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夕焼け空に蝉の鳴き声が鳴り重なる。太陽の残暑が闇に押されるように徐々に消えていき、祭りへの期待が高まっていった。道のいたる所に篝火が設置されて、いつもの夜より空は明るくなっていた。
祭りの会場は街の一角を占領している。そこの住人は避難させられていている。観客は他の街からの人たちも来ているようで、いつもより人で溢れていて、人いきれの蒸気があがっていた。
「簡単に言うと、祭りは大人数のCTFよ」
私は路地裏で猫達とヴィクターの前で説明をした。
「はい」トラ猫が手を上げた。「CTFの意味が分かりません」
「キャプチャー・ザ・フラッグよ」
「それでも分かりません」
……分からないか。
仕方が無い、説明をしよう。
私は地面に大きな丸を描いて、丸の中心部に点をつけた。
「この丸の中が祭りの会場で、丸の線が参加者たちのスタート地点です。線のところには、それぞれ参加者たちの自陣があって、場所が割り振られているわ。私たちのいる所は、建築ギルドの自陣ね。今回、無理矢理建築ギルドとして参加させてもらいました」
「はい」三毛猫が手を上げた。「なんで、我々名義で参加しないのですか?」
「夏祭りの主催者は王家だから、貴族が庶民に混じって庶民のための祭りに堂々と参加してはいけません、と釘を刺されたからよ……。ただ、あくまで堂々とは参加するな、ということ。だから、建築ギルドに参加する形になったわ」
「なるほど」
――話を戻そう。
「丸の中心部に旗があって、それを自陣に持ち込めば勝ちよ」
「おっ、簡単そうですね」
「ただ、攻撃がありなのが、この祭りの面白いところなのよ」
アルスが道の傍らにある荷車に積まれた物を見た。
「トマトですか」
「そうトゥメトゥよ」
「……無駄に発音が良いですね」
「で、トゥメトゥを相手に当てれば、一発でもアウトになります」
「き、厳しいルールですね。一撃でアウトですか」
「そうでもないのよ。アウトになった人が自陣に戻れば復活します」
「……となると、体力勝負ですね」
「まあ、真面目に旗を奪い合えば、そうなるんだけど」
「はい? 旗を奪い合うんですよね」
「そ、れ、は、祭りに真面目に参加する人たちの発想よ。私たちの目標は服飾ギルド。旗なんていらないわ。欲しいのは、やつらの苦しみ」
「いやーん。お嬢様、怖いです」
雌猫たちが怯えたフリをした。
「何を言っているの? 今までのことを思い出して」
雌猫たちが眼を瞑った。
「私たちはレース生地の技術を盗まれ」
「いやー、懐かしいですね」
アルスが相槌を打った。
「いやらしい眼で見られ」
「そこはちょっと分からないですけど」
「はては手篭めにされたのよ」
「いやいや、されていませんよね」
「そうでした……お嬢様、私たちは恥辱を与えられたのでした」
雌猫たちは僅かに涙ぐみながら言った。
「そう……その通りよ」
「えー、騙されているよ。大丈夫かよ、コイツら。記憶力無さ過ぎでしょ」
「あんなことやこんなことも」
「そう、そうよ」
「はてはあんなことまで」
「その通りよ」
「あいつらー! 叩きのめしてくれる!」
雌猫たちがキシャーと威嚇する声をあげた。
「……会話に内容が無さ過ぎなんだけど」
「気にしないでください、ヴィクターさん。お嬢様はいつもこんな感じです」
雇われてから僅かのヴィクターには、私たちのノリについて来れないようだった。
「あの……夏祭りの話題に戻っていいですか」
ヴィクターが話を戻した。
「いいわよ」
「審判っているんですか?」
「トゥメトゥが当たったかどうか判断するから、いっぱいいるよ」
