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私たちは祭りの会場の中心部近くまで行進した。運が良いのか悪いのか、旗の奪い合いは、私たちが服飾ギルドをこらしめていた場所とは反対側の位置で行われているようだ。
「1,2,1,2、1、2、1、2……ぜんたーい、止まれ」
「「「1、2!」」」
くくくっ……我が僕は従順で可愛いのぉ……。
「お嬢様ぁー、早くしてくださいよー、状況確認状況確認」
「はいはい、分かっているわよ。アルス、梯子持ってきて」
祭りの会場の各所には梯子を用意していて、参加者が屋根にのぼりやすいように配慮してある。アルスが梯子を見つけて、外壁に立てかけた。アルスは倒れないように下で支えて、私とヴィクターは一緒に屋根までのぼった。
私の目だと、闇に何かが動いているようにしか見えない。
だけど、魔族であるヴィクターは夜眼が利くようで、旗の奪い合いの様子を見ることができたようだ。
「……やはり、薔薇学園が優勢ですね。最初にあったところから距離にして、およそ半分ほどまで運んでいます。まずいですね。自陣に近くなればなるほど、アウトしたやつらの再参戦の速度があがりますから、決着がつくのも時間の問題かと」
ヴィクターは周囲を確認して、梯子をすべるように降りた。私は1段1段確認しながら降りた。
「時間制限が無いから、勝機はまだまだあるわね」
「まあ、そうでしょうけど。作戦はあるんですか?」
「当然――無いわ!」
「ええー、無いんですか」
「今から考えましょう」
「はい、では皆で考えます。意見がある人が何でもいいから言ってね」
私たちは円を囲んで話し合うことにした。1人の知恵で駄目なら、2人、3人、4人、多ければ多いほど色んな意見がでてくる。複数の意見を精査して、最良の作戦を選んで勝つ。部下の良い意見を取り入れるのも、上司の資質の1つだ。
「まずはおさらい。このジャケットはリバーシブル、裏は薔薇学園の物と同じよ。だから、薔薇学園の生徒のフリができるわ」
「旗を騙して奪い取るのは不可能ではありませんね。お嬢様」
ヴィクターがアルスの後を継いだ。
「旗運びは目立つ上に歩き辛い、必然的にアウトになって、何人もの手に渡ってリレーすることになりますから、それに参加してしまえば比較手的簡単に奪える――でも、そこから自陣へ持って行くのが、大変ですね。それに1度しか使えない」
「そうね。だから――」
「はい」
トラ猫が手を上げた。
雌猫たちも良い意見を持っているかもしれない。
「バナナはおやつに――」
「はい、次の人!」
雌猫たちの意見を聞こうとした私が馬鹿だった。
「えー、だってー、私たち、こういうこと分かりませんしー」
「場を盛り上げることしかできませんしー」
場は盛り下がっていますけどね。
自己評価高いなー、雌猫たちは。
「はいはい、わかったから、ちゃんとした意見を言ってね」
「まずは」ヴィクターが手を上げた。「建築ギルドに合流するべきでは?」
「たしかに数は力だけど、ジャケットの余りが無いから、薔薇学園の所に侵入する時は助力を頼めないわね。偽装がバレた後に援護してもらうようにしてもらおうかしら」
「なら、誰か1人を使いとして走らせますか?」
戦力が減るけど仕方ないわね……。
「あと仲間にできるのは、染色ギルドの赤の工場と、影が薄いけど私たちの後ろで黙っている香水ギルドたちと、服飾ギルドの3人……」
「あの」アルスが手を上げた。「助力を求めるのもありですが、こういうのはどうでしょうか」
アルスが語った作戦に、全員が沈黙した。
き、きたねえ
やり方が汚すぎる。
いったい誰が、アルスに教育を施したんだろう。
あっ、お嬢様だった――という囁き声が聞こえた。
「どうでしょうか? 十分にやる価値はあると思いますが」
「……だれか辞書を持っている?」
