はやとちり
ふっと気が付くと頭には冷たい感触。
疼く頭で何をしてたかぼんやりと思い出すと、私はガバッと跳ね起きて自分の状況を確認する。気付けば上着は無く、シャツの裾は乱れていて、履いていたストッキングは行方不明。
も、もしやあのナンパくんと……なんて考えていると、背後から声を掛けられた。驚いて振り返ってみると件のナンパくんがそこにいた。
彼は落ちていたタオルを拾い上げると、「大丈夫?」なんて声を掛けながら私の顔色を窺ってくる。
私はゆっくりと立ち上がると、彼の頬に狙いを付けて平手を振りかぶる。乾いた音が鳴り響く中、私は叫んだ。
「この変態ーーー!」
叫ぶと急に目眩がした。崩れ落ちる私を支えると、彼は無茶をしちゃいけないと注意し、私をソファに横たえた。
彼は奥に消えると、私の上着とストッキングを持って戻ってきた。
彼が言うに、上着は皺が寄るといけないので脱がし、ストッキングは私が自分で脱いだとのこと。決して手は出していないと彼は私の瞳を真っすぐに見つめながら言った。
でも、こんな所に連れ込んでとなおも言い募る私に対し、彼は周囲をよく見回すように勧めてきた。
よくよく見回してみると、ここは私の部屋ではないか。
「なんで知ってるの」と呆然と呟く私に対し、「あなたに教えて頂いたからです」と水の入ったコップを差し出しながら、苦笑で返す彼。
お礼を言って水を頂くと、彼があの後の出来事について説明してくれた。
どうやら私は水と日本酒を間違えて飲んでしまい、酔い潰れてしまったらしい。彼はそんな私を放っておけず、たまたま分かった私のアパートまで送ってくれたそうだ。
なんで放っておかなかったのかを聞いてみると、彼は心外といった程で「そんな危険な真似が出来ますか」と返してきた。いや、一人暮らしの部屋に男女が一対って十分危険な状態だと思うんだけど。
私は彼の真摯な姿勢を信じることにしたが、そうなると先程の平手打ちが頭を過ぎる。私としたことが恩人に何という仕打ちを。
慌てて非礼を詫びる私に、彼は自分こそ配慮が足りなかったと逆に頭を下げてきた。……本当に良い人なんだね、ナンパくん。変な愛称を付けてごめんよ。
コップを返すとまだ水はいるかと聞かれたので、首を横に振る。
彼がコップを片付けて戻ってくると、室内に静寂が訪れた。




