第0章 Prologue
___曇り空
ゆらゆらと
また誰かの声が
遠くできこえてこだまして
亡霊が
きしむような笑い声で
今日を生きる罪人を
嘲笑ってる___
誰かのヘッドホンから聞こえてきた曲はこう歌っていた。
それは何かの叫びのようで体が震える。
どうやら、扉の向こうにいる奴が聞いているのであろう。
扉の向こうの世界を僕はまだしらない。
いや、知ろうとしない。
なぜならば、そこに未来はないからだ。
「やめてくれっ!俺は、俺は悪くない!」
そうやって叫びながら必死に逃げ惑う男を追いかけてゆく俺。
ああ、至福のひととき・・・・
『グサッ』
鈍い音と肉が裂ける感触を味わいながらゆっくりと丁寧に切り裂いてゆく。
「はあ・・・・郁斗。」
ぽつりとつぶやいたその名前は俺にとって命よりも大切な奴の名。
この幸せな時間をまた、共に感じたい。
そう思いながら俺はまたナイフを突き刺した。
「学先生!今回の手術もかなりのプレッシャーの中でしたが、いかがでしたでしょうか?」
大勢の報道陣のなかから聞こえてきた聞き飽きたような質問。
僕はにこりと笑いながら答える。
「そうですね。しかし、手術室に入った瞬間そのような邪念は消えましたね。なんといっても、手術中、僕は一人の医者として、患者さんを助けなければならないので。」
その瞬間、カメラのシャッター音と共にフラッシュの嵐。
同時に、たくさんの悲鳴にも似た女たちの黄色い声が聞こえる。
邪魔くさい。
彼女らの体を解剖したい。
そんな欲望がふつふつと湧き出てくる。
いけない、いけない。
今は、国際的天才医師・北沢学を演じなければ。
僕は、自らにそう語り掛け、また笑顔を作った。
ナースステーションの前にいつものように報道陣があふれかえっている。
見慣れた光景。
「えーとっ、そうですね~、北沢先生は私たちにも優しくしてくださっていてぇ~・・・・」
三、四人のナースがばっちりメイクで受け答えをしている。
バカらしい。
「・・・・・なにをしているのですか。」
私が声をかけると、彼女たちの背筋がピンと張る。
空気は凍り付き、報道陣たちは一斉に私のほうを見る。
「病院に取材に来られる際には、ちゃんと連絡をください。よろしくお願いします。」
非常に単純に、かつ要点をまとめてしゃべる。
向こうのほうで、ひとりのナースがこちらを見てにやりと笑った。
桐谷奏。新人看護師だ。
報道陣の中の一人が私を見てこう呟いた。
「さすが、北沢先生の恋人・・・綺麗だ・・・・・。」
「病院に取材に来られる際には、ちゃんと連絡をください。よろしくお願いします。」
どこかで聞いた声だと思い振り返ると、そこには古村さんが無表情で話している。
ほんっと、綺麗なのにもったいない。
天才医師・北沢学と美人看護師・古村亜里沙は世間的に有名な美男美女カップル。
そりゃそうだよね。
完璧×完璧なんだしさ。
でも、それは表向き。
本当はね____________
俺の隣のベッドに横たわるガキが病室の外から聞こえる音楽に耳を澄ましている。
奴の目ん玉に、光なんざ映ってねえ。ただ、目の前に映る暗闇をそっくりそのまま映しこんでる。
奴も思ってんだろう。
あんな歌詞、カッコいいとかイケてるなんざ思うやつらがこのすたれた国をしょっていけるとは思わねえ。
無理だ。
この国は、もうすぐ潰れる。破滅の道しか残されていない。
さて、もうじきか。
俺は、体中に巻かれた包帯をじっと見つめながら思う。
なあ、隆一。
俺は、いつになったらお前とまた殺人が出来る・・・・・・・・・・・・・?