ひとつの約束
なんとなく時計に目を向ける。もうすぐ今日が終わるんだなぁと、私はぼんやりと考えた。
彼がすっと立ち上がった。その表情は嬉しそうな、悲しそうな、それでいて力強い、とても不思議なものだった。
「もうすぐ魔法が解けます」
彼の突然の言葉に、思わず私は吹き出してしまった。彼は冗談めかして言葉を続ける。
「鐘が鳴ると魔法が解ける。そういものなんですよ」
「ガラスの靴は置いていってくれないの?」と私が問いかけると、「靴を残していくのはお姫様の役目ですよ」と彼は答えた。
再び訪れる静寂を崩すのは、やっぱり彼。
「天の川」
「再び天の川が広がる時。」
「織姫と彦星が出会う時。」
彼は言葉を続ける。
「私達も再び出会うとしましょう。」
彼の言葉があまりにも幻想的で、それでも現実的なものとして捉えている私がいて、思わず声を上げて笑ってしまった。
そんな私の姿を見て、彼も笑い出した。
「やっぱりナンパくんだったんだ」
そう呟いた私に彼は反論する。
「違いますよ。先に声を掛けてきたのはあなたです。」
あれ?そうだったかな。なんて笑いながら考えていると、彼は言葉を続ける。
「それではまた来年、『一年前の僕』を宜しくお願いしますね。」
再び始まった彼の不思議な言葉に、私は動じることなく返す。
「なるほど。それなら私がナンパさんだったわけね。」
彼は神妙な面持ちで頷くと、「そろそろ時間です」と言って踵を返す。
玄関へと向かう彼の後ろ姿を見送りながら、私はひとつの約束をすることを決めた。
「ガラスの靴」
彼が振り返る。
「ガラスの靴、用意しといてあげるから。あんたはそれで、『一年後の私』を見つけ出してね。」
彼は私の言葉を聞くと振り返った姿勢のまま佇んだ。
「分かったわね。」
念を押す私に対し、彼は思わず見とれてしまうような、向日葵のような笑顔を残してドアの向こうに消えていった。
ドアが閉じると同時に、短針と長針が真上を向いて重なり合う。
それはまるで織姫と彦星の逢瀬のようで。
私は閉じたばかりのドアに駆け寄って、思いっきりドアを開けた。
そこには美しい星空が、どこまでも、どこまでも広がっていた。




