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「クリスマスには介入せよ!」

作者: 鏡読み
掲載日:2025/12/28

 博史ひろしユウザブロウは喫茶店の店主である。

 齢43歳、独身。早くも前頭部は後退気味、忌々しくも側頭部は元気もりもり、まだまだがっつりしがみついてきている。

 いっそ坊主にでもしようかとも思ってはいるが、それはそれで自分の理想とする喫茶店の店主像とはかけ離れてしまうので、やるにやれない哀れな男、それが彼だった。


 脱サラして、夢であった喫茶店を開き10年、立地も良好、味も評判のコーヒーとケーキの店。

 ログハウスを意識した店内は、レコード盤を始めとしたアンティーク調の飾りつけが色どり、コーヒーの香りがどこか安心感を覚える。

 そんなユウザブロウのこだわり店だ。


 その理想とする店内をユウザブロウは厨房スペースからじっと見ていた。

 いや、正確には、店内に居るアルバイトの二人を、彼は観察していた。


「―――ですよね、先輩」

「うんうん、そうだね」


 短髪で背の高い男子が箒で軽く床を掃く、その後ろを茶髪でセミロング気味の女子がモップを滑らせ追いかけていく。

 二人とも彼の店の制服に身を包み、親しき仲にしてはビミョーに近い距離で着かず離れず、キャッキャと楽しそうに話をしている。


 私語そのものは褒められたものではないが、掃除の手はしっかりと動かしている。客の少ない時間帯でもあるので、そのような彼らの仕事ぶりには、特別不満はなかった。


(ああ、もう―――)


 ただ一つだけ、ユウザブロウは困っていた。


「ああ、リコちゃん。髪に埃が付いている。取るから動かないで」

「え、あ―――」


 男子の手が彼女の頭に軽く触れる。

 真っ赤になった彼女はせめてばれないようにと彼に背を向ける。


 知識はあまりないが、どこか少女漫画のような光景にユウザブロウはぎりりと奥歯をかみしめ、言葉を飲み込んだ。


(はやく、早くくっつけよ。もう!)


 博史ユウザブロウ43歳はものすごくやきもきしていた。



※準備編※


 そして、クリスマスが今年も迫ってきていた。

 ユウザブロウはシフト表を書き込みながら自問自答をしていた。


(去年は駄目だったが、今年こそ決めてもらわなければならない……)


 アルバイトの男子高校生、望月アキラは近隣の高校のサッカー部に所属だ。

 遠方の大学にスポーツ推薦をもらう程度の腕前らしく、一緒に働いていると、彼の視野の広さ、店全体を見渡しいち早くトラブルに対応できるスピード感と度胸になるほどそれは推薦ももらえると納得してしまう。

 ただ、その視野をもってしても、目の前の女子生徒の好意には気が付かないらしく、去年、「サンドイッチの材料が切れたから二人で買い出しに行ってきて」と時間を作ったにも関わらず、何事もなく食材を買ってきた。

 何事もなく、だ。


 そしてアルバイトの女子高校生、片茂リコ。彼女もまたアキラと同じ高校に所属し、彼からしたら一つ下の後輩である。

 感情の裏表があまりなく、客に対して良くも悪くも正直に接客をするのでハラハラするが、おかげで今では店のムードメーカーのようになっている。


 そんな彼女は望月アキラに恋をしている。確定でラブである。


 彼女からすれば隠しているようだが、どうにも隠し事が苦手なようで、ことあるたびに顔を真っ赤して厨房に逃げ込んでくる。そんなことが続けば誰だって分かる。

 常連のお客さんにさえ「店長、ブラックコーヒーお代わり。ありゃ、甘酸っぱくていけねぇや」とご察しいただいている次第だ。


(買い出し作戦は駄目だった。二人きりにするだけでは、ダメということか)


 いっその事リコと手を組んでアキラの攻略を行った方が勝率は上がりそうだが、そもそも親でも何でもない中年の男が女子高生に「君の悩みを知っているよ」と声を掛けたらどうなるのか、最悪SNSで晒されて炎上、店諸共吹き飛ばされる可能性が大である。

