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16話 這い寄る無垢

2部スタート致します!


少し書き方を変えさせてもらいました。。


王都


数ヶ月ぶりに王都の城門が重々しく開かれ、隣国への困難な外交遠征を成功させた第二王子カイン率いる使節団が凱旋した。



沿道を埋め尽くした民衆は熱狂的な喝采を送るがその歓声の裏にはどこか乾いた響きが混じっている。

熱気とは裏腹に王都の空気そのものが重く冷たく澱んでいた。


先頭を行く白馬の上のカイン王子は民衆の熱狂に応えるように完璧な笑顔を振りまく。

その絵画から抜け出たような美しい所作一つ一つに人々はさらに熱狂する。


だがその淡い紫の瞳は、目の前の熱狂をまるで実在しない景色か何かのようにただ静かに映しているだけだった。


彼の背後に控えるソフィアの父であるクライネルト公爵イグニスは、厳格な白髪を揺らし何の感情も浮かばない鋭い目で民衆を一瞥いちべつすると、すぐに興味を失ったかのように視線を正面に戻した。


イグニスの息子レオンに至っては沿道の民衆に視線をくれることすらない。

彼の瞳はただ一点、前を行くカイン王子の背中だけを熱に浮かされたような瞳でじっと見つめている。


彼らはまだ知らない。


この凱旋の裏で王国がどれほど深刻な激震に見舞われていたのかを。

光に満ちた凱旋とは裏腹の王都に溜まった、よどみの正体を彼らはまだ知る由もなかった。





玉座の間は久方ぶりの明るい報せに満ちていた。


カイン王子が隣国との外交交渉の完璧な成功を流麗な言葉で国王に報告する。

その理路整然とした成果報告とカインの謙虚な態度は玉座の間に集った貴族たちの賞賛を一身に集めた。


だが報告の後。


宰相が重い口調で進み出た。

賞賛の空気が一変する。


「……実に見事な成果ですカイン殿下。心から賞賛申し上げる――ですが殿下にお伝えせねばならぬ重大な事件が」


宰相は言葉を選びながらこの数ヶ月のよどみの正体を告げた。


「……殿下ご不在の間兄君であられるアルフレッド王太子殿下が……その……王家への反逆罪で拘束されました」


宰相はさらにバツが悪そうに続ける。

あまりの話題に自分になにか向くのではないか、という恐怖が宰相を包み込んでいるようだった。


「聖女ユナも共犯としてすでに幽閉されております」






玉座の間の空気が凍てついた。





凱旋の熱は跡形もなく消え去った。


だがカイン王子だけはあの完璧な笑顔を崩さない。

ただその淡い紫の瞳が初めて『面白い』とばかりに興味深そうに細められた。


「……それは驚きました」

カインはまるで他人事のように静かに言った。


「あの兄上が反逆罪ですか。一体何が」

カインの背後からイグニス公爵が声色一つ変えずに進み出た。


「陛下。恐れながらその反逆我がクライネルト家が何らかの形で関わっていると?」


レオンはカインの横顔を心配そうに見つめ奥歯を強く噛みしめた。


アルフレッドが消えた。カイン様の障害が一つ取り除かれた。


だがなぜだ。なぜあの姉上の名がこの最悪の事態と共に出てくる。


宰相はイグニス公爵の問いには答えずただ苦々しげに事実を続けた。

「……全ての発端はアッシュ領に追放された公爵の御息女ソフィア・クライスト嬢とその執事にございます。彼らが開発した新たな塩と薬が全てを変えてしまったのです」

その言葉を聞いたカインの瞳がさらに深く細められた。





夜。カイン王子の私室。


凱旋の喧騒から切り離された部屋で三人の男が密談を行っていた。


カイン王子イグニス公爵そしてレオン。


イグニスが苦虫を噛み潰したような顔で口火を切った。

「……恥さらしな。あの欠陥品のわが娘がアルフレッド殿下の失脚に関わるとは。クライネルト家の名誉に関わる大問題だ」


レオンも険しい表情で頷く。

「父上の仰る通りです。カイン様の名誉のためにも姉上には早急に対処が必要かと」


二人が『政治』と『家名』について語る中カイン王子は窓の外の闇を眺めながらまるで別のことを考えているかのようにぽつりと呟いた。


「……イグニス公。あなたの娘ソフィアは……昔から美しい人でしたね」


「……は?」

イグニスとレオンが息を飲む。


王子の言葉の意図がまるで読めなかった。

カインはそんな二人に気づく様子もなく言葉を続ける。

その声には熱も皮肉も含まれていない。


「その美しいソフィアがこれほどの価値を生み出した……兄上は実に愚かだ。あのような宝石を自ら手放したのですから」


彼は反逆罪や政治ではなくただ失われたモノの価値だけを惜しんでいるように見えた。


イグニスが咳払いをして強引に話を現実に戻そうとする。

「……殿下。問題はその価値をボルジア伯爵が独占しようとしていることです。我々も早急にあの利権を確保せねば」


「カイン様。俺に命令を」

レオンが進み出た。


「姉上を排除し利権を奪い返します。ーー必ずや御身に献上致しましょう」


カインはレオンの肩にそっと手を置く。


そして上品に輪郭をなぞるように首筋へと向かっていった。


その仕草にレオンの頬がわずかに高揚する。

「ねぇレオン。ボクは利権そのものよりも」

カインの瞳が獲物を見つけたかのように細められる。


「その利権を生み出す元の方に興味があるのですよ」


レオンは自分の主人の意志を実現するため、側近を呼びつけるためのベルを鳴らした。


「アッシュ領で起きた騒動の詳細な報告を求めると共に、その『功労者』であるソフィア・クライスト嬢、および、その『執事』を、正式に王都へ『召喚』なさるべきだ」

ーーレオンの意図に気づいたカインは『建前』を伝える。


自分の宝物がまたひとつ増えるかもしれないーーと、鼻歌交じりに窓の外を見つめた。



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