楽しいお食事
思い付きでササッと書いたので、気軽にお読み下さい。
幼い頃から、前世の記憶がありました。
医療関係や生物の肉体についての研究をしていたようで、培地の中で取り出した細胞を養殖し、再生させる人造の臓器による移植などを研究していた研究者のようでしたわ。
そんな私はローゼス伯爵家の長女として産まれ、名をクローネといいます。
上に兄もおり後継の心配は無いことから、私は寄親の侯爵家より紹介頂いて、寄子同士の縁でマクガネル伯爵家の次男オーウェン様との婚約が結ばれました。
幼少より、嫡男を支えて将来は騎士となる、そのように育てられ、本人も騎士に憧れる婚約者は筋骨隆々とした美丈夫で、令嬢方からも人気があります。
ですが、少々マッチョ思考といいますか、男尊女卑といいますか、女性を下に見るのは当たり前、友人や兄、お父上には敬意を払い、とても紳士的に振る舞うのですが、私への態度が横柄で、そのつもりは無くとも無配慮なのです。
一応は婚約者としての交流も図っておりますし、都度ごとのプレゼントやカードなども恙無く贈ってくださいますが、聞くところによれば、女性へ贈る貢物や、カードに認める言葉に造詣はないし、興味も無いと、全て家令や侍女に任せているようです。
特に問題があるという訳ではありません。婚約者として、ゆくゆくの配偶者としての責務は果たしてくださっておりますから、ただ、令嬢のくせに頭でっかちで可愛げも無いと言われ、素っ気ない態度でエスコートも下手くそな男に愛情を持つ前に感情が冷めただけのこと。
そんな婚約者が、見習い騎士の寄宿舎に差し入れに来る町娘に、随分とご執心だと聞き及んで笑ってしまったのです。
別に懸想した挙句に愛を囁いていると言ったことでは無いようです。賊に襲われ、命の危機に瀕した町娘とその家族を、たまたま寄宿舎で訓練している見習い数名が通りかかり助ける一幕があり、そのお礼にと母娘は何かと差し入れしてくれるそうで、男所帯の寄宿舎で差し入れを持ってくる娘に鼻の下を伸ばす者がいるというだけのよう。
実際に、家格の低い家柄の三男などは柵もなく、口説いている者もいるようですが、婚約者もいて、そもそも朴念仁のオーウェン様はデレデレと嬉しそうに差し入れを食べているだけで、積極的に声をかけているとは伺っておりません。
ですが、女はこうでなくては、気のきかん俺の婚約者とは大違いだと言った旨の発言は枚挙に暇がないようでして。
でしたら、差し上げようかと思いましたの。
「オーウェン様。わたくし気付きもしませんで、申し訳ありませんでしたわ。日々訓練で大変なオーウェン様に少しでも力をつけて頂きたく、特別に取り寄せた食材を使いましたの、是非とも召し上がってください。勿論、他の方にはあげないで下さいね。オーウェン様に食べて頂きたいのです」
始めて寄宿舎を訪れた私は、オーウェン様に面会するとお手製のお弁当を恥ずかしそうに差し出します。
「んっ、そうかそうか、やっとお前もすこしは女らしい振る舞いというのを学んだようだ。そうしていれば可愛らしいものを。わかったわかった、これは誰にもやらんで俺が食べる」
そう、鷹揚に受け取る婚約者に。
「これからも、使者に持たせますから、食べて頂きたいのですが、今日は目の前で……その感想など貰えたら」
俯きながら弱々しく言う私に気を良くしたのか。
「なんだ、俺のことは好いていないと思っていたが、存外そうでも無かったのか。まぁいい、ここまで態々来たのだ。目の前で食うくらいはしてやる。まぁ、不味い時は不味いと正直にいうがな」
そう言って笑う婚約者に周りの者は怪訝な顔や、何か言いたげな顔をしますが、今更ですの、この男のデリカシーの無さは。
私よりも付き合いの長い皆様はその辺りは承知しているらしく、私に可哀想にと同情の視線を向けておりましたわ。
