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緋鷺 SCARLET HERON 【SHADOW EXTRACTION】  作者: 詩野忍


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8/11

Case IV: 氷の陰謀 −Long Vol. −

主要登場人物

佐藤さとう 美和子みわこ

日本国女性内閣総理大臣

これまで三度

国家が見捨てない

という約束を

実戦で示してきた女性

冷静な判断者でありながら

その決断の根拠には

誰よりも深い責任感がある

はやし 美奈子みなこ

戦闘指揮官。42歳

元陸上自衛隊冬季戦闘訓練教官

極寒地の移動

行動

生存に精通する

感情を凍らせるのではなく

凍らないよう統御する指揮官

森田もりた 彩乃あやの

副指揮官。39歳

寒冷地作戦の時間管理

移動速度

撤退判断に長ける

美奈子の思考を

氷上でも

崩れない形へ

落とし込む実務の柱

山本やまもと 優美ゆみ

諜報主任。38歳

元外務省アジア大洋州局

ロシア極東

北朝鮮系ネットワーク

偽装研究施設

核関連流通に通じる

断片情報から

“存在しないはずの施設”

を見つけ出す女性

小川おがわ 香澄かすみ

狙撃・前衛制圧担当。35歳

元特殊作戦群狙撃手

雪と風の中で

射線を通すことに長ける

寡黙だが

仲間を守るためなら

最前線で 

自分を削ることを厭わない

中田 あかり(なかた あかり)

戦闘医療・寒冷地医療担当。32歳

低体温

凍傷

ガス暴露

放射線被曝の

初期対応に熟達

寒さの中では

“止血より先に熱”

という現実を熟知している

佐伯さえき はるか

電子戦・サイバー戦担当。33歳

元防衛省サイバー防衛隊

極地で不安定化する通信

古い核施設の閉鎖回線

HF帯の敵無線を相手にする

白い沈黙の中で

唯一見えない戦場を切り開く女性

西村にしむら 美咲みさき

偵察・雪上先導担当。31歳

元航空自衛隊偵察隊

雪中移動

ブリザード下の方位保持

視界ゼロでの前進が専門

真っ白な世界で

ただ一人

“進むべき線”

を見つける

東野とうの 奈美なみ

工兵・爆破解析担当。34歳

元施設科

核施設の耐爆扉

凍結配管

放射線遮蔽構造の

突破に通じる

極寒下でも

道具と火を扱える

静かなスペシャリスト

大島おおしま 由美子ゆみこ

心理分析・交渉担当。37歳

元公安心理分析官

思想と喪失

忠誠と孤独の関係を読む

敵が

“最後に守りたい虚構”

を見抜くことに長ける

河合かわい めぐみ

極地飛行・回収担当。30歳

元ヘリパイロット

氷結ローター

低視程飛行

吹雪下ホバリング

をこなす

空から人を迎えに行く

責任の重さを

誰より知る

池上いけがみ 真由まゆ

朝鮮語

ロシア語通訳

接触調整担当。29歳

元大使館員

言葉そのものだけでなく

沈黙の使い方や

威圧の文化差まで

理解している

冷たい会話の

温度差を埋める女性

北川きたがわ 雪子ゆきこ

45歳。東京大学教授

エネルギー研究者

極地エネルギー変換技術と

永久凍土下の資源安定化研究を行う

拉致されてもなお

核関連データの悪用阻止を

最優先する知性の人

キム・ソンヒ

40歳。

北朝鮮系工作組織

「影の狼団」首領

元特殊工作員

父を粛清で失い

国家への

忠誠と復讐をねじれた形で

抱え続けてきた

冷酷で計算高いが

心の最深部には

“置き去りにされた娘”

