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 護衛としてヴィクターを連れて歩いていた時の出来事だった。道を歩いていて、小路へと続く道の手前で寒気がした。

「どうしましたか。お嬢さん」


 曲がり角から眼だけで覗き込んだ。


 赤髪の美青年が体育座りで地面をいじっていた。

「いやー、やっちゃったなー、やっちゃったなー、今度ばかりは更正できるはずだったんだけど、夢で終わっちゃったなー」

 げっ、愚弟ことアラミス……こんな所にいたのか。

 アラミスはこの前より綺麗な身なりをしていたけど、小路には散らばるようにゴミがばら撒かれていた。

「まさか、あれが本当の夢だったなんて……なんで覚めちゃうかなー。覚めないで欲しかったなー」

 寝ているときの夢の話かよ!

 真面目に生きようとしていて失敗したのかと思ったよ!

「買っても無い宝くじが当たるはずないよなー。宝くじは夢を買うってよく言うけど、俺は夢すら買えなかったんだよなー。夢で見ちまったよ。1等の番号が当たっていたんだよなー。嬉しくてガッツポーズしたら、その勢いで起きちゃったよ。……俺の期待と童心を返してくれよ!」

 ……勝手に夢を見てキレている男だった。

「なあ、先輩……夢って儚いよな」

 あれ? 誰もいないよね。……誰と話している?

「そうだよな。やっぱり先輩は正しいよ」

 待て……お前は誰と喋っている。

「はっはっはっ! 楽しいなぁ。さすが何でも知ってますね!」

 誰と楽しく喋ってんだー!

 大丈夫? お医者さんに行かなくて大丈夫?

 そこまで追い詰められているなら、お姉ちゃんは一緒に病院へ行ってあげるよ! そこまでお姉ちゃんは厳しくないから。

 アラミスが見ていたところから黒い影が現れた。

「ニャンコ……」

 猫だった。

「そうだよな、ニャンコ先輩、俺たちはじまってもいないよな」

「にゃー」

「やっぱり、ニャンコ先輩はすげえや。もしもの時は、死んで転生してチートでハーレムになれば良いんですよね。そうですよね。今の人生なんてしょせんはチーレムの前の苦行ですよね」

「にゃー」

 お前たちがチーレムに転生しても、あちら側の神様に入国拒否をされるだろうけどね。

 というか、なぜ猫語が分かるほどの能力を持ちながら、いまだにこんな所で這いずり回っているんだ。無駄にハイスペック過ぎる。

「にゃー」

「ちょっと止めてくださいよ。ズベズラ地方の方言は難しいんですから」

 方言まで理解している……。


「お前さんたち! ここは道の邪魔だって言ってるでしょ!」

 占い師のマーブさんがアラミスたちのいる場所の奥から現れた。200キロぐらいの巨体で小路にちょうどおさまるぐらいの大きさだった。

「なんだよ。ここは俺の家だぞ」

「道を勝手に占有するんじゃない。私だって遠慮して袋小路の奥で商売やってんだよ」

「アンタだって勝手に占領しているじゃん。偉そうに説教するなよ」

「ちゃんとマがつく自由業の人に場所代払っているっての! それはともかく、お前さんがここにいると、私が道に出れないんだよ! 勝手に鎖国政策してじゃないよ!」

 マーブさんが一歩前に歩くと、アラミスが大声を出した。

「そこ外壁なんですけど!」

「なっ」

 地面に線が引かれていた。線を引いて自分の陣地にしているようだ。

「ついでに、台所も崩しているし、ちょっと止めて! 家壊さないで!」

「いいから通してくれよ」

 マーブさんが呆れながら、もう一歩進んだ。

「そこ便所!」

「あー、どうでもいいから、速く通してくれよ」

「ニャンコ先輩のね」

「にゃー」

「使用済みじゃないの!」

 ……もう、めちゃくちゃだ。

「お嬢様、ここにいたんですか……すみません、離れてしまって」

 三毛の雌猫が道の向こうから走ってきた。アルスは仕事の柱なので館で汗水たらして働いている。今回のお供はヴィクターと三毛だった。

「馬鹿……しーっ!」

 だが、遅かった。

「あれ? お前……姉上の家にいた猫だろ。……もしかして、姉上いる?」

 三毛が痛恨の表情を浮かべて、首を横に振った。私の怒気のこもった顔に恐れをなしているようだ。

「いや、いるよね」

「いません」

「お前さん、ミレディのところの……ミレディの弟かい」

「そうだけど? 姉上、姉上、ちょっと来てくださいよ。この分からず屋を説得してくださいよ」

 絶対に嫌だ。

「だから、いませんてばー」

 三毛が嘘をつくろった。

「嘘だね。姉上! 姉上!」


「……お嬢さん、放って置いて、先を急いだ方が良いのでは?」

 ヴィクターが冷静に言い放った。

「そ、そうよね。三毛も行くわよ」

「あっ、姉上―!」

「ちょっと、お前さん! この馬鹿を何処かへつれてってくれよ!」

 いやー! 関わりたくない。


 さっきまでの喧騒を忘却の彼方へ捨てた。

 今日の目的は、愚弟の様子をうかがうためではない。

 タータン・チェックを作る職工を尋ねようと思っていた。スコットランドで生まれたタータンは家柄を表すのに使われていた。赤薔薇の紋章はあるけど、独自のタータン・チェックを作るのも一興かなと思っていた。

 色と色を綾織して作られる色は、2色なら3色に、3色なら6色に、4色使えば10色が生まれる。混色が色彩をより豊かにするのがタータン・チェックの特長だった。

「お嬢様、サヤ様を連れてこなくて良かったので?」

「あー、うん。今回は三毛の感覚に任せるよ」

 装飾はサヤの仕事だったけど、ヴィクターの指摘を受けてから、できる限り離れて仕事をするようになっていた。たまには別の人間の芸術的感覚に委ねるのも良いかなと言う気持ちもあった。

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