聖女と薔薇乙女
夜が明けると、城の庭に差し込む光は、昨日までとは違う色に見えた。
私は窓辺に立ち、王都を見下ろす。
「朝ですね」
白い光を受けて、聖女の装いが柔らかく輝いていた。
私は小さく頷く。
私は、ゆっくりと息を吸った。
「私・・・これからの人生を、ちゃんと、自分の意志で歩みたいと思います。誰かのためでもなく国のためでもなく、私自身の人生を」
エマは、少しだけ微笑んだ。
「それでいいんです。それが、本当の意味で生きるということですから」
私は、彼女を見る。
「エマさんと一緒に、です」
エマは、ほんの一瞬だけ目を見開いたあと、照れたように視線を逸らした。
「・・・その・・・ひとつ、お願いがあるんですが」
「なんでしょう?」
彼女は、少し言いづらそうに言う。
「これからは・・・エマさん、って呼ぶのはやめてほしいんです。呼び捨てで・・・エマ、って・・・」
私は驚いて目を瞬かせる。
「え?」
「それから」
彼女は、そっと私の手を取った。
「レティシア様、じゃなくて・・・レティ、って呼びたい」
胸の奥が、どくんと鳴る。
「・・・それ・・・は」
「いけませんか?」
私は、少しだけ考えてから、微笑んだ。
「その名前で呼ばれると・・・とても、近くに感じます」
エマは、ほっとしたように息を吐いた。
「じゃあ・・・レティ」
その声は、優しくて、まっすぐだった。
私は、少し照れながら答える。
「・・・エマ」
その瞬間、彼女の表情がぱっと明るくなる。
「はい!それで、いきましょう」
朝の光が、二人を包み込む。
私は、彼女の手を握り返した。
「エマ。私、これからの人生をあなたと歩みたい。誰かに決められた物語ではなく私たちの物語を」
エマは、静かに頷いた。
「はい!一緒に、歩いていきましょう」
かつて消される運命だった薔薇乙女は、聖女の手を取り、朝の光の中へ踏み出す。
それは、物語の終わりではない。
二人の人生の始まり。
そして世界は、静かに書き換えられていた。
悪役令嬢のいない物語へ。
――聖女と薔薇乙女の物語へ。




