表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/21

6話 目には目を 悪意には悪意を




ーー王都。




光と、その影が濃く落ちる場所。




その影ーー貧民街の教会で、一つの『噂』が火種のように燻り始めていた。



「聞いたか? あの『青い薬』のこと」


「ああ……追放されたソフィア様が、辺境で見つけたっていう……」


「聖女様の『奇跡』じゃねえ。だが、あのどうしようもねえ気鬱が、少し楽になるんだ。しかも、タダだ」


その火種は、光の当たる場所へも飛び火する。




とある貴族のサロン。


聖女ユナの強引な寄付金集めに辟易していた者たちの間で、それは囁かれた。



「『呪われた神の涙』を精製した、鎮静剤ですって」


「まあ、ソフィア様らしい、あの方の紋章とサインが入った説明書付きで」


「聖女様の薬は高価な上に、最近は効果も……。それに比べ、こちらは安価タダで、確かな効能が」



噂は、波紋のように広がり、やがて王都の光の中心ーー聖女ユナの元へと届いた。



「売上が、さらに落ちている……?」


神殿の一室で、ユナはギルドマスターからの報告書を握りしめた。




彼女の完璧に整えられた眉が、わずかにひそめられる。



「はい。それもこれも、あの追放されたソフィア・クライストが流している、『青い毒薬』のせいです! 聖女様の権威を貶める、悪魔の所業に違いありません!」



「……毒薬、ですって?」


ユナは、計算高く目を伏せる。



(……ただの安物ではない。私の『権威』そのものを狙った、明確な攻撃。あの執事……ヴィンセントの仕業ね)


あの綺麗事に塗れたソフィアができるはずはないー


と彼女は敵を見定める。


(ならば、こちらも『権威』で潰す。あの薬が『本物』であるはずがない、という一点で)




彼女は、顔を上げた。


そこには、民を憂う『聖女』の顔が完璧に貼り付けられていた。



「ギルドマスター。王都の民が、毒に苦しめられているのですね……許せません」



「おお、聖女様!」



「すぐに布告を出しなさい。あの辺境の薬は、効果を偽装した『猛毒』である、と」



「しかし、証拠は……」



「証拠なら、()()()()()()のです」



ユナは、冷ややかに言い放つ。




「あの薬には、深刻な『副作用』がある。使用者は恐ろしい『幻覚』に襲われ、精神が崩壊する『依存性』がある、と。ーーーー王都全域に、徹底的にお触れを出しなさい。これは、民を救うための『警告』です」







辺境、アッシュ領。



『戦争』の第一報は、王都の喧騒とは無縁の、この静かな塩まみれの領地にもたらされた。




「……なるほど。『毒薬』に『副作用』か」




俺は、山の民の連絡係から受け取った報告書を読み上げ、静かにテーブルに置いた。


窓の外では、ブロック爺さんが指揮し、領民たちが黙々と鍬を振るっている。


農地開墾は、遅々としてはいるが、確実に進んでいた。


「……ひどいわ」


俺の向かいで、ソフィアお嬢様が唇を噛み締めていた。



「嘘で私たちを貶めるなんて……。ヴィンセント、これでは、せっかくの薬が……」



彼女は、純粋に憤っている。


その「正しさ」こそが、彼女の価値だ。



だが、俺は違った。



俺は、完璧な執事の笑みを浮かべる。






(……実に凡庸な『悪手』だ。ジャックポットだよ、タヌキ殿)





俺の思考が、歓喜に震える。



(お前が『毒』だと言い張れば、言い張るほどいい。お前がその『嘘』という名の泥沼に足を踏み入れた瞬間、俺の『罠』は完成する)





「お嬢様。敵は自ら墓穴を掘ってくれました」



俺は、立ち上がり、次の計画を説明する。






「『毒薬』ですか。結構。ならば、我々は――」





俺は、冷徹に、次の「商品」を定義する。


「その『毒』の『解毒剤』を売るとしましょう」






俺は、元薬師のエルムを呼びつけた。


彼は、聖女のデマを聞き、すでに顔面蒼白だ。



「エルム。聞こえたな? 聖女様が、我々の薬を『幻覚を引き起こす毒』だと『認定』してくださった」


「ひぃぃ! そ、そんな……我々は終わりです!」


「逆だ、馬鹿者」


俺は、エルムの胸倉を掴み、冷たく言い放つ。



「お前の出番だ。RCが持つ本来の『感情麻痺作用』。これを、聖女様の『デマ』に対抗させろ。『精神的な興奮や幻覚を鎮める、唯一の鎮静剤』として、効能を再定義しろ」


「……え? あ……あぁっ!」


エルムの目が、恐怖から驚愕に見開かれる。



「新しい『説明書(物語)』を即刻作成しろ。そして、連絡係」



俺は、王都から戻ったばかりの男に、次の指示を出す。



「この新しい『説明書』と、現物を、王都へ持って戻れ」



「……ヴィンス、また配るのか?」



「ああ。だが、名目が変わった」


俺は、執事の仮面の下で、悪魔のように笑う。





「『聖女様の薬(あるいは、巷の偽薬)で、副作用(幻覚・興奮)に苦しむ人々へ』――」



「『クライスト公爵家が、その苦しみを鎮める、本物の『鎮静剤』を無償で提供いたします』、だ」



「価格は、前回同様オトクな『無料』でな」




「……ヴィンセント」


ソフィアお嬢様が、息を呑む。



「それは、まるで……」



彼女は、俺の計画の悪魔性マッチポンプに気づき、言葉を失っていた。


俺は、彼女に向き直る。




この世でただ一人、俺が忠誠を誓う『光』。




その光に、俺は完璧な執事の笑みを捧げる。




「ええ、お嬢様。これぞ『ビジネス』です」




「敵が『火』を放つのなら、我々は『水』を売る。ただ、それだけのこと」




(……聖女タヌキよ。お前が流した『毒薬』のデマは、そのまま我々の『鎮静剤』の最高の『宣伝プロモーション』となる)




俺は、王都の方角を見据える。




(お前は、自らの嘘で、存在しない『病』を作り出し、その『病』を治せる唯一の『薬』を、俺たちが持っていると証明してくれた)




(お前は自らの嘘で、自らの クビ(市場) を絞めるのだ)




ーーーーああ、実に滑稽だ



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