「なんだ、中々美味いじゃないか。送ってくれるなら、毎日でも食べるぞ」
上機嫌で言う婚約者に、他の方には食べさせないでくださいねと念を押せば。
「嫉妬するとは可愛らしいな。女はそれでいいんだ。だが、あまりしつこいのは良くないな。まぁ、こいつは俺にぞっこんらしい、スマンなー、みんな」
そう周りに自慢して、笑っているのでした。
快調に訓練を続け、元々の能力の高さで、順調に騎士として歩んでいる婚約者が、運動障害を患い床に臥せったとの報せが入ります。
症状が進むにつれ、若年性健忘も発症し、徐々に周りのことを認識出来なくなり、忘れていっていると。
この世界に魔法という技術があると知っても、それ程、心は躍りませんでした。
貴族の娘として、研究者として一生を捧げることは出来ないとわかっておりましたから、ですが、私は多少なりとも才があったようで、治癒系統の魔法が使えました。
それはただの興味でした。
畜産の盛んな領内から、領主に献上される肉や乳製品。生きたままの牛や鶏が税のかわりに物納されることもあります。
私は魔法を使い、これらの食肉を培養出来ないか、考えたのです。
結果はかなりの時間と魔力を使い、僅かな量を生み出すに留まりました。技術として何かに応用するとしても、食料として供給するというには効率が悪すぎると捨て置いた技術だったのですが。
そうして作った肉に火を通し、犬や猫などに与え、様子を見ていたところ、運動障害を発症する個体がでたのです。
観測機器などが無いのが惜しまれますが、魔法により、不自然に増殖させた肉には遺伝変異した細胞が含まれていたのかもしれません。
狂牛病、クロイツェルヤコブ病などの単語が浮かんで来ました。
勿論、確証もなければ、推論にすぎません。
侍女を通じて、領内の山林から猿を捕まえてくるように猟師に頼みます。
小柄な猿は、貴族の間では愛玩動物として一定の人気があります。犬や猫を病で亡くしたばかり、次のペットが欲しいのかと、父も許してくれました。
二匹の猿が私の元に届けられ、どちらも檻の中で鳴いておりましたが、一匹には果実や野菜を、もう一匹には増殖させた肉を混ぜた餌を与えたのです。
そして、片方の猿は亡くなりました。
亡くなった猿の組織を一部魔法で切り取り、保管します。
あとは、その肉を増殖させ、牛や羊だと嘘をついて食べさせるだけでした。
味付けを強くすれば、何の肉か気付かないバカ舌でよかったですわ。
「ごきげんよう、すっかり肉もなくなってしまって、もう、家族のこともわからないのでしょう。お可哀想に、婚約は解消されましたが、お身体が回復することを祈っておりますわ」
最後の時を二人きりにして欲しいと懇願すれば、あっさりと二人きりにして頂けました。
まぁ、もう起き上がることも、言葉を発することも出来ませんものね。熱心に差し入れをしていたほどに愛していた令嬢が、婚約者との別れを二人きりと望んでいるとなれば、多少は忖度してくださいました。
あなたの症状については原因はわからずじまいみたいよ。
私のせいでは無いかもしれないけれど、ほぼ間違いなく、私のせいでしょうね。
ヒトに近い生物の肉をさらに不自然に増殖させて、摂取させた。
変容した遺伝子が、あなたの遺伝子を傷つけたのだと思いますの。でもね、この世界にはそんな知識はない。
頭でっかちの女でごめんなさいね。男であることと、その壮健な身体が自慢だったあなたにとっては、女なんて、弱くて頭が悪くて、自分に従っているのが、良かったんですものね。
少しは夢を見せられたかしら。
さようなら。
感想お待ちしておりますm(_ _)m
щ(゜д゜щ)カモーン
死因についての細かい設定はかなり粗があります(笑)