 直接的なおせっかいはハラスメントとして処理される悲しき現実。中年男性には異性とかかわる日々が常に地雷原、一歩一歩をご大切に、なのだ。


(そうなると今年は――やはり、ケーキ販売で行くとしようか)


 寒空の下、若い男女が並んでケーキを販売、かじかむ彼女の手を見て、彼が缶コーヒーでも差し入れする……。

 そして彼女からあふれ出た思いが口から――――。


「うん、完璧だ」


 経験値の低さがまじまじと出てきているシチュエーションでこそあるが、それ以上の案が出てこなかったユウザブロウはさっそく贔屓にしている卸業者にケーキの仕入れについて確認の電話を入れることにした。



※ジャブ打ち編※


 クリスマス一週間前。明日はケーキ業者に入金をし、注文を確定させる日だ。

 店としては定番化していないイベントだということもあって注文数は控えめにしている。

 だがそれでよし。ケーキ販売を行うことそのものが目的なのだから。


 それはそれとしてユウザブロウは休憩時間を利用して、アキラと話をしておこうと時間を作ることにした。

 真面目な話、店員としてどれだけ働いてくれるのか、彼の予定を確認しておかなければならなかった


「店長、この間のユエボシのイベント回しました?」

「ああ、ブブレバーね。回したよ。イベント回収にバットエンドを踏み続けないといけないなんてね。おかげで寝不足だよ」

「あの上限まじえぐいっすよね」

「うんうん、大変だよね。アキラくんも回したのかい?」

「もちろん―――」


 休憩室には長机を挟んでユウザブロウとアキラの二人、共通の話題が最近15周年で話題になった無料スマホゲームということもあって、ゲーム談義に花を咲かせていた。

 若い人とは会話ができないものだと思っていたが、シリーズ歴の長いゲームはこのような年齢差も飛び越えて話題になってくれるのだ。

 万歳ゲーム社会。ありがとう運営。

 

「さて、休憩時間中で悪いかなと思うんだけど。アキラくんはいつまでここを続けられそうなのかな。大学結構遠い場所なんでしょ」

「そうなんですよね。年始に内見して、一月末には契約、三月の卒業式後には確実に向こうに行く予定なんです。だから二月までは働けます」

「そっか、君にはだいぶ助けられたからね。二月までか……寂しくなるね。

 詳しい日程が分かったら教えてほしい。あと調整してほしい日があったらなんとかするから遠慮なく言ってね」

「ありがとうございます」


 おおよその予定を聞き出したユウザブロウは一手計略を弄しようと、ほんの少しだけ声のトーンとボリュームを上げた。

 休憩室の扉は絶妙な薄さで、聞き耳を立てようとすれば、大きい声なら拾えなくはない。

 彼の休憩の次は彼女の順番だ。


「そういえば、この町を離れるとなると『彼女』さんとかどうするのかな。遠距離とか?」

「冗談よしてくださいよ。俺はサッカー一筋、ボールが恋人なんですから」

「いやいや、君ぐらいなら告白の一つや二つあるんじゃないの?」

「……俺のことを好きになってくれる人なんていませんよ」


 いるんじゃい。という言葉をユウザブロウは寸前のところで堪えた。ちょっと前かがみになって、尻が浮いたのもこっそり戻した。


(一体全体、その恋愛に対する自己肯定感の低さはどこから来るのか)


 やや気落ちしている声の具合からして、恋愛に興味がないというより、傷つきたくないという具合だろうか。

 スポーツマンとは言え、高校生。繊細な部分もある。下手なことを言い踏み荒らす真似はしたくない。


 少し影のある表情を見せたアキラを前に、ユウザブロウにも若き日の悲しい記憶が一つ二つと蘇ってきた。

 それは『あなたの夢に私を巻き込まないで』という別れ際の強烈な一言。

 自身がコツコツと考えてきて、明かした喫茶店を開くという計画に対し、当時付き合いっていた女性からの痛恨の一撃であった。


 ユウザブロウはそれを思い出して思わず涙を流した。


「て、店長!? どうしたんですか!」

「え、ああ、いかんね。歳を取るとどうにも」

「そのレベルの問題!? 俺なんか変な事言いました!?」

「いやいや、そうじゃないよ」


 ガチャリとドアノブが開く音と「休憩交代ですよ」の声。

 

