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 梅雨が遠ざかり、乾いた夏を迎えようとしていた。錬金術師のオーリは各種器具を館へと持ってきて漂白剤の研究を始めて、雌猫たちも何人か増員、徐々に大所帯へと変わっていった。サヤは館にしばらくの間住んでいたけど、私が学校に色々と交渉して1人部屋に変えてもらった。


「これを見てー」

 従業員を前に、私はそれを作業台の上に置いた。一人で持つのも大変なくらい館のミニチュアだった。

「ドールハウスです」

「おおー」

 まばらな拍手だった。

 ミニチュアは完成予定の内装で仕上げられている。そして人形も配置していて、私たちの服装を再現していた。ミニチュア家具は職人に作ってもらい、服装と人形は自作だ。ミニチュア館は半分にわかれるようになっていて、外観も内観も楽しむことが出来る。

「どうよ。凄くない」

「「へー」」

 反応わるっ!

 雌猫たちが部屋を見渡した。

「まだまだですね。お嬢様」

 痛いところをつく……。本物よりも模型の方が先に完成してしまったのは、悲しいところだった。

「でも凄いですね。このステンドグラス本物じゃないですか」

 ふふっ……当然よ。

 やっと分かったようね。

 もっと、ほめて。

「あっ、鍋まで再現を」

 ふふっ……手抜かりないわ。

「うわっ、この本ちゃんと文字が書いてある」

「やるからには徹底的に、これが大人よ……サボるところはサボり、見えるところは徹底的にやる」


「金。ずいぶんとかかってますね」

 実はそうでもない。

 このドールハウスは自費だけで作られたわけではなく、作った職人にも利益をもたらす物なので比較的安価に作ることができた。

「私たちの宣伝と職人たちの宣伝も兼ねているの。このドールハウスはバザールの一角に飾るつもりよ」

 ロココの女性的な内装、人形の服装も新しいものだ。人目につけば宣伝効果は凄いものになるだろう。

 服飾の宣伝には服飾版画か雑誌、ファッション人形が使われていた。紙を使ったほうが宣伝は広く伝わるだろうけど、紙の値段が高かったので、ドールハウスとファッション人形を組み合わせることにした。金を安くすませるついでに、建築関係のギルドと人脈を築くことができたのも大きかった。

 建築ギルドに利益をもたらしたことで、服飾ギルドもこちらの人脈に気付いているはずだ。暴力的手段に打って出ないと思ったけど……。


 ドールハウスをバザールに置いて、馬車で帰ってくる途中だった。いつも1人で移動していたけど、ドールハウスを持ち運ぶためにアルスも連れて歩いていたのが幸いした。

「誰かつけてきていますね」

 私たちは馬車をゆっくり走らせ、飛ぶように降りて、物陰に隠れて、追跡してきた男たちの顔をみた。

「……やだなー。とうとう来たのかな」

「顔だけだと誰か分かりませんね。……どうします?」


 歩きで館に戻ると、馬車は無事到着していた。私たちがいないので速度を上げて、無事まいたそうだけど、こちらを狙っているのは間違いなかったそうだ。

「憂鬱ね」

 館に入ると、オーリが仕事を終えて帰るところだった。私たちが襲われそうになったことを話した。

「まあ、いつかは来るとは思っていましたが……」

「だから、今日は馬車で送るわ。遠慮なく使ってね」

「……逆に危ないような気がしますね。まあ、上手く使いますよ」

 私が黙っていると、

「誰か護衛をつけたほうが良いかも知れませんね。猫たちは耳がいいけど、暴力沙汰になったら大変ですよ。特にお嬢様は女性ですので、警戒するに過ぎることは無いと思います」

 もっともな意見だった。

 今度、冒険者ギルドに行ってみることにしよう。


 話は変わり、仕事の話になった。

「これからどうしましょうか? 漂白剤はそろそろ完成しそうですが」

「考えがあるんだけど、もう一歩先に進んだ漂白を目指したいわね」

 オーリは表情を動かさなかった。

「今でも他の追随を許しませんが」

「白に青み付けをしたいのよ」

 合成ウルトラマリンの青み付けは塩素による漂白の後に来た技術だった。

「お嬢様がやり方をだいたい知っているなら、完成はそう遅くは無いと思いますけど、やる必要があるのかどうか」

「漂白の技術を赤色の染色工房に提供して、見返りに味方にするつもりよ」

 この世界は中世を模しているためか、色の微妙な配慮も真似されていた。それはこの世界には無いキリスト教的なものだった。キリスト教は色を混ぜるのは悪魔の行為と言い禁忌としていたため、基本的に色を混ぜることはしなかった。そのためか、色の工房はお互いに混ざることが無いように、同じギルドでも離れて建てられていた。お互いが独立して色は混ぜられることはなくなったけど、工房内は不透明な部分が多くなっている。不正の温床にもなっていた。

「白の染色工房ではなく、赤ですか……悪いこと考えますね」

「白が素晴らしいほど、その次に染める色がすばらしくなるわ。そのため白の絶対的有利が長年続いている。だけど、白よりも素晴らしい漂白技術を赤が持てば、絶対的関係を断つことができる」

「最初は新しい染料の発見と噂されますね。だけど、しばらくしたら漂白の新技術と勘付かれる恐れがあります」

「それまでに赤は例年にない儲けを得るでしょうね。もしも、怪しまれ始めたら彼らは止めればいいだけのことだから、私たちに疑いが来たとしても証拠がない。赤の信頼を得て、染色のギルドを内輪揉めさせつつ、染色ギルドの服飾に対する優位性を利用する。服飾ギルドからしたら、赤が肩を持つからこちらを攻めづらくなるでしょうね」

「ただ、それでも護衛はつけたほうがいいですよ。利益と理屈が通じない相手はいくらでもいますから」

「ありがとう、オーリ。明日にでも冒険者ギルドへ行ってみるわ」

 オーリは館を出ると、馬車を先に走らせて、しばらくしてから歩いて帰っていった。

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