17
「へっ? 弟様ですか」
アルスと雌猫たちが蒼ざめて、お互いの顔を見てオロオロし始めた。本当だったら、猫たちは私の所有物――奴隷なので、それほど怯える必要は無い。奴隷たちに粗相があった場合は私の責任だ。指示したのも私だ。なので心配する必要はなかった。
だけど猫たちは主人の親族に手を出したことで、自分たちの命が危険にさらされていると勘違いしているようだ。
「アルスさんが悪いんですよ!」
「違うよ! お前たちが!」
「なんで、わたしたちのせーにするんですかー。おとこらしくなーい」
「鍋をかぶせて、叩いて音攻めにしたのは、お前たちだろ」
「違いますよ」
「はあ!? 嘘つくなよ」
「なに必死になってんですかー? 必死になる猫は犯人臭いですよねー」
「うわっ、すげーむかつく、ばーか、ばーか!」
「安い悪口ですね。もう少し言葉を選べないんですかー?」
「キーッ!」
猫たちが醜い仲間割れを始めて、アルスの形勢が不利になっていた。可哀想に男と女の対立になり、男はただ一人だけなので、口で負けそうになっていた。戦いの基本は数だ。アルスはもうそろそろ負けるだろう。
でも、心配するな。
私はどちらも見捨てないよ。
ただアルスは中傷されて傷付いているだろう……。
だから、後で私が慰めてあげよう。
ついでに、モフモフとハムハムもしてあげよう。
「そうだぞ! 奴隷ども! 俺はこの家の長男だ!」
「いやー! アルスさん! 私たちのために犠牲になって!」
「裏切り者! やめろ! 背中を押すな!」
ギャーギャーギャーギャーウルサイ猫たちだ。ソレを見た愚弟は調子に乗り、汚い野次を飛ばしている。良く言えば天真爛漫、悪く言えばうすら馬鹿の愚弟ことアラミスは、どこで覚えたか知らないけどスラング混じりの汚い言葉を使っていた。
「静かにしなさい。深夜よ」
そう――それにサヤが起きたら面倒ごとが増える。
これ以上、騒ぐな。
「ところで、アラミスは何をしに来たのかな?」
場は静まり、猫たちも私のほうへ注目している。
珍しく主人っぽかった。
「この格好を見て、見当がつかないか? ミレディ」
アラミスの姿は垢じみており、体の手入れもせず清潔感がまるで無かった。
「私のほうから言うことじゃないわね」
「そうか……ミレディ、金がなくなったから貰いにきたんだ」
平然と言い放った。たしかに急遽追い出したけど、何年間かは暮らせるくらいの資金だった。なにせ財産の半分だ。その後に使用人たちに盗まれた腹の立つイベントが起きた。
「けっこうな金額を持っていたと思うけど」
「そんなもん全部使っちゃったよ」
マジかよ、この愚弟……。
財産の半分を使いきったのか……。
あの金額を……逆に才能があるよ……。
「可愛い弟を助けると思ってさ、お金ちょーだい、ミレディ」
「あれは財産の半分なのよ」
「ならさ、家の中の家具とか絵とか何で無いの? 売ったんだろ? その分の金だってあるだろ?」
「それは関係ないわね……あの時、あなたは財産の半分だと聞いて、承諾して受け取ったはずよ。いまさら、家の事は関係ないし、そもそも家具とかがないのは盗まれたからよ」
「盗まれた? 信用できないなー」
「まあ、アンタには関係ないことだけどね」
「ミレディさ……唯一の弟が悲惨な目にあっているのに助けようと思わないの?」
「自業自得よ」
「だって、こんなに金がかかるなんて思わなかったんだ……楽しいことをしようと思うと、お金が必要なんだよ。なあ、ミレディ、頼むよ」
清々しいほどクズな愚弟だった。それに、さっきからこいつはミレディ、ミレディと呼び捨てにして……。姉に対しての礼儀が無い……普通だったらお姉ちゃんかお姉さまと呼ぶところだと思うんだけど……。そして、湯水の如く金を使って反省の色が無い……おそらくギャンブルだろう。膨大な財産を溶かしてしまうのは、ソレぐらいしか考えられなかった。
このまま放置しても可哀想だから恵むことは恵むけど……とりあえずお仕置きをしておくか、私に頼ると酷い目にあわせられると遺伝子レベルに刻み込んでくれる……。
指を、ぱちんと鳴らした。
「雌猫ども、この愚弟を風呂で洗ってさしあげろ」
「そいつはありがたい。最近風呂に入っていなかったんだ。それに女つきとはミレディも気が効いているなぁ」
もう一度、パチンと鳴らした。
「二人。早くしたほうがいいよ」
「へっ?」
パチン。
「三人。雌猫たち――洗えば何でもしていいよ。手段は問わない」
「ミ、ミレディ?」
気付いたのだろう。
そう――私は愚弟にトラウマをプレゼントするのだよ。寝ても覚めても雌猫たちに遊ばれた屈辱を思い出すがいい。
パチン。
「四人、早く風呂へ行きなさい。どんどん増えるわよー。大変な目にあうわよー。良い目に会うと思ったら大間違いよー。そんなことするわけないからねー」
雌猫たちの眼が光っていた。雌猫たちはじゃんけんをして、誰がいくか決め始めていた。負けた雌猫は床を拳でたたいて悔しそうにしていた。何をするか知らないけどね。
「う、うわー!」
愚弟は雌猫たちの殺気に怖気づいて風呂へと向ったが、残念ながら縄でグルグル巻きにされていたので倒れた。
パチン。
「五人ね。はい――雌猫たち楽しんできてね」
「お嬢様! ありがとうございます! このご恩は忘れません!」
雌猫たちは愚弟を担いで嬉々として風呂場へと連れて行った。
「いやだー! とりあえず縄を解いてくれー!」
「暴れると面倒だからこのままで行きますよ」
「いやー! ミレディー! ミレディー!」
風呂場でしばらくの間、愚弟の悲鳴が続いた。
たぶん――玩具にされているのだろう。
私とアルスは合掌して、愚弟の生還を祈った。