のような孤独が残っている


寒さは

暴力である

熱は人を奪う

飢えも奪う

恐怖も奪う

だが寒さは

それらとは

違う形で

人間を剥いでいく

思考を鈍らせ

指先から感覚を奪い

呼吸のたびに

肺を刺し

やがて

「生きたい」

という意志そのものを

眠らせてしまう

だから極寒は

戦場として

もっとも静かで

もっとも残酷だ

二〇二六年

緋鷺 SCARLET HERONは

砂漠で一人を奪還し

霧の都市で一人を連れ戻し

ジャングルの深淵から

一人の知性を救い上げた

国家は見捨てない

日本初の女性内閣総理大臣・佐藤美和子

のその理念は

すでに言葉ではなく

傷と汗と火薬と泥

によって裏打ちされていた

だが

世界はまだ試してくる

その約束が

どこまで届くのかを

次なる舞台は

シベリア東部

北極圏に近い永久凍土帯

白一色の世界

方角も距離も深度も

吹雪がすべてを奪う土地

そこに

廃棄されたはずの

旧核施設がある

地図の上では

死んだ場所

だが現実には

いまだ誰かの

意思と恐怖を抱えたまま

生きている場所

邦人エネルギー研究者・北川雪子

がその地下へ連れ去られた

暗号化動画に映るのは

氷の檻

白い息

青白く痺れた皮膚

そして

女性の声

「核の冬が訪れる」

犯人は

北朝鮮系工作組織

「影の狼団」

首領は

キム・ソンヒ

失われた家族

歪んだ忠誠

国家という

氷の中で固められた

復讐心

その女性が

雪子の研究を

兵器へ変えようとしていた

午前四時五十六分

首相官邸地下指揮所

佐藤美和子は

緋鷺 SCARLET HERONを始動する

「作戦名

  アイス・ヴィーナス」

これは

白い闇の中へ

踏み込む十人の日本国女性

風の咆哮

凍傷の痛み

被曝警報

氷結した鉄扉

迷うことすら

許されない白い平原へ

そこで

最後に試されるのは

火力でも技術でもない

凍らせずに

守り抜けるかという

人間の芯だけである

 Case IV: 氷の陰謀

 『白夜の檻は凍てつく静寂を抱く』

 ICE VENUS EXTRACTION


第一章

04:56 — 首相官邸 地下3階 緋鷺 SCARLET HERON指揮所

 警報は低く

 長かった

 耳をつんざくというより

 骨へ染み込んでくる

 種類のサイレンだった

 その音が鳴った瞬間

 地下指揮室の空気は

 温度を下げたように

 感じられた

 スクリーンに映る映像は

 今までで最も白かった

 砂漠は黄土色

 ロンドンは灰色

 ジャングルは濃い緑

 だが今回の動画には

 色がほとんどない

 白

 灰

 青

 そして

 人間の肌にだけ

 異様な生命の色が残っている

 北川雪子は

 透明な氷板と金属格子を

 組み合わせたような

 拘束室にいた

 頬は痩せ

 唇は割れ

 睫毛に霜がつき

 皮膚は寒さで

 青白く変わっている

 それでも

 視線だけは

 まだ死んでいなかった

 ノイズの向こうで

 女性の声が響く

 朝鮮語

 真由の即時補訳が入る

  「核の冬は

   もう比喩ではない」

 室内の誰もが

 その言葉に単なる

 脅迫以上のものを感じ取った

 それは見せしめでも

 政治声明でもない

 何か個人的な

 信仰に近い確信を帯びていた

  「位置の確度は」

 佐藤が問う

 優美が即答する

  「ヤクーツク近郊 

   廃棄核施設群の一つ

   旧ソ連時代の実験補助施設

   公式には封鎖済みですが

   過去三か月の衛星熱源

   無線断片

   非正規補給痕跡から

   地下区画が

   再稼働している可能性が高い」

  「現地政府は」

  「主権問題として協力拒否」

  「米側は」

  「地政学的リスクを理由に静観」

  「周辺国は」

  「沈黙」

 いつもの構図だった

 人は見つかっている

 危険も分かっている

 それでも

  “動けない理由”