「アレー、アキラ先輩、店長泣かせたんですか?」

「違っ、違うってリコちゃん」


 揺れる茶髪に楽しそうな笑みを浮かべて、リコが休憩室をのぞき込んできた。

 おそらく「彼女がいない」という部分をしっかり聞けたのだろう。

 ユウザブロウは心の中でガッツポーズを取り、この機会を逃すまいと、畳みかけることにした。


「ちょうどよかった。アキラ君、リコちゃん、二人にイブの夜にやろうと思っているケーキの路上販売をお願いしようと思うのだけど。どうかな」

「ケーキ販売っすか? あの路上に向かって声かけする?」

「そうそう。ちょっと今年は趣向を変えてみようと思ってね。

 もちろん繁忙期用の特別手当出すし、ケーキ全部売れたら追加もだすよ。どうだい二人でやってみないかい?」


 用意した舞台に彼らを引きずり出す用意はできていた。

 アキラは大学の準備で何かと入用だ。特別手当などは見逃すことはできないはずだ。

 そして、アキラが舞台に上がれば、リコも――――

 

「分かりました。やってみます!」

「わ、私も! やります!!」


 ふふふ、とユウザブロウはほくそ笑んだ。


※トラブル編


 ケーキ販売という舞台に上がる役者が決まったことでユウザブロウの仕事が一気に増えた。

 ケーキの保管場所の確保、長机や装飾などの備品の用意、アルバイト二人への業務説明のマニュアル制作、法律の確認などなど。

 そのほとんどを閉店後にこなし、クリスマス・イブ三日前、ユウザブロウは頭を抱えていた。


「衣装のことを忘れていた!」


 ユウザブロウの痛烈なミスであった。

 普段の制服で店の外に出てもらってもいいが、それは何か特別感が足りなくなってしまう。

 それは二人にもそうだし、お客に対しても申し訳がない。付け加えるなら店内での活動に合わせた制服で寒空の下に出てもらったら風邪を引いてしまうかもしれない。


(これは店長として管理が問われる案件だ)


 しかし、いまからイベントに合わせた衣装をレンタルするのは厳しいだろう。

 ならばどうしたものかと腕を組むこと三分。ユウザブロウに天啓が降った。


(いや、今ならネット通販で間に合うかもしれない)


 すがる先は文明の利器スマートフォン。開くは贔屓のネット通販のページ。

 検索ワードは「クリスマス コスプレ」

 そして出てくる肩出し、へそ出し、ミニスカサンタ!


「おっさんかよ!」


 齢43歳魂の叫びであった。

 自分の趣味を決めつけられているようで、不快になりながらもスイスイと紹介の写真を流していく。

 似たようなサンプルの写真が流れてくるので、少し観念気味にケープ付のミニスカサンタ衣装とクリスマスカラーのベストを購入することにした。


(ミニスカートのワンピースは届いたら即捨てよう。リコちゃんにはケープだけかけてもらう方向で)


 あらぬ誤解は闇に葬るが良し。

 イベントのためとはいえ男性が女性物のコスプレ衣装を頼むのは精神的に来るものがある。

 配達員がどういう目で見てくるのか、他の店員にばれたときにどんな反応をされるのか正直、考えたくもない。


(ま、まあ、これで当日までの憂いはほぼなくなった。あとは天気か。こればかりは祈るほかないか)


