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 館の中は本当に静かだった。空気があるから無音ではない、埃の臭いも、湿った冷気を感じられるのも、空気の賜物だろう。

 全身から力が抜けるようだ。

 多分、天罰なのだろう。

 天罰が下るのが早すぎる気もするが――。


 私は婚約者だったキルヒアイスと縁を切り、愚弟も縁を切る形で放り出した。そして赤薔薇の館で働く使用人たちの給料を節約しようと思って、ある宣言をした。

「この家にはもうお金はありません。あなたたちには次の仕事先が決まり次第順次出て行ってもらいます」

 もう少し、考えて発言するべきでした。


 朝、起きたら、館の中の金目のものは全て無くなり、使用人もいませんでした。

 幸い現金は私の部屋の中の金庫にしまっていたから良いけど、銀食器とか、高そうな絵とか全て盗まれているんですけど、ああ……絨毯もなくなっているよ。

 トイレの紙もねーよ。

 歯磨き粉もねーよ。

 靴べらすらねーよ。

 まさに鬼畜の所業……。

 いや、私が悪いのかもね……まてまて、盗人の方が悪いだろ……。だけど、引き金を最初に引いたのは、私だ。

 後悔の波が引いては寄せてきた。

 ……もういいや、とりあえず動こう。動かないと前進できない。それに私には色々とやりたいことがあった。


 私は庶民の服装になり、市場へと出かけた。乙女ゲーの主人公を操っていた時に、通いなれた場所なのでだいたいの地理は頭に叩き込まれている。それに元々ミレディと言うキャラクターは頭が良いため、前世の時と比べ物にならないくらいに頭が冴えているので、地図を見ながら歩いているように迷わなかった。

 さて――私はこのゲームには無いものを開発しようと思っていた。

 転生直後から、この世界に違和感があったので色々考えていたら、この世界には無いものがわかった。

 それは、レース生地だ。

 市場でも観察してみたけど、レース生地は無かった。そこで私の灰色の脳細胞が、昔読んだ本の記憶を掘り返した。レースは魚網から発達、ガーゼを経て、隙間のある織物、編み物、刺繍が作られたとされる。詩的に表現すると糸と空気で編むと言われており、下着の飾りなんかにも使われていた。

 それを開発してみようかと思っていた。


 と言うわけで、街一番の占い師を尋ねる事にした。探し物があるときは、占い師に聞くのが一番だ。探し物は職人だ(ただしイケメンに限る)。

 市場の裏道に入ると、水晶を前に二百キロぐらいの巨体の女性がいた。

「マーブさん、お久し振り」

 ミレディはゲーム内で恋占いをマーブに頻繁に頼んでいたので、顔見知りのはずだ。

「おや……今日は様子が違うわね。何を占ってもらいたいんだい?」

 おっ、鋭いね。

「腕の良い職人を探しているの」

 マーブは水晶に腕のいい職人を映したが、オッサンだったので却下した。

「若い男が良いなぁ」

「お前さん、随分物言いがストレートになったね」

「我慢は良くないわ。美貌にも、健康にも、人生にもね」

 マーブが次に映し出したのは、ウェアキャットの少年だった。銀色の毛並みをしており、耳と尻尾が愛らしく動いている。まだ声変わりをしていないような少年だった。

 この世界は魔族や魔物などもいて、ルートによっては戦うこともできる。

「可愛いわね。この子は何処にいるの?」

「ああ……この子は奴隷市場で競売にかけられているところだ……」

 奴隷市場か……となるとウェアキャットの国と戦争したときに捕まえられた少年だろう。顔は良いけど、性格のほうはどうだろうか、少し心配だったけど、第一印象は容姿が全てだ。


 私はマーブにお金を渡して、奴隷市場へと向った。

 案の定、ウェアキャットの少年は高値で競売をされようとしていた。そして金を吊り上げているのは涎をたらした有閑マダムどもだ。

 あの少年に何をしようと言うのか。

 まあ、みなまで言わなくても分かるけどね。

 私が助けてやろう。

 ただし、金は百倍返しを要求する。


 私は劣情持ちの強豪たちを押し退けて、キルヒアイスから奪った金でウェアキャットの少年を買った。対面した時、垢に全身を覆われていて、何日も洗っていないのが分かった。

「私はミレディよ。よろしくね」

「……アルスです」

 怯えているようで、少し震えていた。

 色目を使う有閑マダムたちの視線から意気揚々と去り、台風一過のような館へ戻ってきて、私は奴隷の足かせを外した。自由になった足をアルスは嬉しそうに眺めていた。

「私のことは……そうね……お嬢様とでも呼んで」

「は、はい! お嬢様」

 足かせが外れたのがよほど嬉しいのか、声が裏返っていた。

「さっそくだけどやってもらいたいことがあるの」

「はい、お嬢様、ご自由にどうぞ」

 アルスはもろ肌に服を脱いだ。

「初めてなので優しくしてください」


 ……パンチ!


「私が求めているのは、そんな小さな小さな快楽じゃなくて、もっとデカイデカイ大金をせしめることなのよ。分かった? 世のなか金よ。あんたも良い暮らしがしたかったら、もっと生産的なことに力を注ぎなさい。お金集めたら、解放奴隷にしてあげるから、分かった?」

「分かりました。お嬢様、万歳!」

 こうして私は最初の従業員を手に入れた。

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