 だけは

 どの国も豊富に持っている

 佐藤は

 雪子の顔を見つめた

 彼女は研究者だ。

 エネルギーの

 未来と環境安定化のための

 知識を持つ人間

 その知識が

 いま氷の地下で

 兵器に変えられようとしている

 国家が守るべきものは

 彼女の身体だけではない

 彼女が持つ

 知性の向き先そのものでもある

  「緋鷺 SCARLET HERON

   始動」

 言葉が落ちる

 空気が変わる

  「作戦名は」

 危機管理監。

 佐藤は一瞬だけ考えた

 氷の世界の中で

 なお

 人間の美と生命を

 象徴する名が必要だった。

  「アイス・ヴィーナス」

 その名は静かだった

 だが

 その静けさの中に

 氷を割ってでも

 連れ帰るという決意があった

第二章

05:08 — 緋鷺 SCARLET HERON指揮所D区画

 林美奈子は

 白の極寒耐性スーツを着たまま

 まだヘルメットを被っていなかった

 彼女は装備より先に

 隊員の顔を見る指揮官だった

 極寒地では武器より先に

 人間の意志が折れる

 だからまず

 人間を確認する

 九名が集まる

 これまで最も冷たい戦場へ

 送られるために

 編成された

 緋鷺 SCARLET HERON

  「ブリーフィング」

 美奈子が言う。

  「凍死は敗北だ

   撃たれなくても死ぬ

   迷わなくても死ぬ

   だから

   生き延びること自体を

   任務に組み込む」

 誰も返事を急がない

 その言葉の重さを

 一度胸で受け止めている

 優美が衛星画像を展開する

 荒涼とした白

 施設は雪と氷に半ば埋もれ

 地上に出ている構造は最小限

 主戦場は地下だ

  「目標は旧核施設補助棟

   地下二層構造

   深度十五メートル

   敵数三十から四十

   AK-12

   RPG-29

   短機関銃

   近接武器

   さらに

   放射線センサー

   化学ガス

   極寒下トラップあり」

 彩乃が

 淡々と確認する。

  「外周視界は」

  「ブリザード警報中

   平均視程一メートル以下

   最大瞬間風速毎秒二十八」

 香澄が

 Barrettのボルトを確認する

 極寒では金属は裏切る

 潤滑剤の選択一つで

 動作が変わる

  「遠距離は無理ですね」

  「必要ない」

 美奈子

  「今回は

   風を抜く狙撃じゃない

   開けるための狙撃だ」

 あかりが

 医療キットを点検している

 保温フォイル

 IVウォーマー

 解毒

 放射線初期対応

 化学ガス対策

  「低体温と被曝が重なると

   判断が一気に落ちます

   雪子さん

   意識が保っていても

   油断できません」

 遥が

 端末を操作する

  「敵通信はHF帯主体

   地下施設だから

   内部有線も

   残ってる可能性あり

   古い施設ほど面倒です

   壊れてるようで

   しぶとい」

 美咲が

 白リン管ゴーグルを外して言った

  「視界ゼロでは

   目じゃなくて

   “白さの濃淡”

   で進むことになります」

 奈美は

 Thermiteのパックを撫でる

  「凍った扉は

   爆薬より熱の方が素直

   けど施設が核絡みだと

   開け方一つで最悪がある」

 由美子は

 キム・ソンヒ

 の資料を見ていた

 父を粛清で失い

 その喪失を

 国家への忠誠へ

 変換してきた女

 孤独は時に

 人を弱くするが

 時に最も強固な信仰になる

  「弱点は“孤独の氷”」

 由美子

  「家族を失い

   国家にも

   愛されなかったのに

   国家のために

   冷たくなり続けた

   人間です

   だから

   “見捨てられた側”

