見た目が冷たいと婚約破棄されたのは、前世雪女でした。河童の騎士様と幸せになります
「アイスリア・フリーザー公爵令嬢! 君との婚約を破棄する! 君の冷たい見た目を見るのはもう耐えられない!
その氷のような髪と瞳、みているだけで寒気がする!」
王宮の舞踏会が開催されている広間で第二王子のロイス殿下が叫ぶように宣言しました。側には、私の異母妹のジーナが殿下に張り付いています。
見た目が冷たいって、私、褒められちゃいましたか?
私の髪色は白銀、瞳はアイスブルー、どちらも私の好きな色です。
でも、もしかして、ロイス殿下はジーナのようなピンク色の髪やオレンジ色の瞳がお好みという事なのでしょうか?
「俺は、この聖女、ジーナ・フリーザーと婚約する! 君と違って、ジーナは聖女な上に心根が温かいんだ!」
まあ、やっぱり、ジーナの暖色系の色合いがお好みだったということですかね。
異母妹のジーナは「聖女」と呼ばれています。この国では魔獣被害が多いのですが、ジーナが生まれてからフリーザー公爵領は一度も魔獣の被害にあっていないのです。
公爵領は「奇跡の領地」と呼ばれ、ジーナが「聖女」ではないか、と噂されています。「噂」の域なのは、ジーナ自身が特別に何かをしてみせた事がないからです。
魔獣をあっという間に消滅させてみせるとか、治癒魔法で怪我人を直したりとか。
そんな行動をジーナが行ったとは聞いた事がありませんし、そんな能力があるのかは、私には分かりませんけれど。
「……お前の顔を見ると寒気がする! 出て行け。おいっ! アイスリアを追い出せ!」
ロイス殿下の命令に周囲の騎士がざわつきました。
ザッと、私の前に大きな騎士が立ちました。全身を甲冑で覆っていて顔は見えません。でも、気配には覚えがあります。
「……自分が……」
低い渋い声がしました。
「おう。サッサと連れて行け!」
ロイス殿下は顎であしらうような仕草をしました。ジーナは、笑いを堪えているような表情です。
「……行きましょう……」
甲冑の騎士は、私に手を差し出しました。あら、エスコートしてくださるんですね。
チラリと目の端に映ったロイス殿下は意外そうな表情を浮かべましたが、引き留めて何か言う気はなさそうです。
甲冑の騎士のエスコートで、王宮の広間を出て、馬車を乗り降りする広場に向かいます。
「……馬車は、この時間待機していないと思うわ」
王宮に沢山の貴族が訪れる日ですので、舞踏会の間、馬車を待機させたりせずに、一度馬車を帰す貴族家は多いのです。我が家もそうしていました。
今はまだ、舞踏会が始まったばかりなので、我が家の馬車は帰ったばかりです。
「……自分がお送りします」
渋い声で言う騎士様の甲冑で覆われたお顔を見上げました。
「……貴方は?」
この騎士様の甲冑姿や気配は記憶にあるのですが、お顔もお名前も存じ上げないのです。
流石に、お名前もお顔も分からない方に送って頂くのは躊躇してしまいます。
騎士様はパカっと甲冑の目の部分を開けました。
睫毛が長く澄んだ緑色の瞳が私を見つめました。
「申し遅れました。
……自分は、リバー・ブルックス。ブルックス公爵家 三男です」
「ああ……」
お名前を聞いてピンと来ました。ブルックス公爵家の三男の方の事は噂で少し聞いた事があります。
その……、生まれつき髪の毛が生えていないとか……。
耳にした噂が例えば、「剣の腕前が凄い」などといったことなら、「噂で知ってます」と言えるのですが、「髪の毛がない」などと噂になっているなどと聞くのは不愉快かもしれません。
私は思わず言い淀んでしまいました。
「噂でご存知でしたか? 自分は、生まれつき髪の毛がないので、有名でした」
「え、ええ……」
私は少し気まずげに頷きました。
ブルックス侯爵令息は、おもむろに兜を両手で持ち上げます。パっと兜を取ると、
ブルックス侯爵令息のお顔がはっきり見えました。頭髪のない頭の上に、薄いお皿のようなものが貼り付いています。
「?」
頭皮に張り付いている薄いお皿につい目を向けてしまいますと、ブルックス侯爵令息は、口の端を上げました。
「自分、前世で河童だったんです」
「ええ?」
「貴女は、雪女でしょう? アイスリア・フリーザー公爵令嬢」
「……まあ……!」
私は目を見開きました。驚いて冷気が出てしまいました。ブルックス侯爵令息は、私の冷気を浴びても僅かに目を細めただけでした。
そうです。
私の前世は雪女でした。雪山の中でのんびり気ままに暮らしていた記憶があります。
私が雪女だと気付かれた事に驚きましたが、ブルックス侯爵令息が前世河童だった事にも驚きです。
「……それで頭髪が……?」
少し遠慮がちに囁くように訊ねると、ブルックス侯爵令息は、コクンと頷いて、ペリッと頭に貼り付けていた薄いお皿を剥がしてみせました。ツルツルです。
「子供の頃は揶揄われて嫌だったが、前世が河童だと気づいてからは、気にしていない。皿をつけた方が力が出るのだが、目立つので、普段は皿の上に兜を被っている」
「そうでしたか……。ブルックス侯爵令息様は……」
「リバーと」
「……リバー様。では私の事もアイスリアとお呼びください。リバー様は、何故私が雪女だと気が付かれたのですか?」
「妖気が」
「妖気?」
「ええ、妖気がダダ漏れなんです。皿にビンビンと来るんです」
「そうでしたか……」