「当然、そんなものは持っていません」
まあ、当たり前だよね。
「良いと思うぞ」ヴィクターが言う。「あとは審判の判断次第だ」
そうね……。
審判の判断に任せよう。
「……やってみよう。勝算はあるし、なにより面白そうだもんね」
一部始終を聞いていた香水ギルドの人たちは知らない顔をしていた。あとあと、色々な事を言われそうな作戦だった。
さて、まずはトラ猫を建築ギルドへの助力の伝言、および自陣近くにて旗の受け取り手として走らせた。
そして、会場の中心部に三毛猫を置いて、偽装工作を命じた。
「さて、行きましょうか」
「はい、お嬢様」
アルスは可愛い顔で頷いたけど、こんな可愛い顔をして、汚い作戦を思いつくとは末恐ろしかった。やはり、夜毎に色々話しているせいだろうか……。
私たちはジャケットを裏返しにして学校の生徒に変身して、自陣に戻るフリをするためにジャケットにトマトを塗りつけた。
「じゃあ、香水ギルドの人たちは、ここで待機してください。旗を持って逃げてきますから、助力お願いしますね」
「はい……怒られないといいですね」
「さて……どうなりますかね」
しばらく走っていると、
「待てー!」
靴と笛の鳴る音が響いてきた。
私たちの目の前にオーリが走りすぎた。
祭りの裏MVPの花火師は、無言で目を合わせてきた。
「こらー、野良花火師! おとなしく捕まれ!」
オーリは話しかけてこなかったけど、こちらニコッと笑いかけて、川に飛び込んだ。捕まるくらいなら、川に飛び込んで逃げるという勇者であった。
「惜しい男だった」
「お嬢様、かってに殺さないでください」
ありがとう、オーリ。
あとでお小遣いをあげるわ。
何度か生徒とすれ違い、早く自陣へ帰れと急かされた。
学生同士と言えど、全員が顔を把握しているはずがない。それに、篝火があるとはいえ、夜なので顔を判別しづらかった。
変装は予想以上に効果を発揮しているようだ。
「お嬢様、あれは――」
アルスが指差したのは、屋根の上にいるサヤだった。綺麗な投球フォームから、恐るべき速さでトマトを投げている。
流石は主人公……何をやらせても才能がある。
「他の人の倍くらいの速さが出ているんですが……」
「サヤは無視! 目指すは旗よ、旗!」
犠牲者は1人だった。
旗手が倒されて落とした旗に、最初に雌猫は飛びつくことができた。そしてサヤに顔を見られる前に、急いで屋根から降りて、私たちの所へ戻ってきて、元来た道を戻った。
だが――「どうして、そっちへ行くの?」
サヤの冷めた声と、鋭い眼光があった。
獲物を狙う美しい狼のような威圧感があった。
違和感に気付いて、追って来たようだ。
なんて、鋭い勘だろう……それを示すように、サヤの周りには他には誰もいなかった。
「あら、ミレディ様じゃないですか……どうしてそんな服装を? いいえ、どうでも良いですね。そんなことは。これは勝負ですからね……では、お覚悟を」
「ま、待て。話せば分かる」
「大丈夫ですよ。痛くありませんから」
剛速球が、旗を持っていた雌猫の肩にあたった。
本当に被弾したように、トマトが鮮血のように広がり、ぐるりとその場で2回転した。
「……お、おさらばです……お嬢様」
本当の断末魔のように、雌猫は崩れ落ちた。
……いやー! あんなの絶対に当たりたくない!
どう見ても、痛いじゃん。
肩に当たってあの反応って……頭に当たったらヤバイでしょ。
それは総意のようで、雌猫たちは我先に逃げ出した。だがアルスは旗を持って走り、ヴィクターは棒でトマトを叩き落した。
「逃げるわよ。相手はまだ1人……三毛猫のところまで行けばどうにかなるわ」
「それまでに全滅しそうなんですが、お嬢様」
「あれは、ちょっとおかしいですね。強肩という領域を超えていますよ」
そうよ、アチラは主人公、主人公が特別なのは当然。
だが、悪役令嬢として、ここで容易く負けてたまるか!




