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13話 王子と聖女の断罪②


辺境、アッシュ領。


季節は巡り、あの忌まわしい『断罪劇』から、いくばくかの時が流れた。


開発(仮)拠点――元代官屋敷の倉庫は、今やこの領地の『心臓部』となっていた。


そこでは、ブロック爺さん(元鍛冶師)が、若い領民たちに


『AMS(白い塩)』の精製技術を、無骨な怒鳴り声と共に叩き込んでいた。



「だから違う! 火加減を間違えれば、ただの苦いクソになるぞ!」



だが、その声には以前のような絶望はなく、確かな『熱』がこもっている。


隣の区画では、エルム(元薬師)が、女たちに『RC(甲殻類)』の安全な加工法を、相変わらず震え声ながらも、丁寧に教えていた。



「い、いいですか? 必ず、三度、煮沸し、煮汁は完全に捨てるのですぞ? さ、さすれば安全ですから……!」



彼女たちの目にも、かつての虚無はない。


自らの手で『食料』と『薬』を生み出すという、ささやかな『誇り』が宿り始めていた。


その隣の『教習所』からは、子供たちの、まだたどたどしいが、明るい声が聞こえてくる。


ソフィアお嬢様が、彼らに文字や計算を教えているのだ。


「いいですか。これが『10』です。あなたたちが、ブロックさんたちから『10』の対価(給金)――お給料を貰ったら、そのうち『2』は、使わずに取っておくのです」


「なんでー?」


「ふふ。それは、未来のためですわ。未来の、あなた自身のために『貯金』するのです」


(……聖女タヌキが『偽物』の権威で民から搾取している間に、本物ソフィアは、民に『未来』への『投資(金融教育)』を教えている。実に、皮肉な光景だ)


俺は、教習所の窓から見える、穏やかな光景に、しばし目を細める。


お嬢様は、休み時間になると、領民たち――かつて俺たちが『負債』と切り捨てた者たち――と、笑顔で、しかし真剣に、作物の育ち具合や、生活の不安について話し合っている。


彼女は、確実に、この地の『領主』として根付き始めていた。


だが、平和とは、常に脆いものだ。


特に、俺たちがいるのは『戦場』なのだから。




その『平和』を引き裂くように、ゲイルが、血相を変えて執務室に飛び込んできた。


馬で駆け通してきたのだろう、息も絶え絶えだ。


「旦那! マズいことになった!」


ゲイルは、テーブルに手をつき、荒い息をつきながら叫んだ。


「王都のタヌキ(ユナ)が、やっぱり動きやがった! 謹慎中のアホ(王子)を煽動しやがったんだ!」


俺の隣で、教科書の試作品に目を通していたソフィアお嬢様の手が止まる。


「王子は『反逆者の討伐』だとよ! 国王陛下の許可も取らず、独断で自分の『私兵』を動かしやがった! すでに、アッシュ領に向かってる!」


「……!」


お嬢様の顔から、血の気が引いた。


「また……!アルフレッド様……! なんということを……!」


彼女は、俺に詰め寄った。その目は、恐怖に揺れている。


「ヴィンセント! また軍隊が来たら、今度こそ領民が……! せっかく芽生えた、あの『日常』が、壊されてしまいます!」


俺は、その「最悪の報告」を聞きながら、しかし、完璧なポーカーフェイスで、淹れたばかりの紅茶を一口飲んだ。




……エルムが最近見つけた香草を加えたものだ。悪くない。




俺は、ゲイルから受け取った走り書きの報告書に、さっと目を通す。


そして、それをこれまでの報告書と同じように暖炉の火に投げ込んだ。


紙が、音を立てて燃え上がる。


まるで、誰かの破滅を祝福するかのように。


「ヴィンセント!」


ソフィアお嬢様が、俺の冷静な態度に、声を荒げた。


「笑い事ではありません!」


俺は、立ち上がり、慌てるお嬢様の肩に、そっと手を置く。

執事として、穏やかに。


「いいえ、ソフィアお嬢様」


俺は、静かに告げた。


完璧な笑みを浮かべて。


「これこそが『チェックメイト(詰み)』です」


(聖女ユナ……そして、愚かな王子アルフレッドよ。お前たちは、俺の『予測』通り、見事に『最後の一手』を指したな)


俺は、ソフィアお嬢様に向き直る。


前回・・は『王子が』ソフィアお嬢様を攻撃しました。国王陛下の『勅命』という大義名分があった。だから『ボルジア(経済)』の盾で防ぐしかなかった」


「……ですが、今回は違います」


俺は、燃え盛る暖炉の火を見つめる。


「『国王の謹慎命令』を破り、『王子が』『独断で』兵を動かす」


(……ようやく『穴』から出てきたな、害虫ども。お前たちが『武力』を使った瞬間、それはもはや『討伐』ではない)


俺は、冷酷に、()()を宣告した。




「お嬢様。それは、明確な『王家(国王)』に対する『反逆罪』です」




「……あぁ……」



ソフィアお嬢様が、息を呑んだ。


俺の言葉――『反逆罪』――の意味を理解し、彼女は、王子アルフレッドの、完全なる『自滅』を悟ったのだろう。


その顔からは、恐怖ではなく、むしろ哀れみの色が浮かんでいた。


「ゲイル」


俺は、まだ息を整えている男に、最後の指示を与える。


「ボルジア伯爵に『使者』を送れ。最速でだ」


「……何と伝えろと?」


「『反逆者アルフレッド』が、アッシュ領(我々の領地)を『攻撃』しようとしている、と」


俺の口元が、歪む。


「『国王陛下』への報告(密告)の準備を整えろ、とな」


「ハハッ! 承知!」


ゲイルは、獰猛な笑みを浮かべ、再び俺の筋書きを実行する駒となり駆け出した。


(……俺の描いた『筋書き(シナリオ)』通り。王子と聖女が、自ら『破滅の引き金』を引いたのだ)


俺は、暖炉の火を見つめる。


炎が、まるで断頭台の刃のように、赤く輝いていた。


俺は、静かに呟いた。


紅茶の、最後の一滴を味わうように。





「――ああ、実に、効率的な『害虫駆除』だ」





まもなく『第1部』の幕が、今、下りる。


ヴィランたちが、自ら築き上げた断頭台へと、その足を一歩、踏み出したのだ。




フン。第13話の読了、ご苦労だったな。ヴィンセントだ。

……『舞台』は整った。あの愚かな主役どもが、自ら『反逆』という名の『ショー』を演じに、わざわざここまでやって来る。

この『ビジネス(復讐)』のクライマックスが見たいなら、『対価(★)』を置いていけ。


次回、14話『終わりと断罪と復讐と』


あの害虫どもがどんな顔で自らの罪を証明し、無様に『処理』されるか……

なかなかに悪くない『喜劇』だ。もてなしてやろう。

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