 ついでとばかりにスマートフォンで天気予報を引っ張り出す。

 異常気象の為、クリスマスイブの日はガツンと気温が下がり、もしかすると雪が降るかもしれないらしい。


 天までもを味方につけた。というより天さえもやきもきしているのではないかと、揃ってきたシチュエーションにユウザブロウは少し苦笑いをした。



※噂編


 クリスマスイブ前日の午後、ユウザブロウは予定されていた冷凍庫の整理を終え、搬入されたケーキを収めていた。

 これを今日の夜あたりから自然解凍させれば、明日には販売ができる状態になるだろう。


(しかし、こちらの準備がはかどるのは助かるんだけど。これはちょっと失敗したかな)


 もはやだいぶ前の話ではあるのだが、ユウザブロウにとって23日は祝日の感覚だ。

 うっかり出勤者を多く呼んでしまい、そのため、店内は手持ち無沙汰のアルバイトたちが仕事を探して目を皿にしていた。


「おーす、リコちー」

「あ、ナナにミーちゃん」


 そういう緩んだ空気の中、リコの友人だろう学生が入店してきた。

 入り口近くで目が合ったリコがすぐさま接客に入り、ユウザブロウが居る厨房に近いテーブルに二人を案内し、メニューを渡した。


「ねーねー、リコが好きなアキラ先輩どこいるの?」

「先輩は今日は来てないよ」

「なんだー残念」

 

 軽い談笑が始まったが、ユウザブロウは聞かなかったことにした。

 忙しい時間ならまだしも、店員があまり気味なのだから、頭ごなしに怒っても仕方ない。

 むしろ、怒ったことによって、店長の態度が悪いと、グルメ系の紹介アプリのレビューで低い点数を付けられたらたまったものではない。

 コンプライアンスにレビュー、何かと現代の飲食店はしがらみが多いのだ。


(立ち聞きもあまりよくないから、一度休憩室にでも行こうかな)


 幸いにも注文もないし、ケーキの搬入で少し疲れもある、休憩室でコーヒーの一杯でも飲むのもいいかもしれない。

 ユウザブロウはうんうんとうなずきながら休憩室に足を延ばそうと体を向けた。


「でもさ、噂だけどアキラ先輩、去年、朝霧先輩をひどくこと言って振ったんだって」


 が、しかしその言葉にユウザブロウはぴたりと足を止めてしまった。

 盗み聞きは趣味ではないのだが、アキラの情報が突然出てきたのだ。

 それも彼が消極的な恋愛方面の話だ。


「先輩はそんなことしないよ。嘘じゃない?」

「確かにねー。金子さんから聞いた話だし、尾ひれはついているかー。案外逆かも」

「先輩が降られたってこと?」

「そうそう、だからリコ、チャンスだよこれは。明日行くんでしょ?」

「そ、それは……内緒!」

「なー、それ、乙女じゃん」

「うっさいー。早く注文決めて」


 結局ほとんど聞いてしまったユウザブロウは今聞いたことを心にしまっておくことにした。

 アキラの全てを知っているわけではないが、アルバイトに来ている彼は人の気持ちをないがしろにするような人間ではない。


「店長ー! アイス二つですー!」

「あ、うん、了解。すぐ出すからね」


 厨房まで、伝票を持ってきたリコの言葉に我に返ったユウザブロウは、手慣れた手つきでアイスコーヒーを用意するとリコに渡した。

 アイスコーヒーを受け取ったリコは手早くシロップとミルクを用意し、トレーに乗せて先ほどの席へ届けに向かった。

 

(ふぅ、ア、ソウダ、ソウダ、休憩中に飲むコーヒーを用意しちゃおう)


 盗み聞きをしているわけなので、罪悪感が無いわけでもないが、明日のケーキ販売作戦で何かしらプラスになりそうなことがあればと、先程用意した器具をゆっくり洗い、今度はじっくりコーヒーを淹れ始めることにした。


「でもさ――どうするのさ――」

「そーそー、大学遠いって――」

「だから、違うんだってば――でもさ」

「いや、リコ顔赤っ」

「うそ、もー変な事いうから――」


 断片的に聞こえてくる会話を推理すると、付き合えた後のことを考えない無鉄砲な告白をするというより、彼女なりの考えがあるようだ。

 あくまで推測ではあるが、彼女なりにいろいろと悩んだのだろう。それでも一歩踏み出そうとする勇気に拍手を送りたい。

 