   の痛みに反応する」

 真由が

 続ける

  「朝鮮語での呼びかけは

   命令形よりも

   親族語彙の方が

   効くかもしれません」

 恵は

 回収ルートを再確認する

  「ヘリは飛べます

   でも

   嵐次第では

   最後まで待てません

   ピックアップポイントは

   北側凍土平原

   三キロ離します」

 美奈子は全員を見た

 ここにいる女性達は

 全員それぞれ

 別の寒さを知っている

 だが

 極地の白い沈黙は

 知識だけでは越えられない

  「心を凍らせるな」

 美奈子が低く言う

  「迷いも恐怖も

   持っていけ

   凍るのは

   感情じゃない

   判断だ

   そこだけ守れ」

 その一言で

 緋鷺 SCARLET HERON

 芯が揃った

第三章

15:45 — 極地仕様輸送機内

 機内は暖房が強い

 それでも

 隊員達は

 これから飛び込む

 零下四十度を思えば

 いまの暖かさを

 信用していなかった

 寒冷地作戦では

 暖かさは贅沢ではなく

 消える前提の資源だ

 優美が

 更新情報を受け取る

  「ソンヒが

   雪子さんを

   地下二階核室へ移送

   放射線源に近い

   拘束継続

   意識混濁の可能性」

 香澄が拳を握る

 無意識に

 爪が手袋越しに食い込む

  「急がないと凍死する」

 美奈子は彼女を見た

 怒りや焦りが

 悪いのではない

 それを

 前に出す順番が違うだけだ

  「焦りは氷割れを呼ぶ」

 美奈子

  「計画を信じろ

   信じた上で速くやる」

 彩乃が

 地図へ指を置く

  「降下後

   五キロ徒歩

   白地獄の中を

   三列ではなく一列

   方位は美咲基準

   補正は遥

   奈美の地雷確認

   が速度を決める」

  「あえて遅く進む区間を

   作るわけですね」

 真由

  「そう

   全部を速くすると

   どこかで

   全員まとめて死ぬ」

 彩乃

 あかりは

 凍傷シミュレーション資料を

 見ながら

 雪子の状態を想像していた

 拘束

 寒冷

 被曝

 栄養失調

 身体はすでに

 “助かった後も

  長く戦うモード”

 に入っているはずだ

 救出後こそ

 死にやすい

 恵は

 ヘリの振動パターンを

 頭でなぞる

 吹雪の中での

 低空進入は

 操縦というより

 風と喧騒の狭間に

 合いしながら

 生き残る行為だ

 だが

 彼女にとって

 一番怖いのは

 視界不良ではない

 回収地点に戻った時

 人数が足りないことだ

 輸送機の中では

 誰も大きく喋らなかった

 極寒地作戦の前

 人は火より静けさを求める

 体温を

 外へ逃がさないよう

 にするのと同じで

 心も内側へ締めるのだ

第四章

00:15 — 目標上空

 ヘリのドアが開いた瞬間

 風ではなく

 “刃”

 が入ってきた

 冷気は空気というより

 肌を削る物質に近かった

 露出している

 わずかな皮膚が

 即座に痛みを訴える

  「熱源三十五」

 美咲が叫ぶ

  「パトロール強化

   外周二層」

 風に声が攫われる

 だから全員

 言葉より手信号に寄る

 雪は横から叩きつける

 上下の感覚が曖昧になる

 世界は白く

 深さを失い

 距離感を奪う

  「降下!」

 美奈子の合図。

 一人ずつ吹雪へ飛び込む

 雪面へ着地した瞬間

 膝まで沈む

 見えるのは白

 聞こえるのは風

 感じるのは

 自分の呼吸が

 マスク内で凍りかける音だけ

 ここでは恐怖も

 白い

 輪郭がない

 だからこそ

 指揮官の声だけが

 輪郭になる

第五章

00:40 — 白い地獄

 前進開始

 五キロ

 地図上では短い

 だが

 視界一メートルの

 ブリザードの中では

 五キロは遠い世界に

 目印がないからだ

 上下も左右も

 自身が進んでいるのか

 回っているのかも

 怪しくなる

 美咲が先頭

 歩幅は一定

 雪の沈み具合

 風向き

 足裏の傾き

 白さの濃淡

 人間は本来

 ここまで

 情報の少ない世界で

 進むようにはできていない

 だから

 訓練が必要になる

  「地雷反応」

 奈美が止まる

 雪の下に埋まったIED

 凍土では

 土圧が

 安定しているため

 逆に誤作動が少なく

 長く生き残る

 古い罠ほど怖い

 奈美は

 手袋越しに

 細いワイヤーを探る

 指先の

 感覚が落ちている

 極寒では

 工兵の仕事は

 爆発との戦いである前に

 自身の手が

 まだ道具を扱えるか

 との戦いだ

  「指の感覚

   半分」

 彼女が言う

 あかりが

 横から即座に

 温パックを差し出す

  「三十秒だけ回して」

  「三十秒も惜しい」

 奈美

  「爆発する方が惜しい」

 奈美は

 短く息を吐き

 温める

 工兵は

 強情すぎると死ぬ

 それも

 また知っている

  「解除」

 全員がまた進む

 しかし

 一度止まった後の前進は

 身体より心の方が重い

 “この先にもある”

