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 石で積み上げられた水道橋が街を横断している。遠くの水源から長距離で引いているため、家を越えるほど高く橋が架けられている。大きな幹から枝が生えるように、蜘蛛の巣状に小さな水道橋が分岐している。水道橋が作る影は涼しく、野良猫が憩いの場としていた。

「いやー、猫って良いですねー。なんも考えて無さそうでー」

 ウェアキャットの三毛が言うと、なんかおかしく聞こえた。


「ねえねえ、アルスの仕事っぷりって、どんな感じ?」

 影で人の評判を聞くという、社会人っぽいことをしてみた。

 うーん、とても陰湿だ。

 珍しく三毛の雌猫を連れているのだから、アルスのことを聞いてみたい気もした。

「バリバリですよ。10人力は言い過ぎだけど、3人分は働いていますよ。でも、あの人って今までどこで働いていたんですかね? 同国のウェアキャットだったら、顔見知りが多いんですけど、誰も見たことが無いって言っているんですよねー」

 アルスはどこで仕事を覚えたのだろうか。もしかしたら、この国に来てからかも知れないけど、聞いたことが無いので分からなかった。

「皆知らないの?」

「狭い業界ですので、あれほどの腕なら誰もが知っていそうなものですけどね。誰も知らないんですよねー。雌猫たちの間だと、結構顔見知りが多いんですけど、不思議なことにアルスさんだけは皆知らないんですよ」

 なにそれ?

 どういうこと?

 なんか意味があるのかな。

「別に、業界が狭いからって言っても、全部が全部伝わるはずは無い」

 ヴィクターが話しに入ってきた。

「そうですけど」

「訳あって偽名を使っている可能性もあるから、詮索するのは止めた方がいい。それ程の腕なら高貴な連中と付き合っていて、話せない事情があるかもしれない」

 そーか、そういう可能性もあるか。

 じゃあ、深く聞くのは止めておこうかな。

「あっ、ほらつきましたよ」

 話をしている間に、タータン・チェックの工場についた。


 手織り機の木枠に竪糸を固定して、おもりをつけてピンと張っていた。上から下へ向かって織られ、手指で横糸を通している。

「わーい、工場見学だー」

 三毛が楽しそうに見て回っていた。生地作りの分野は近いけど遠いところなので見学するのは楽しそうだった。

「本当だったら糸を染めることもしたいんですが、染色ギルドが許してくれないんですよ」

 織り機の前で女の職人の人が言った。

「我々は喧嘩をふっかけることを望みます。後方支援は任せてください」

「お嬢さん、言って良いことと悪いことがありますよ」

 ヴィクターの冷静な言葉が胸に突き刺さる。内輪揉めを誘発させて、矛先を変えさせるという作戦は始まる前に終わった。

「で、タータンは完成したら、ほころびを確認して、綺麗にすいて、羊毛なので脱脂するために洗います」

「なるほど、なるほど」

 私は赤、白、黒をつかったツイードサイドと呼ばれるタータン・チェックを依頼した。白は試作の漂白剤をつかった羊毛を渡したので、今までに無い冴えた白になるだろう。


「今日は他にどこへ行くんですか?」

「次は香水だ」

 マテが香水となることはオーリの実験で確実なのは分かっていた。他にも香水として実用化されていない香辛料と、ベルベーヌ、タジェットなどなど色んなものを技術提供しようとしていた。

 相手も新しい香料を使えるが、その代わりに私たちのブランド名義の香水も作ってもらい、お互いに売り上げを伸ばそうと言う魂胆だった。

「それに――1つ手伝って貰いたいことがある」

「うわー、言葉よりも酷い表情をしていますね。もう少し、表情を抑えたほうが良いですよー、お嬢さん」

 別に悪いことではないわ。

 私たちの盾になって貰うだけよ、詳しくはすぐに分かるわ。

 香水のギルドへ行って交渉をして、案の定こちらの有利な条件を提示することができた。


 夕暮れが街を包んでいた。

「早く家に帰らないと」

 ヴィクターがいるので安心だけど、人数が多ければヴィクターでも防げるか分からないので、自然と早足になった。だが、各種のギルドと人脈を築いて、人脈の網で絡めているので、仕掛けてくることは無いと思っていた。

 それは、間違いだったけど。


「あー、やっぱり来ていますねー。お嬢様、なんで私をお供に選んだんですか! 酷いです!」

 いまさら何を。

 女は度胸だと言っているだろ。

 来るなら来い、ただしブッ飛ばす……そのくらいの気構えが無くてどうする。

「しかし、やることが卑怯ですよね。顔が判別できない夕暮れに仕掛けてきて、しかも人数多いし、最低ですよね」

「まあまあ、こちらにはヴィクターさんがいる」

「……どうしますか、ボコボコにするけど、描写しますか」

 いや、描写しなくて良いんじゃないかな。


 2分後。


 3人のボコボコにされた男が土下座をしていた。

「すみませんでした」

 よろしい。

 はじめて返り討ちにできて、スッキリした。

「どうしますか。警察に」

 いや、それは止めておこう。

 波風をたてると、私たちに大嵐が襲ってくるかもしれない。

 なにせ、私たちはギルドの外にいる身だ。

「大事にはしない、だが次はどうなるか分かっているな?」

「は、はい」

「つまり、君たちは私に借りが出来たって事だ」

「え?」

「だからさ――」

 耳元で呟いた。

「えー! それはちょっと!」

「監獄って命を落とす人もいるんだよねー。牢番主っているのを知っている? 同じ監獄で人数が多くなったら、病死と偽って人を殺したりするんだよねー。眠る場所より人の命が安いんだよねー。金さえあれば何でもできると思わない? ねえ?」

「……やらせていただきます」

 私は敵組織に3人の裏切り者を作った。

 これで良い……。

 これで勝てる……。


 季節は夏。

 私の夏祭りに向けての準備はちゃくちゃくと進んでいた。

 祭りには怪我人がつき物だ。

 夏祭りでとことん仕返しをしてやる。

 今までの分をな!

「くくくっ、はっはっはっ!」

「お嬢さん、突然の高笑いは止めください。皆見ていますよ」

 夏祭りはすぐそこに迫っていた。

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