リバー様の頭のお皿は、前世の人の世界でいう「アンテナ」のような役割もしているそうで、私の妖気は、纏っている冷気と共に感じ取れるそうです。
「……妖気を検知しているのは、自分だけではないですよ」
「まあ、そうなのですか……」
どうやら、この世界に「アヤカシ」は、他にもいそうですね……。
「ところで、アイスリア嬢。婚約していただけませんか?」
「ええ⁈」
唐突過ぎて、足元から冷気が吹き出してしまいました。リバー様は、軽く一歩後ろに下がって冷気の直撃を避けます。流石、騎士様、反射神経が凄いですね。
「ど……、どういう意味でしょう?」
「いきなり言って、驚かせたようで申し訳ない。貴女の婚約が解消されるようなので、次が決まらないうちにお伝えしたかった。貴女の妖気を感じ取るようになってから、ずっと意識していました。
どうか、自分……、私との婚約を考えては貰えないだろうか?」
「……考えます。父や祖父にも相談が必要なので、即答は出来ませんが」
「ブルックス家からも、正式に申込みます。私は三男ですが、ブルックス家が所有している子爵位を譲り受ける予定です」
リバー様は真剣な表情で私を見つめます。普段、甲冑に身を包んでいて、容姿を晒していらっしゃいませんが、かなり美形ですね。透明感のある緑色の瞳がキラキラしてとても魅力的です。
態度も紳士的で、私の真の姿に対しても理解されています。もしかして、良いお話なのかもしれません。
考えながら、リバー様の瞳を見つめていたら、リバー様が少し照れ臭そうに微笑みました。
何故か私の頬が熱くなりました。いつもヒンヤリしているのに。どうした事でしょう。
リバー様が、馬車を調達してきてくださったので、先ずは私のお祖父様のところに相談に行く事にしました。お父様は、もしかしたら異母妹ジーナの味方かもしれませんから。
お祖父様である元フリーザー公爵は、公爵位はお父様に譲っていますが、伯爵位も持っているので、現在はフリーザー伯爵を名乗っています。
確認したら、ちょうど王都に滞在中だったのでリバー様と一緒に会いに行く事にしました。
「アイスリア、会いに行こうと思っていたところだよ!」
お祖父様にお会いしたら、私を抱きしめてくださいました。お祖父様が王都に滞在されていたのは、偶然ではなく、私とロイス殿下の婚約の件の状況確認や対応をする為だったようです。
「王家に抗議は入れたが、ジーナも関係しているからな……」
お祖父様は眉間に皺を寄せて言いました。
ロイス殿下が全く別の家の令嬢に心惹かれたという理由で婚約破棄を宣言したのであれば、全力で王家に抗議をするところですが、ロイス殿下の新しい相手がジーナだと、フリーザー公爵家にも原因があるとされる可能性があるので、対応方法を考えていたところのようです。
「しかし、もう次の婚約相手が見つかったのなら、安心だ! 良い男じゃないか!」
お祖父様が上機嫌でリバー様の肩をバンバンと叩きました。リバー様を一目見て気に入ったようです。
お祖父様の頭髪が耳の後ろだけな事もあるから、リバー様に親近感を持たれたのかもしれません。
「ブルックス侯爵家所有の子爵位か……。悪くないが、ワシの持つ男爵領も合わせるか? まあ、まだフリーザー公爵家を継ぐ可能性はあるがな」
「フリーザー公爵家は、ロイス殿下が婿入りされて、ジーナが継ぐのでは……」
「ジーナは『聖女』と言われて領民から人気はあるが、領地経営を学んできていない。ロイス殿下も、調べたところでは、今はまだ難しいだろう。これから領主の勉強をして、その結果次第だな」
「そうですか……」
当面は、お父様が公爵家当主のまま、様子を見ることになるのだろうという事です。
「……それでは、私はまだ結婚を進めない方が良いでしょうか」
家の跡継ぎ問題があるなら、仕方ありませんね。あら、何故でしょう。とても残念な気持ちです。
「いや、ワシだって爵位を複数持っておる。フリーザー公爵家の後継の事は、いつか継ぐ可能性があるとだけ考えて、ブルックス家に嫁いでも構わないと思うぞ」
「まあ!」
「嬉しそうだな」
「……ふふ」
微笑んで、リバー様を見上げると、リバー様も穏やかな微笑みを浮かべていました。
ロイス殿下との婚約は、その後すぐに解消されました。ロイス殿下が「冷たい見た目だから」と婚約破棄宣言をした時、多くの目撃者がいましたから、「見た目が冷たいだけでは、婚約破棄の理由にはならない」とされて、ロイス殿下の有責となったのです。
王家から慰謝料を沢山いただきました。
ところで、私の見た目が冷たい、というのは誰も否定しないようです。まあ、雪女ですから、見た目が冷たくて当然ですけどね。
お父様も実は私の見た目が、亡き母に似て「冷たい」と考えていたようです。婚約破棄自体は認めていたわけではなかったようでしたが、ジーナの方がロイス殿下とお似合いだと思ったようです。
問題はその後の事です。ジーナが公爵家を継ぎ、ロイス殿下が婿入りしたら、領地経営の仕事だけ私がやれば丸く治まるなどと、考えていたようです。
これには、お祖父様も呆れていました。
私はあの二人を支える為に、働く気はありません。おかげで勢いがつき、短い婚約期間を経て、リバー様と結婚し、家を出ました。
結婚後は当初の予定通り、ブルックス侯爵家所有の子爵位をリバー様が譲り受け、私達は子爵領内の雪山に住んでいます。
「何故、雪山か」ですか?
