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夜の国境へ
目覚めると、馬車に揺られていた。
斬られた所は治っており、痛くもない。
馬車は、夜の街道を走っていた。
灯りは消され、御者も護衛も無言のまま。
ただ、車輪の音だけが闇を裂いていく。
「・・・どこへ向かっているのですか」
私は、隣に座っていたエマさんに尋ねた。
「北の国フロストハイム王国です」
即答だった。迷いのない声。
「王都を離れます」
「・・・許可は」
「一応、あります。レティシア様の安全第一です」
馬車は、街道を外れ、森の道へ入る。
人の気配が消え、風の音だけが残る。
エマさんは、初めてこちらを見た。
「あなたは、私が、守ります」
言い切る声。
その強さに、言葉を失う。彼女の手は強く握られていた。
馬車は、国境街道へ入る。
遠くに、関所の灯りが見えた。
「止まれ!」
衛兵の声。
だが、護衛の騎士が前に出る。
「王妃の命だ。聖女エマ・グレイスは、北の国へ向かう」
関所の衛兵は身分証を見ると馬車を通す。
「エマさん」
「はい」
「あなたは、なぜそんなに嬉しそうなのですか」
彼女は、一瞬だけ目を逸らした。
「自由になるのは、悪くありません」
その声は、どこか弾んでいた。
まるで長い準備を終えた旅人のように。
なぜ王妃がエマさんに協力的なのか疑問は残るまま馬車は、北の国へ向かって走り続ける。
夜の森を抜け、雪の気配を孕んだ風の中へ。