(まあ、そんなことしたら実際はウザがられるよね――さてと、休憩かな)


 店を見ると忙しくなる夕食時までまだまだ込むことはなさそうだ。

 10分ほど休憩をしようと、ユウザブロウはその場を離れた。


※クリスマスイブ編※


クリスマスイブはあいにくの小雨日和になってしまった。


「店長、ケーキの路上販売どうします?」

「そうだねぇ」


 ケーキは解凍してしまったので、販売しないと丸々赤字だ。

 客足は確かに遠のくが、おそらく売れないことはない。

 何よりもこれまでのセッティングを破棄するのは、ユウザブロウにはできなかった。


「雨のせいか気温もあまり落ち込んでない。五時から七時の二時間だけ販売しよう」

「それじゃ全部、売るのはムリじゃないですか?」

「初めてのことだからね。あ、ちゃんと特別手当は出すから大丈夫だよ」


 かくして準備は粛々と進んでいった。

 販売スペースの長机の用意、ポップの貼り付け、ノボリの用意。

 金銭管理用の予備の金庫とおつりの確認。販売方法の最終確認。

 そしてついにその時間がやってきた。

 

「どうですか。先輩」

「ケープ一つで印象結構変わるね。似合っているよリコちゃん」

「先輩もクリスマスって感じですね」


 二人とも制服の上に赤いベストと赤いケープを着てクリスマスらしさを上げてきている。

 特にリコは、ケープを身に着ける際にわずかな時間を使い、化粧も見事に修正してきている。

 アキラが無意識に感じ取った印象とはつまり、彼女の努力に他ならない。


 その全てを長年の接客経験から見抜いたユウザブロウはここの中で大いにうなずいた。


(どうやら、この子は本気らしい。やるのだな、今日、ここで――――!)


 舞台が全て整ったことを感じ取り、ユウザブロウは販売開始を告げた。


「それじゃあ、そろそろ始めようか」

「はい」

「わかりました」


 ユウザブロウの店はちょうど駅とアパート中心とした住宅街の間に建っている。

 アパートには独身や同棲しているカップル、比較的住宅数に対しての人の数が少ない。

 つまり大人数前提のホールケーキはあまり売れず、八つ切りもしくは六つ切りのピース販売の方が手に取られやすいということ。


 ユウザブロウはそこに目を付け、一個280円、二個だと500円と絶妙な金額で販売できるケーキを用意。

 目にさえつけば歩行者に一考させる仕掛けを用意していた。


(とはいえ、雨が予定外ではあったけどね……)


 店内から外見るとしっかりと声を出しているのだろう二人の姿。

 道行くサラリーマンやOL、私服姿の若い人が、ケーキを買っていく。


 売れるたびにテンションが上がるのか、リコがアキラに声を掛け、アキラもまた笑顔で返す。

 その会話の折、たまに息が白くもやになり、外の寒さを伝えてくる。


 心なしか二人の頬も上気し、赤みが増している。

 全て順調である。


(よし……そうしたらプランBで行こう)