最初は、小さな山の中腹に建てられた屋敷でのんびり生活するつもりだったのです。でも、リラックスすると、どんどん雪が降って、今では夏でも雪が積もっている雪山となってしまったのです。
とても、快適です!
私は雪道は問題なく進めますし、リバー様は川は川が凍っていなければ麓まで行き来するのに不便はないそうです。
……泳いでいるのでしょうか?
ちょっと見てみたい気はするのですが、恥ずかしい気もして、見ないようにしています。
子爵領の領地の経営状態に特に問題も発生せず、平和な生活を送っていました。
しかし、ある日、リバー様が不穏なニュースを持ち帰って来ました。
「隣国……、サウドダーラ王国で、ダンジョンの氾濫が発生したらしい。魔獣が国境を超えて我が国にも侵攻していているらしい」
「まあ、大変。ルートはどうなっています? この領にも来るかしら」
「既に南の国境はかなりの被害が出ているそうだが……、ブルックス子爵領には来ないよ」
リバー様が断言します。私は首を傾げて執務室にある地図を広げました。
「魔獣は来ない、と断言されましたが……、うちの領は南の国境から街道を進んだ先ですわよ?」
「……妖力が強いから魔獣が寄って来ないんだよ」
「……え? リバー様の妖力がですか?」
「私のではない。多少は影響はあるだろうが、一番の原因は君だよ」
「え? 私、ですか?」
「フリーザー公爵領だって、君が家を出るまで魔獣に襲われた事はないだろう?」
「でも、それは、ジーナでは……。魔獣が襲って来なくなったのは、ジーナが生まれてからだと……」
「君のお祖父様に聞いたけど、君は母君が亡くなってから暫く王都で、生活していた時期があったそうじゃないか。
君が王都に居る間に、公爵領に魔獣がやって来たんだろう」
「王都の学園に通っている間も公爵領は無事でしたよ」
「それは、君に『公爵領を守る』という意識があったからだと、思う。現に、フリーザー公爵領に魔獣が入ってきた、という知らせが来たよ」
「ええ!」
リバー様の言う、私の妖力のせいで魔獣が襲って来なかったというのは、本当なのでしょうか?私には自覚が無かったので、戸惑ってしまいます。
「公爵領を助けに行くかい?」
「え……」
リバー様に問いかけられて、私は考えました。公爵領、領民……、以前は大切に思っていましたが、今はどうでしょう。大切は、大切なのですが……。
「……ブルックス侯爵領やお祖父様の伯爵領を優先したいです」
迷いながら言うと、リバー様は私をそっと抱きしめてくれました。
結果的に、ブルックス侯爵領、フリーザー伯爵領、フリーザー公爵領を順番に巡って、支援物資などを贈りつつ、妖力で魔獣を追い払って行きました。
フリーザー公爵領では、ジーナが魔獣を恐れて逃げ出したという噂が流れていました。確認したところ、本当の事のようです。ロイス殿下と一緒に王都に避難したそうです。
今まで、聖女の自分が居れば、領地は魔獣の脅威には晒されないと思っていて、実際に魔獣が襲ってきたから、パニックになってしまったのかもしれません。
けれど、領民にそんな言い訳は通用しません。
次期領主夫婦が領民を捨てて自分達だけ安全なところに逃げ出したのだと思われてしまいます。
ジーナとロイス殿下が「領民を捨てて逃げた」という噂はドンドン広まっていってしまい、お祖父様とお父様が話し合い、公爵家の次期領主は私に決まってしまったようです。
ジーナとロイス殿下にはフリーザー家が持つ男爵領をという話も出たそうですが、小さな領地でも領民を置いて逃げ出す領主に務まるのかと反対されているそうです。
私とリバー様は公爵領の地図を眺めながら、何処を雪山にするか話し合っています。
「君と一緒なら、領地が全部雪山でも構わないよ」
「ウフフ……ちゃんと川がある場所じゃないと」
今日も冷気を纏いながらもアツアツです。