 と知ってしまったからだ

 美奈子は

 後方から全体を見ていた

 誰の肩がこわばったか

 誰の呼吸が浅くなったか

 極寒では

 パニックは爆発しない

 静かに凍る

 だからこそ見逃せない

第六章

01:05 — 施設外周二百メートル

 ようやく

 白の向こうに

 人工物の影が見えた

 雪に埋もれたコンクリート

 錆びた鉄塔

 半壊した通気塔

 廃棄施設の顔を

 していながら

 まだ人の息配を持つ場所

 香澄が

 スコープを覗く

 風が強い

 雪粒がレンズを叩く

 視認できるのは

 一瞬ずつだ

  「哨兵四

   距離一五〇前後

   風で揺れる」

 美奈子の手が動く

 四発

 静かな巨弾

 一人目

 二人目

 三人目

 四人目

 風が音を攫う

 白い世界では

 銃声ですら

 長く残らない

 遥がECMを起動する

 敵通信が乱れる

 古いHF帯はしぶといが

 吹雪が混ざれば

 “ただの不良”

 に見える

  「侵入準備」

 彩乃

 奈美が

 Thermiteを耐爆扉へ設置する

 極寒の金属へ熱を差し込む

 雪がじゅっと蒸気になる

 熱と冷気がぶつかり

 白い煙となって

 視界をさらに奪う

  「融解三分」

 奈美

  「二分でいく」

 美奈子

  「努力する」

 蒸気の向こうで

 廃核施設の扉は

 ゆっくりと開き始めた

 氷の要塞が

 初めて人を

 飲み込む口を開く

第七章

01:20 — 地下二階への下降

 内部は

 思ったより暖かかった

 だがそれは

 安心の温度ではない

 古い機械と

 密閉空間が作る

 よどんだ温度だ

 しかも床は

 ところどころ氷結している

 暖かさと冷たさが

 混在する場所ほど

 人間は判断を誤る

 廊下は狭い

 鋼鉄扉

 錆びた配管

 古い非常灯

 そして

 遠くで鳴る

 放射線警報の

 微かなビープ

  「マスク厳守」

 あかり

  「敵五」

 美咲

 角から乱入

 近い

 近すぎる

 香澄が

 MP7へ持ち替え

 短く連射

 一人

 二人

 美奈子が

 三人目を制圧

 四人目は床で滑る

 彩乃が

 間合いを

 詰めて無力化

 五人目は

 奥へ逃げようとするが

 真由が

 ロシア語で怒鳴る

 一瞬の振り向き

 その隙に制圧

  「クリア」

 だが

 クリアの言葉は

 ここではすぐ過去になる

 地下施設は

 一つ角を曲がれば

 もう別の脅威が

 待つからだ

 放射線計が上がる

 ビープ音が速くなる

  「核室近いです」

 あかり

 美奈子は

 前へ出る

 ここから先は

 寒さだけではない

 見えない汚染と

 失敗できない

 数秒が待っている

第八章

01:25 — 核室前

 雪子は

 最初

 人間というより

 氷像に見えた

 拘束ベルトに固定され

 薄い防寒しか

 与えられず

 皮膚は青白く

 唇は紫に近い

 それでも目だけが

 まだ

 世界と

 細くつながっていた

 あかりが

 駆け出した

 その瞬間だった

 床パネルが作動し

 ガスが噴き出す

 無色に近い

 だからこそ怖い

  「あかり!」

 彩乃

 あかりは

 反射的に顔を逸らすが

 マスクの端がずれる

 咳

 吸った

 だが

 彼女は止まらない

  「続行……

   ……可能……!」

 その声は苦しい

 けれど

 まだ

 戦線から

 外れる声ではない

 キム・ソンヒが現れる

 細身

 冷えた顔

 軍服ではない

 灰色の戦術服

 無駄がない

 その姿は

 まるでこの施設の

 冷たさが

 人の形を取ったようだった

  「資本の氷鬼ども」

 彼女が朝鮮語で吐く

 真由が

 即座に意味を通し

 由美子が前へ出る

  「武器を捨てて」

 由美子

  「氷の孤独は

   もう終わらせられる」

 ソンヒの

 目が細くなる

 敵の女が

 自分を

 “工作員”

 でも

 “首領”

