だからね」

「あとは適当に踊っているから、食事は持って来れないからね」

「肉で十分ですよ」

「楽しんでいってください」

 楽しむ――これが楽しめないのよね……。

 部屋を出て行くと、楽しめない原因が現れた。


「やあ、ミレディ。この前の夏祭りは凄かったね」

 ……キルヒアイスもいるんだよねー。

 先ほどからひたすら避けていたんだけど、とうとう捕まってしまった。

「君があれほどの動きを見せるとは思わなかったよ」

「そうですね。私も途中で何の話かよく分からなくなっていました」

「はははっ、それはこちらの台詞だよ」

 はいはい、すみませんでした。

「ところで、あの祭りに参加していたサヤなんだが、今日は来ていないのかな?」

「連れてきていませんよ」

「……何故?」

 ……はい?

 ちょっと意味が分からないんですけど。

「いや、すまない。少し焦っていてな。この前の祭りで、サヤが小さなガキと仲良くしていて……」

 元婚約者に聞かせる話ではないと思うのだけど。

「キルヒアイス様は女心がお分かりになりませんから」

「と言うと?」

「この前のキルヒアイス様の態度を見ると、自分の愛を相手に押し付けすぎです。女と言うものは押されたら引き、引かれたら寄ってきます。あまりアピールし過ぎずに、今後は少し抑えてみるのも手かと思います。そうすれば、逆にサヤの方が気になって寄ってきますよ」

 そうしてフェードアウトしてください。

 お願いします。

「なるほど……さすがミレディ。さっそく実行しよう」

 周囲は元婚約者同士が会話しているのを見て、ひそひそ話しをしていた。これだから、話しかけて欲しくはなった。

 突如、雑音は波が引くように消えた。

 キルヒアイスも服装を整えて、傍若無人の問題児――お姫様が歩いてくるのを注目した。日頃から陰口を叩かれやすい姫だが、一朝一夕で作られた物ではない威厳があった。

 スルスルと綺麗に歩き、珍しいことに1番最初に私に話しかけた。公の場では低い身分が高い身分の方へ話しかけてはいけないことになっている。そのため、王や姫など高貴な身分が現れると、誰に1番最初に話しかけるかが注目される。

 それが私だったので、驚いた。


 温風が夏の匂いを運んできた。

「まだ水面下の話なのだが、私はある国に嫁入りすることになりそうだ」

「それはめでたいことで」

 私とお姫様は二人でベランダに来ていた。

「まだまだ先のことになるが、祝祭パーティーに着る服を頼みたい」

「ありがたき幸せ……必ずや、美しい服を御作りします」

「だが、その服も1回しか着ることは出来ないがの」

 他国へ嫁ぐ場合、自国全ての物を国境で置いていかなければならない。それは従者にも当てはまる。自国の物は何もかも置いていかないといけない――寂しい現実を前に、年齢の近い私と話しをしたかったのかもしれない。

「嫌じゃの。見たことも無い人に嫁ぐのは」

「お優しい方だと思いますよ」

 意味の無い言葉だった。

「そうだと、いいのじゃが……そういえば、おぬしは婚約破棄されていたの?」

「恥ずかしながら」

「誰か、他に好きな相手でもいたのか?」

 違いますよ。

 手酷く扱われるから、先に……。

 だけど、何かが引っかかった。

「どうかしたか?」

 喉がつまったような不快感が……。

 手に持っていた葡萄酒を口に含んだけど、不快感は消えなかった。

 記憶を探ろうとすると、ミレディがキルヒアイスを好きになった過去が思い出された。

 だけど――違う。

 コレじゃない。

 別の記憶が蘇って、私の頭は混乱した。

 たぶん、前世の記憶なのだろう。

 だけど、思い出した途端、水を入れすぎた風船のように破裂した。


 気付いた時には、アルスとヴィクターが見下ろしていた。

 私はどうやら気絶して倒れてしまったようだ。

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