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闇夜に赤い実が彗星の如く飛んだ。
「ひぎゃああ!」
雌猫がサヤの剛速球にあたり断末魔をあげて倒れた。悲鳴以外何も言わないので、よほど痛いのだろう。
「手加減無しですね。同僚なのに」
ヴィクターは私の護衛をしているので、サヤと雌猫たちは仲が良いのは知っている。まったく手加減をしないので、少し引いているようだ。
「相手にとって不足無し、やっぱり勝負は全力でやらないとね」
「お嬢さんはノリノリですねー」
ヴィクターは経験がないのかな?
友達を家に呼んで、ゲームで遊ぶ……その時に、私のほうが得意だから、友達はどんどんテンション下がっていって、わざと変な事をし始めて、いつしか場の空気が悪くなる。楽しく遊んでいたのに、いつのまにか面白くなくなってしまい、ついには仲が悪くなる。
そんな苦い経験があるからこそ――全力で来る相手には全身全霊で応えるのが礼儀だ!
あっ、いま前世の記憶思い出している――こんな時なのにねー。
その後も逃げ続けて、ヴィクターは私とアルスまでは守れたけど、雌猫たちまで守ることは出来なかった。雌猫たちは次々撃墜されて、サヤの連続撃墜記録が更新されていった。
祭りの表のMVPは撃墜王サヤになることだろう。
「お嬢様ー! サヤ様が怖いです」
もう、雌猫が4人しかいない。
「自分の身は自分で守るの!」
「そんなー」哀れ、話しかけてきた雌猫は被弾した。「お嬢様……次はお嬢様ですよ……」
フラグを立てるなー!
「お嬢様、香水ギルドが目の前に」
そうだった――逃げ道で援護してくれるように頼んでいたんだった。
「おや、敵は1人ですか」
「気をつけて、相手は見た目とは――」
香水ギルドの人たちは、私が言い切る前に、サヤの剛速球の餌食になった。百聞は一見にしかず、銃弾のように飛んでくるトマトは男たちをなぎ倒していった。まるでドミノ倒しのようだ。
「嘘だー!」
「あんまりだぁぁぁ!」
「あべしっ!」
どこかで聞いた事のある絶叫で、香水ギルドの人たちは人間防壁となってくれた。
おかげでサヤと距離を取ることができたが、後ろを振り返ると、他の学生が合流したようで、乱戦が起き始めた。そのメンバーの中には運動神経抜群のシンもいた。
はあ、はあ、もう疲れたよー。
ずっと走りっぱなしだよー。
ヴィクターも疲れているみたいだけど、猫たちは元気そうにしていた
そろそろ脇腹が痛くなってきた。
あー、もう、ちょー痛い。
「お嬢様! こっちです」
建物の影から三毛が手招きをした。
助かったー、やっと休める。
私たちは滑り込むように影に入り、旗を交換した。
そう……旗を交換した。
つまり――三毛猫は私たちが旗を奪い合っている間に、良く似た旗を作っていた。ただ材料が足りなかったので、近くで見たら偽物だと分かる代物だった。
アルスは本物の旗を地面においた。
旗は旗竿に紐でつけられていて、竿の一番上から金具が飛び出していて、旗が綺麗に見えるように括り付けられていた。
「お嬢様、やりますよ」
「……やりなさい」
私が責任者だ。
責任はすべて私にある。
だが緊張で喉が鳴った。
アルスは旗が竿につけられている部分を引き千切って、竿と金具から旗を取った。そう……旗を取った。そして、持ちやすいように丸めた。
「お嬢様……これは旗です」
「間違いないわ。そこの棒は竿で、それは金具よ。旗はこの布だけよ」
これなら重くないから速く走れるし、隠すことができる。
「ちょっと、待った」
いつの間にか、審判の1人が現れた。
私たちの様子を見て、唸り始めた。
「これは、竿です。旗を自陣に持ち込めば勝ちというなら、別に竿はいりませんよね」
「うーん。言いたいことは分かるんだけど、屁理屈だよね」
へ、でも理屈です。
「どうなるんです?」
「こういうことは初めての事例なので、1人では決められませんね。本部と審議してきます」
「祭りは続行していて良いんですね」
「もちろんです」
審判はいなくなった。
「では、私が偽者の旗を持って、敵を引きつける」
「そうよ。雌猫たちはヴィクターの護衛をしてね。私とアルスは最後の作戦をするわ」
ヴィクターは頷いて、旗を持って走っていった。しばらく物陰に隠れていると、香水ギルドを倒した学生たちがヴィクターたちを追いかけていった。
「……行きましたね」
「そうね、行きましょう」
「そうだ。お嬢様、これを持っていてください」
アルスは私に丸めた布を手渡した。
私たちは自陣へは向わずに、別の場所を目指した。物陰に隠れながら、徐々に近づいていって、梯子を使ってのぼった。足元に蓋があったので、力を合わせて開けると、清涼な水が流れていた。
ここは大きな水道橋から分岐して、私たちの自陣近くへと流れている水道橋だった。下流ではトラ猫は旗が流れてくるのを待っている。アルスは懐から旗が丸まったのを取り出して、水へ流した。それはすぐ見えなくなった。
「……勝ちましたね」
「そうね」
遠目に旗争いが見えた。ヴィクターが服飾ギルドの親方の羽交い絞めにしながら、旗を死守していた。親方は可哀想なことに、トマトをぶつけられまくって悶絶していた。
「ヴィクター様はさすが冒険者ですね」
「そうねー。いなかったら、サヤに全滅させられていたよ」
笑い合いながら、水道橋から道へと降りて、自陣へと急いだ。
だが――「ああー! これ本物の旗じゃない!」
闇夜に絶叫が響いた。
とうとう気付かれてしまったようだ。
「探せ! 赤薔薇のミレディ様とウェアキャットがまだいるはずだ!」
私たちは物陰に隠れて様子を窺ったけど、雌猫とヴィクターはとうとうトマトをあてられたようで、敗走していった。
そろそろ、出ても大丈夫かな?
