15
クリスタルグラスに琥珀色の液体がそそがれ、新鮮な水が加わり混ぜられた。カランカランとクリスタルが鳴った。ウィスキーの飲み方の一つのトワイスアップとした。ウィスキーが琥珀色なったのは20世紀に入ってからなので、乙女ゲーの製作者は視覚の美しさを優先したのだろう。飴色の革細工が美しいように、琥珀色は眼を楽しませてくれた。
お姫様との物々交換で貰った一品の王家御用達のウィスキー30年物で、金を積んでもなかなか手に入るものではないようだ。
ウィスキーを眼で楽しみ、空気と遊ばせて、香りが出るのを待った。花を近づけて、濃厚な花の香りを感じた。
嗅覚で味わったので、次は飲んでみよう。クリスタルグラスをくいっとあおり、舌で熱さを、喉越しで香りを、飲み終わりはさっぱりとした印象だった。驚いたことに飲んだ後に、花の香りが口の中で広がった。
「お嬢様。味はどうですか?」
「うーん、複雑……私にはまだ早いかな」
まだ小指が痛かったので、冷ましてあげたくなった。浄化された口で小指を咥えて、唇で優しく揉んで、唾液と酒で濡らした。口から離して小指を立てると、消毒液をつけたように冷えて、痛みが軽くなった。
「まだ、痛むんですか?」
「うん……」
「骨は大丈夫ですか?」
「そんなに重傷じゃないよ」
「それは、良かったです」
「なあ、舐めて冷ましてくれないか?」
ベッドに腰掛けて、ゆっくりと腕を伸ばした。アルスはクリスタルグラスを受け取り、そして躊躇いながらも唇を近づけていった。赤い唇から、濡れた舌がでて、震える舌が爪を舐めた。猫の舌はざらついていて、舐められるとくすぐったかった。丹念に舐めているけど、痛まないように優しかった。指の付け根まで舐めてもらい、赤らむアルスは行為をやめた。赤らんでいたので、優しく頭を撫でて褒めてあげた。
「美味しいですね。ウィスキー」
未成年の舌にも芳醇な酒は素晴らしいものだったようだ。
「私の唾液入りだけどね」
「はい、お嬢様」
酒で熱くなっているためか、背徳に身をゆだねてしまった。
「なあ、咥えてくれないか?」
アルスが首肯したと同時に、扉がノックされた。欲に支配された雰囲気が霧散してしまい、日常に押し出された。
「お嬢様―、お客様ですよ」
アルスが扉の鍵を開けて、三毛の雌猫を部屋に入れた。寝具作りが佳境のため、疲れた表情をしていた。
「こんな夜に誰が?」
「……サヤ様です」
サヤが男装のままで、両目から涙を流していた。
ほろ酔いが一気に吹き飛び、怒りが沸いて来た。誰が彼女を泣かせたのだろうか。サヤは寝間着の私の胸に飛び込んできた。
「ミレディさまぁ―!」
私、あえなく陥落。
「どうしたの? サヤ」
「ううっ……、シンに襲われて……シンは部屋に入ってくるまでいつも通りだったんですけど、部屋に入ってから、どんどんおかしくなって……。とうとう、さっき、押し倒されて……逃げてきたんです……」
さめざめと泣き、私の胸を涙で濡らした。
「押し倒されただけ?」
「はい……純潔は守りました……でも、あそこには戻れません。今日は、泊めてもらえないでしょうか? 実家に帰るにも、夜道は怖くて……」
「大丈夫よ。今日といわずに毎日でも泊まっていいわよ」
サヤをあやしていると、三毛猫が会話に入ってきた。
「寝具に余分なものはありませんよ」
寝具? 何を馬鹿な事を……。私のベッドがあるわよ。
「私と添い寝でも大丈夫かしら?」
「そ、そんな恐れ多いです」
サヤが潤んだ眼で見つめてきて、私の母性も潤ませた。ただ、彼女の体から香る匂いが、私を正気に戻らせた。
シンを狂わせたのが分かった。サヤが燻蒸させた霊猫香によって、男装しても超絶可愛いサヤに発情してしまったようだ。
「大丈夫よ。それよりもお風呂には入った?」
「すみません。臭いましたか?」
汗臭いとかじゃなくて、あなたの部屋の匂いがついているのよ。それは男だけではなく、女の欲望を焚きつける媚薬だ。
頼られたのに、裏切るわけにはいかない。
「アルス、お風呂の用意をして。心が落ち着くように入浴剤も入れてあげてね」
「はい、承知しました。お嬢様」
芳香入浴剤は蜂蜜を成分にしたもので、肌が綺麗になるので最近好んで使っている。
アルスが風呂の準備をしている間に、私はサヤと話をした。
「怖くて……震えが止まらないんです……」
肩を抱くと震えている。寒空の下にいる子猫のようだった。
私が温めてあげよう。
身も心も……って、駄目だー!
完全に百合ルートだよ!
私は男が好き、私は男が好き、私はイケメンが好き……心の中で何度も唱えた。
「でも、押し倒されたなら、女として箔がついたわね」
「一応、男装していたんですが」
そうなると、少し意味合いが変わる。
「それに純潔も守ったんだから、良しとしましょうよ」
「……はい、それは良かったんですが……」
「起きてしまったのだから、それは仕方が無いわ。力がある人なら状況を変える事ができるかも知れないけど、そんなことができる人は稀よ。仕方ないから自分の認識を変えたほうが良いわよ。私はイケメンに押し倒されるくらい、魅力的な女性だってね」
サヤにそういうと、静かな声で「はい」と言った。