 でもなく

 “孤独な人間”

 として呼んだ

 その認識が

 一瞬だけ

 彼女の呼吸を乱す

 美奈子が続ける

  「父の死は悲劇だ

   でも

   その悲劇を

   世界へ配るのか」

  「黙れ」

 ソンヒ

 だが

 声に怒鳴りの

 勢いはない

 むしろ

 深い氷に

 罅が入る音に近い

  「あなたは

   ずっと一人だった」

 由美子

  「国家に使われ

   家族を失い

   誰にも抱き止められず

   それでも

   忠誠の顔をしてきた」

 ソンヒの指が震える

 銃を持つ手に

 初めて生身の迷いが戻る

  「降伏して」

 真由が

 朝鮮語で重ねる

  「家族の幻を

   核で増やさないで」

 数秒

 風は地下に届かない

 だからこそ

 この沈黙は

 外の吹雪より冷たかった

 ソンヒの銃口が落ちる

 だが次の瞬間

 彼女は

 完全には崩れない

 訓練された身体が

 最後の抵抗へ移る

 香澄が飛び込む

 タックル

 取っ組み合い

 ナイフが走る

 香澄の腕が裂け

 熱い血が

 極寒の空気で

 即座に冷える

  「香澄!」

 美奈子

  「やれる!」

 香澄は

 歯を食いしばる

 ソンヒは

 床へ押さえつけられた

 その顔に

 初めて浮かんだのは

 憎悪ではなく

 どうしようもない

 疲労だった

第九章

01:30 — 北川雪子

 あかりが

 雪子の拘束を解く

 手はかじかみ

 呼吸は苦しく

 ガスで喉が焼ける

 それでも

 医療の動きは止まらない

  「凍傷三度

   低体温

   被曝初期反応

   循環不安定」

 あかり

 雪子のまつげには

 まだ霜が残っている

 彼女は

 瞼を持ち上げ

 かすれた声で言う

  「……核……

   拡散……

   ……止めて……」

 助けて

 ではない

 研究者としての

 最優先が先に出る

 その強さに

 あかりは

 胸の奥を打たれる

  「止めます」

 彼女は言った

  「でもまず

   あなたを救出し

   日本国へ連れて帰る」

 美奈子が

 雪子を抱き上げる

 軽い

 寒さと拘束は

 人を容赦なく削る

  「日本国の姉妹が

   来たわよ」

 美奈子

  「氷は溶ける

   耐えて」

 雪子の身体は震えていた

 だが

 その震えが

 残っていること自体が

 生きる力の証拠でもあった

 同時に

 遥が叫ぶ

  「敵増援

   上層と西通路から! 