私とアルスはそろそろと出ていくと、すでに周りを囲まれていた。
「これはこれは、貴族のお嬢様」
「どこへ行くつもりですか?」
チーン、私たち死亡のお知らせ。
四方八方に色んなギルドの人たちと、学生たちがいた。
「ちょいと、お花摘みに」
「旗はどこに?」
私はさっきアルスから渡された丸めた布を手に持った。
「これよ!」
沈黙。
そして、怒りの声が周囲から響いた。
「なんて卑怯な手を!」
「いや、待って! たしかに、あれは旗だ!」
「騙されるな! 騙されたら負けだぞ!」
私たちの――アルス発案の作戦におののいている様だ。
私は布の塊を思いっきり、放り投げた。
「……うわー! 旗だー!」
偽物の旗を参加者たちは奪い合った。
まあ、それは、風林火山の旗だけどね。
私とアルスは逃げ出そうとすると、1人だけ騙されない女がいた。
サヤが私たちの前に立ちふさがった。
「ミレディ様……お覚悟を」
さすがに学費を払ってもらい、雇ってくれている相手に対しては攻撃しづらいのだろう。サヤは躊躇っているようだ。
「……何をためらっているの?」
「すみません。覚悟っ!」
赤い花が咲くと思ったら、アルスが身を投げて、私の盾になった。
「あっ……」
アルスが倒れる前に体を受け止めた。
「どうせ死ぬんだから、盾になんてならないでいいのよ」
私はアルスの手を握り締めた。
「お嬢様……ありがとうございます」
「はいはい、分かっているわ」
「お嬢様に会えて嬉しかったです……」
アルスは私の肩に頭を垂れた。
突如、背中に痛みが広がった。
名も無い誰かが後ろから襲ってきたのだろう。
「……どうせなら、サヤに殺されたかったのに……」
私はアルスを抱きしめながら地面に倒れた。
「大丈夫よ……一緒に行くから、寂しくな……」
むくっと起き上がり、私とアルスは自陣へと一緒に走った。
「アウトになるのも結構楽しいわね」
「そうですね。お嬢様」
「じゃあね、サヤー」
「ミレディ様、良い演技でした!」
さてさて、ウイニングランと行きますか。
自陣につくと、トラ猫が両腕を広げて、両手で旗を持ち、走り回っていた。サヤにアウトにさせられた雌猫たちは物陰で休んでいる。
「これが、旗です。ちゃんと分かるじゃないですか」
「いや、でもね」
トラ猫が審判で言い争っている。
「竿なんて飾りですよ! 竿竿竿竿竿っ!」
「うるせー! どこのアホが旗竿から旗とって運ぶんだよ!」
「目の前にいるけどね!」
あーあ、言い争っているよ……。
しかも、さっきの審判じゃなくて別の人だ。
「ちょっと待った!」私が審判とトラ猫の間に入った。「私がアホの代表者だ! 文句があるなら私に言え!」
「お嬢様ー、この分からず屋をどうにかしてくださいよ」
「あんたが旗竿から旗を取った人?」
「そうですけど、何か?」
「困るんだよねー」
「その言い争いも待った!」
旗の審議をするといった審判の人だった。
「運営の見解を発表します」
「待っていましたー」
「では――たしかに布だけでも旗です。だが、暗黙の了解として旗ざおも含めて旗と運営側は認識していました。ただ――私たちの手落ちから、今まで細かい所まで明文化しておりませんでした。よって、次回以降の祭りには、詳細まで明文化することを約束することとします」
「……ということは?」
「今回に限り、旗と認めます」
「私たちの勝利だ! 勝鬨をあげろー!」
「わー!」
やったー!
勝ったぞー!
私たちの勝利だー!
閉会式で優勝旗が渡されたが、受け取ったのは建築ギルドの親方だった。
「そういえば、私たちが頑張っても優勝旗もらえないんですよね」
……そこまで考えていなかった。
「なんか、勝った気がしないわね」
「戦いとは虚しいものですね」
こうして、夏祭りは終わった。