 雪の降る夜、缶コーヒーを渡して、キュンがプランA。

 それだとさすがに風邪をひくかもしれないので、ある程度盛り上がってきたら、売り場を交代し、二人で休憩室に入ってもらうのがプランB。

 なおプランBはユウザブロウが今閃いたばかりなので、完全なるアドリブである。頼むくっついてくれ、というやつだ。


「二人とも、冷えてきたから一度休憩して、15分後に再開しよう。それまでは僕が立っているから」

「ありがとうございます」

「休憩入りますね」


 アキラ、リコと交代し、ユウザブロウは店頭に立った。

 小雨は落ち着いたが、風は刺すように冷たく体温を一気に奪ってくる。

 街行く人はこちらをちらりと見てはそそくさと離れ、やはり自分の見た目では店頭販売は向かないなと、ユウザブロウは苦笑い気味に声を出す。


 43歳、寒い夜空の下、凍えながら売るケーキにいかほどの価値があるのか。

 自問自答が浮かんでは消え、その全てはあの、どう見ても、もう付き合っちゃえよな二人をくっつけるためだと自問を蹴り飛ばしユウザブロウは仕事に励んだ。

 自分で企画したことだ。なんだかすごく空回りしている気もするが、大丈夫計画通り。


「店長、戻りました」

「え、あれ。アキラ君、休憩早かったね」

「……いえ、ちょっと」


 あれ? とユウザブロウに疑念が走った。

 休憩時間よりも早く戻ってきたアキラはどこか浮かない顔をしている。


(もしかして――――)


 眉間にわずかにしわを寄せ、謝るような表情。

 それを紛らわすために声を出し始めるアキラに、ユウザブロウは確信を得た。


(告白が失敗した……! のか)


 予想しなければいけないことだった。

 普段の二人の様子から、ユウザブロウはどちらかが告白さえすれば割となんとかなるとタカをくくっていた。


 しかし、結果はどうだ。

 彼の抱えているものを読み間違えた。


(そうなると、リコちゃんが心配だな……戻ってこれるかな)


 失恋のダメージは付き合った時間や、想いの強さのほどだけ深く苦しいものだ。

 一年以上の彼女のバイトの様子を知っているユウザブロウからすると、共感だけで胸がチクリと痛んだ。


(もう少しして、戻ってこないようなら様子を見に行った方がよさそうだ)


 今から15分後と時間を決め、ユウザブロウはアキラと二人、ケーキを売りさばき始めた。

 だがユウザブロウが決めた時間を過ぎてもリコは姿を現さなかった。


「遅いね。リコちゃん」

「……はい」

「ちょっと様子を見てくるよ」


 ユウザブロウは周囲の様子を見て、離れられそうだと判断し、少しだけ休憩室を見てこようと店内へ戻る。

 変なことになっていないかという不安と、急かしすぎてしまったのかという自己嫌悪が彼の背中を押していた。


「先輩のバカぁぁ! 私は大丈夫だって言っているのにぃ!」


 休憩室の扉の前で突然叫び声が聞こえ、ユウザブロウはびくりと体を震わせたあと、そっと扉に近づいた。

 事態の内容を確信し、ノックをしようと手を上げ、止まる。扉からすすり泣く音が聞こえてくるからだ。


(やっぱりか……。声をかけるべきか、かけないべきか―――)


 店長として、今回の舞台を整えたものとして、声をかけないという選択肢はない。


(しかしそれは今じゃない。……もう少し落ち着いてからノックしようか)


 ユウザブロウは近くの壁に寄り掛かり、部屋の音に注意を向けながら、時間をつぶすことにした。


(大丈夫だと言ったか、おそらくアキラ君が遠方の大学にいく件のことか)


 仮に付き合ったとしても、すぐさま遠距離恋愛になるのはアキラとしても引け目を感じる部分なのだろう。

 ユウザブロウはかつての自分を振り返っていた。

 それは夢を叶えるために、計画し、否定された若かりし自分。


 否定されても、失敗しても、それですべてが決まるわけではない。

 事実、ユウザブロウ自身はそれでも夢を諦めず、この店を持つまでに至っている。


(直接あれこれ言うのはそれこそ余計なおせっかいなのだろうけど……)


 この事態に陥ったのは大体自分の責任だ。

 場を用意したがゆえに、ユウザブロウは行動することにした。


(リコちゃんはまだ落ち着かないみたいだし、アキラ君から話を聞こうか)