   さらに

   施設自己封鎖シーケンス!」

  「離脱」

 彩乃

 戦いは

 奪還した瞬間が

 最も危うい

第十章

01:35 — 白い崩落

 撤退は

 突入より難しい

 それは

 どの地形でも同じだ

 だが極寒では

 撤退中に

 身体能力そのものが

 落ち続ける

 時間が

 敵側にだけ味方する

 奈美が

 後退路へ

 爆破を設置する

 Thermiteと小型崩落誘発

 ここでは

 派手に吹き飛ばすのではなく

 追撃を

 数十秒でも

 遅らせることが勝ちになる

  「設置完了!」

 奈美

 香澄は

 腕の出血を

 押さえながら後衛に立つ

 痛い

 熱い

 なのに

 その熱がすぐ奪われる

 寒冷地での負傷は

 痛みが長く続かない分

 危険だ

 感覚が死ぬからだ

  「置いていけ……」

 香澄が

 小さく言う

 彼女は

 弱音を吐く女ではない

 だからこそ

 その一言は本気だった

 美奈子が振り返る

 雪子を抱えたまま

 鋭く言い切る

  「誰も凍らさない」

 その言葉は理想ではない

 命令だ

 緋鷺 SCARLET HERON

 の原則だった

 吹雪の地上へ戻る

 白い地獄

 視界ゼロ

 そこへ

 施設の振動が伝わり

 遠くの斜面で

 嫌な低音が鳴る

  「雪崩!」

 美咲

 地面そのものが崩れ始める

 自然災害ではない

 施設内部の爆破と振動が

 雪層を壊したのだ

  「北へ切る!」

 彩乃

 全員が走る

 走ると言っても

 雪に膝を取られ

 風に身体を戻され

 呼吸は焼ける

 それでも進むしかない

 止まれば埋まる

 あかりは

 雪子の顔色を見続ける

 唇の色

 意識

 呼吸

 寒さと被曝の境界で

 彼女の命は細い

 遥は通

 信を維持し続ける

 吹雪の中

 電子戦担当は

 目に見える敵を

 撃たない代わりに

 全員の命綱そのものを

 握っている

  「恵

   位置は」

 彩乃

 ノイズの向こうから返る

  「北三キロ平原

   待機! 

   でも

   風が悪化! 