「なるほど、つまり……ルール違反は厳重に罰せられる」
「さすが冒険者、鋭いわね。ルール違反者は判明しだい、夏祭りから排除されるわ」
「なるほど、それは――使えますね」
毎年、ルール違反者は必ず出てくる。だが、今回はルール違反者が山のように出てくるだろう
さて、開会式が始まった。
夏祭りの開催の言葉を国王が長々と喋っている。その横には悪徳大臣と、欠伸しているお姫様がいた。お姫様は暇そうにしているけど、今回の夏祭りは前回までの祭りとは1味も2味も違いますよ。
乞うご期待……。
観覧席にはキルヒアイスがいたけど、青薔薇紋章を継ぐ『攻略対象者』はいなかった。5人目の攻略対象者は夏祭りでサヤと会うことになるのだけど、何故ここにいないのだろう。気になったけど、今は夏祭りが優先だった。
私たちは朱色の外套に、新調したタータン・チェックのマフラーを巻いて、開催の挨拶を聞いていた。ユニフォームと言ったところだ。そして、アルスが作ったのぼり旗もあった。『風林火山』と書かれた旗をヴィクターが持っている。いつも一緒に添い寝をしているので、いろいろな話をしてあげているが、まさかコレをチョイスするとは思わなかった。
私たちはわざと目立つことにしていた。服飾ギルドの連中も私たちの目立った服装を見ているようだ。
それが狙いだった。
開会式が終わり、それぞれの陣地へ行く時に、私たちは物陰で服を脱いだ。灰色の長ズボン――パンタロンと、建築ギルドの紋がついたジャケットに着替えて、丸型の黒フェルトの帽子をかぶった。開会式のときに着ていた服とマフラーは、大きな貸しを作った香水ギルドに着させて、風林火山の旗も泣く泣く渡した。
これで香水ギルドは、私たちに変身した。
頑張れ、私たちの囮……。
服飾ギルドは夏祭りにまぎれて私たちに痛い目をあわせようとするだろう。だが、私たちもそれを狙っている。君たちが攻められている間に、私たちが服飾ギルドの命運を断つわ……。
「ちなみに、このジャケットはリバーシブルになっていて、裏生地は薔薇学園の紋章がついています。いつでも変身可能よ」
「……お嬢様、半端なく卑怯ですね」
「夏祭りの規則に書いてないもーん」
「いいえ、お嬢さん。貴女は間違っていません」
猫達はドン引きしていたけど、ヴィクターだけが褒めてくれた。
「そういえば、サヤ様とオーリ様は?」
「優勝候補の薔薇学園に参加しているわ」だから、リバーシブルは薔薇学園のものにしていた。「オーリは参加していないけど、いるわ」
「……どういうことで?」
「まあ、すぐに分かると思うわ」
鐘が鳴り響いた。地味な響きだけど、激しい戦いの幕開けのゴングだった。
「お嬢様、頑張ってくださーい」
女体の神秘で祭りに参加できない雌猫たちが手を振ってきたので、振りかえした。
「行ってきまーす」
しばらく、道を進んでいくと、参加者たちは次々と家の中に入って、屋上へと出ようとしていた。旗の在り処は屋根の上だった。そのため、所々に篝火はあるけど、旗の奪い合いのときは闇で包まれて隠れられるため、簡単に決着がつくことがある。
それは防がないといけなかった。
服飾ギルドをやっつけるのもあるけど、できたら旗の奪い合いでも勝ちたかった。そのため、オーリは祭りに参加していないけど、会場には侵入していた。
突如、街中が輝いた。
そしてパンッと、音が響いて、歓声が聞こえた。
「は、花火だ」
闇夜に花火が輝き辺りを照らしている。
これで、屋根の上の連中はお互いの姿が確認できたはずだ。姿が見えれば争いは激しくなり、力は拮抗するはずだ。
「いやー、良い仕事するなぁ」
「まさか、花火まであげるとは……」
アルスとヴィクターは呆れながら走っていた。