 そうしてユウザブロウは店先に戻った。



※クリスマスイブ後編※


「アキラ君、お疲れ」

「……あ、はい。お疲れ様です」

「客足も落ち着いてきたし、一度店内に戻ろうか」

「いえ、まだケーキが残っているので……」

「いいから、店頭販売終了ということで。風邪ひかれたら僕が怒られちゃうよ」


 渋るアキラをやや強引に店内に連れ戻し、一緒に厨房まで10箱ほどの売れ残ったケーキを持ち込む。

 さて、どう切り出したものかとユウザブロウが思案しているところに、アキラが少し弱った声で話しかけてきた。


「あの、リコちゃん。なんか言ってました?」

「いや、私は休憩室前で引き返してきたからね。ただ、泣いているみたいだ。何かあったの?」

「……リコちゃんに告白されました。それで、断ったんです」

「それで休憩室に居づらくなって先に戻ってきたんだね」

「はい……」


 午後7時半、普段は食事にくるお客さんでにぎわう店内も、クリスマスイブとなるとそうでもないらしい。

 店内の閑散っぷりに苦笑しつつ、ユウザブロウはコーヒーを三杯用意することにした。


 豆を挽きフィルターに用意、沸騰し少し休ませたお湯を注ぐ、一度蒸らし、二度目は回しゆっくりと―――。


 次第に湯気が立ち昇り芳ばしい香りを運んできてくれる。

 一息吸い込むと、どこか落ち着く香りだ。


「どうして断ったんだい? 君たちすごく仲いいじゃないか」

「俺どうしてもやりたいことがあって、でもそれは成功するか分からなくて――」


 どういう表情をしているのか、下を向いたまま、アキラは言葉を続けた。


「……俺の夢にリコちゃんを巻き込めないから」


 その言葉にユウザブロウはハッとなってアキラを見た。

 そこにかつての自分を見たような気がした。夢に巻き込む、夢に巻き込みたくない。

 そう、夢を見て、隣の人を見れなかった。そんな自分を。

 

「それは君が悪いよ」


 だから思わず、その言葉が出てしまった。

 ユウザブロウはしまったと思いつつ、驚いて目を丸くしているアキラに用意したコーヒーを二杯渡す。

 

「僕が言えた口じゃないけどね。ちゃんと彼女の話を聞いてあげてよ。これはおごりだから」

「え、あ……店は?」

「大丈夫、去年だって一人で回したしね。ほら、行った行った。納得するまで話してきて」

「……ありがとうございます」


 そうしてアキラはコーヒーをトレーに乗せ、休憩室の方へと歩いて行った。

 それを見送ったユウザブロウは自分のコーヒーを啜り、息を吐いた。

 言い過ぎたか、介入しすぎたか、ただやってしまったものは取り返しはつかない。

 そんな自分にやきもきしながら、窓を見れば、小雨から始まった今日の天気は、予定通りの雪となり、窓の向こうで踊っている。


(まあ、積もるほどではないだろう――――あっ!?)


「二人とも! 帰りの電車ちゃんとあるかはチェックしてね!!」


 決めるところで決められなかった自分に頭を抱えつつも、二人の返事を聞き、ユウザブロウはやきもきするのをやめた。




 あの夜から二年が経った。

 アキラは宣言通り、遠方の大学に進学し、勉強とサッカーを頑張っているらしい。

 リコはその翌年アキラを追いかけるようにして、彼が住んでいる県の大学に進学、たまにこちらの友人と会うのか、ユウザブロウの店にも顔を出してくれる。


 あの夜以降、結果二人は表立って付き合う関係にこそ発展しなかったが、何かしらの進展はあったらしい。

 それは良い方向へ二人を進ませているようで、たまに聞こえてくるリコの近況はアキラのことを含めて明るい話題が多い。


「でもよかった。頑張ってほしいね」


 あの日のコーヒーが、あの日の言葉が、かつて自分が欲しかった言葉だった。

 コーヒーのような黒い思い出だが、それでもその苦い経験が一助になったのなら幸いだと、ユウザブロウは今日もコーヒーを淹れる。



終わり


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最後まで読んでいただきありがとうございます。

楽しんでいただけたなら何よりです。

ご評価はお任せしますが、何かしら残していただけると嬉しいです。


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