   長くは持てない!」

 長くは持てない

 その事実だけで

 全員の心拍が

 一段上がった

第十一章

02:00 — 空の綱

 ヘリのローター音は

 吹雪の中では

 希望というより

 遠い鼓動に聞こえた

 見えない

 だがいる

 それだけで

 人は前へ出られる

 恵は操縦桿を握り

 機体を

 風に叩かれながら

 押しとどめていた

 極地飛行では

 空は空ではない

 見えない壁と渦の中へ

 無理やり

 機体を通す感覚だ

  「視認できない!」

 彼女が叫ぶ

  「サーマル

   こっちで誘導!」

 美咲

 ロープ降下

 引き上げ

 一人ずつ

 雪子が最優先

 次に香澄

 重傷者から上げる

 それが合理だ

 だが合理は

 感情を

 置き去りにするわけではない

 誰も

 最後になる仲間を

 簡単には見送れない

 敵ヘリが接近する

 ローター音

 影

 吹雪の中の黒い獣

  「来た!」

 遥

 香澄は

 傷を押さえながらも

 機内から射角を取る

 腕は痛む

 だが撃てる

 撃てる限り

 撃つ

  「やれる?」

 美奈子

 香澄は短く笑う

  「こういう時に聞きます?」

 その返しに、

 美奈子は

 一瞬だけ目を細めた

 生きている

 女性の言い方だ

 機体が揺れる

 ミサイル警報

 恵が

 回避機動へ入る

 吹雪の中の機動は

 自死と紙一重だ

 だが遅ければ死ぬ

  「掴まって!」

 恵

 ヘリが傾く

 全員の身体が

 引っ張られる

 雪子の

 呼吸が一瞬止まりかけ

 あかりが

 必死に気道を確保する

 香澄が撃つ

 敵ヘリの片側に火花

 致命ではない

 だが十分に距離を崩す

 恵が

 地形の陰へ

 滑り込むように降下し

 吹雪と地表反射を

 利用して逃げる

 極寒の空は

 飛べる者にも牙を剥く

 それでも彼女は

 機体ごと

 仲間を抱えて離脱した

  「ターゲット確保」

 美奈子が暗号回線を開く

 声は揺れていない

  「負傷三

   重症一

   帰投中」

 ノイズの向こう

 佐藤の声が返る

  「無事に

   必ず生き抜いて

   あなた達が

   絆を繋ぐ

   緋色の太陽だから」

 緋色の太陽

 あまりに強い言葉だった

 だが

 白い地獄から

 戻る彼女達には

 その熱が必要だった

第十二章

08:45 — アラスカ秘密基地

 アラスカ基地の灯りは

 氷の世界の終わりを

 告げる色をしていた

 温かいわけではない

 だが

 人間が作った秩序の光だ

 それだけで

 吹雪の向こうから

 来た者には救いになる

 雪子は即座に

 解凍

 医療区画へ

 被曝評価

 低体温再加温

 循環管理

 香澄は

 腕の縫合

 あかりは

 ガス暴露と疲弊の処置

 奈美は

 凍傷の初期評価

 全員がどこかしら

 氷に削られていた

 処置を終えた後

 緋鷺 SCARLET HERON

 は特設区画へ

 集められた

 誰も最初は喋らない

 極地帰還後の沈黙は深い

 人は極寒から戻ると

 まず

 言葉より熱を必要とする

 美奈子が

 保温カップを両手で包む

 その姿を見て

 隊員達は

 ようやく少し人間へ戻る

 香澄が

 包帯の巻かれた

 腕を見て言う

  「ださいですね」

  「生きてる方が大事」

 あかり

  「知ってます」

 美咲は

 まだ指先を擦っている

 白い世界から戻った者は

 しばらく色を信用できない

 ここが

 本当に安全圏なのか

 身体の方が疑っている

 その時

 医療区画から連絡が入る

 雪子が

 意識を取り戻した

 美奈子とあかりが

 入室すると

 雪子は

 白いベッドの上で

 まだ青白いながらも

 目を開けていた

 研究者の目だった

 恐怖ではなく

 確認の目

 「データは」

 彼女が最初に尋ねた

 あかりは少し笑う

  「ご本人より先にそこですか」

  「仕事柄」

 美奈子が答える

  「一部回収

   悪用は止める」

 雪子の瞼が

 ゆっくり閉じる

 安堵の閉じ方だった

  「ありがとうございます」

 その四文字が

 この任務の全てを報いた

第十三章

10:10 — 緋色の余熱

 回線がつながる

 佐藤総理だ

 画面越しでも

 眠っていない顔が分かる

  「北川さんの容体は」

  「生存確保

   安定へ移行中」

 美奈子が報告する

 佐藤は静かに息を吐いた

  「ありがとうございます」

 その言葉は軽くない

 国家の側から

 現場へ返される

 責任と敬意だ

  「あなた達も

   よく戻ってきてくれました」

 美奈子は

 少しだけ間を置いてから答える

  「任務完了です」

 回線が切れたあと

 彩乃が小さく言う

  「また次がありますね」

 美奈子は

 窓の外の雪原を見る

 世界は相変わらず

 白い

 脅威は尽きない

 だが

 それでも

 今日一人帰った

 という事実だけは

 消えない

  「ある」

 彼女は言う

  「でも今日の熱は

   今日のうちに覚えておく」

 その言葉に

 全員が静かに頷いた

 緋鷺 SCARLET HERONは

 英雄ではない

 世界の悪を

 一度で終わらせる

 者達でもない

 ただ

 沈みかけた一人を

 凍りかけた一人を

 見捨てずに

 連れて帰る女達だ

 そして

 その反復だけが

 国家の誠実さになる

 美奈子は最後に

 小さく吐息を漏らした

  「氷の陰謀

   砕いた

   一人

   連れ帰れた」

 それは

 勝利の宣言ではない

 だが

 救出という仕事に対する

 最も正確な言葉だった

Case IV: 氷の陰謀 は

ここに完結する

極寒の永久凍土

吹雪の白闇

放射線警報

地下核施設

そして

孤独の中で

凍った敵意

そのすべての中で

緋鷺 SCARLET HERON は

一人の叡智を奪い返した

林美奈子の指揮は

熱い鼓舞ではなかった

むしろ逆だった

凍てつく状況の中で

仲間達の判断だけを

凍らせないための

静かで鋭い統御だった

森田彩乃の

時間管理

山本優美の

極地諜報統合

小川香澄の

耐寒射撃

中田あかりの

寒冷医療

佐伯遥の

白域電子戦

西村美咲の

雪中先導

東野奈美の

核施設突破

大島由美子の

孤独への交渉

河合恵の吹雪下回収

池上真由の冷徹な言語運用

今回もまた

誰一人欠けても

帰還は成立しなかった

だが

緋鷺 SCARLET HERON

の戦いは終わらない

次の暗号は

海から来る

太平洋の孤島

フィリピン海域の無人島

邦人海洋生物学者・南野海子(48)

が消息を絶つ

波涛の映像

破れた潜水服

そして

ノイズの奥から届く

不穏な一文

「海底の帝国が目覚める」

背後にいるのは

中国系秘密組織

「龍の爪」

首領は

リー・メイリン

彼女は

銃より先に潮流を読み

国家より先に

海図を書き換える

女性だという

砂漠

霧都

ジャングル

永久凍土

そのすべての

教訓を束ねて

緋色の姉妹達は

次の深淵へ向かう

次巻

『波の暗礁は蒼き奈落へ誘う』

Case V:波の暗礁

SEA ABYSS EXTRACTION

今度の敵は

寒さではない

深さである

圧力である

そして

光の届かない

海の下で育った

野心である

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