元カレ展示会
片思いしている入社同期の大和田さんから展示会の招待状をもらった。「大和田元カレ展示会」という、大和田さんの元カレを展示するイベントらしい。
せっかくの招待を無下にするわけにもいかないので、僕は招待状を握りしめて雑居ビルの一室を訪れた。受付には大和田さんが座っていて、僕以外に人はいなかった。
せっかくだから私が直接案内してあげる。大和田さんはそう言って立ち上がった。見る順番は自由だけど、時系列に並んでいるからその順番で見るのがおすすめだというので、僕は大和田さんと共に一番最初の元カレから鑑賞する。
展示物の元カレは一人一人ショーケースに入れられていた。
「これは私が一番最初に付き合った金城克己くんです。中学二年の秋に同じクラスの金城くんから告白されて付き合い始めました。正直、恋愛とかよくわかってなかったから、毎日学校から一緒に帰るくらいしかカップルらしいことはしてませんでした。最後は金城くんが、自分はこんなに好きなのに気持ちが一方通行すぎて辛いと泣いたのに引いてしまって、そのまま別れました」
僕はショーケースに入っている金城くんを鑑賞した。金城くんはその当時の中学生の姿で展示されていて、真面目だけど爽やかな好青年という感じで好感を持てた。
「次は秋城風磨くんです。秋城くんとは高校三年生の一学期にほんの少しだけ付き合ってました。どっちから告白したのかはちょっと覚えてなくて、なんとなく付き合い始めてなんとなく別れた感じです。その時はある程度知識もあったから手を繋いだり、キスをしたりしてました。別れた原因は、秋城くんの友達が私のコンプレックスだった鼻を馬鹿にするようなことを言ってきた時、秋城くんもそれに乗っかって私を馬鹿にしてきて、私がブチギレたからです。付き合ってる時とかそれより前から無神経なところがちょっと気にはなっていたので、それがなかったとしても長くは続いてなかったと思います」
高校のブレザーを着た秋城くんは顔立ちは整っていたけれど、確かにちょっと無神経そうな顔をしている気がした。
「次は、元カレの中で一番長く付き合ってた三島悠人先輩です。大学生の時に所属していたカヌーサークルの二年先輩でした。私から好きになって、告白も私からしました。同い年しか付き合ったことのなかった私にとっては年上というだけでちょっと魅力的だったし、サークルではしっかりしてる雰囲気を出してるのに、二人きりになってる時はだらしなくなるのが、私にだけ気を許してくれてるって勘違いしちゃったのかもしれません。
悠人先輩は新卒で入った会社を二ヶ月で辞めたので、そこから私の家で同棲してました。悠人先輩の両親とも何回か会ってたし、最後の方はもう家族みたいな感じでした。でも、結局悠人先輩がいつまでも定職につかないで、挙げ句の果てにYouTuberで稼ぐみたいなことを言い始めた頃から気持ちが冷めちゃって、私が大学を卒業したタイミングで別れました。大学時代の知り合いから聞いた話では今も相変わらずぷらぷらしているそうです」
三島悠人さんは笑顔を浮かべたままショーケースに入っていた。どこか気楽で自然体な雰囲気があって、堅苦しさがない人柄に感じられた。もし友達だったら一緒に気楽にバカをやって笑い合えそうな、そんな憎めない人だと思った。
「最後は片桐くんも知っている人です。私たちが勤めている会社の企画営業部の大城部長です。社内で私たちが付き合ってるみたいな噂を聞いたことがあるかもしれませんね。一点だけ補足しておくと、当時大城部長は既婚者だったので、略奪とか不倫だなんて陰で言われてましたけど、私と部長が仲良くなった時にはすでに部長は別居中で離婚調停中でした。まあ、だからなんだと言われたらそれまでなんですけど。
同じ炎上プロジェクトに入れられたのがきっかけで仲良くなって、そのまま一緒に飲みに行くようになりました。身体の関係から始まった恋愛ではあるんですが、部長はいい年してるくせに中学生みたいな恋愛観を持っていて、たまにピュアな恋愛をしているような錯覚を覚えました。
まあでも、上司と部下の関係の延長線上みたいな関係が続いちゃってたっていうのと、嫉妬深くてそれに疲れたっていうのが理由で私からお別れしました。片桐くんは会社の部長の姿しか知らないと思うけど、別れる時部長はは泣いて私に縋ってきました。それがいつもの会社での姿とのギャップで、ちょっとだけキュンってきたのは内緒です」
大城部長は会社のデスクに座った状態でケースに入っていた。仕事ができ、頭が切れることで有名な部長と大和田さんとの噂は僕も聞いたことがあった。だけど、本当に交際していたとは思ってもいなかったし、大和田さんが語る部長の様子がいつもの部長の様子とあまりにも異なっているので、全然想像がつかなかった。
これで私の元彼展示会は終わりです、と大和田さんが僕に告げる。それからじっと見つめてきたので、感想を求められているんだと気がつき、「楽しかったよ」と答える。
「そういえばだけど、片桐くんって私のことが好きだったよね?」
あまりにも唐突に大和田さんが聞いてきたので、僕は反射的にそうだよと答えてしまう。
「今でもその気持ちは変わらない?」
大和田さんの言葉に僕は嘘偽りない気持ちで頷いた。大和田さんは「ありがとう」と答え、「私も片桐くんのこといいなと思っている」と返事をくれた。それから僕と大和田さんは何も言わずにその場で手を取り合い、誰もいない展示会で見つめ合った。これはもう付き合ってるってことでいいんだよね、と尋ねると、大和田さんはもちろんと答える。僕が大和田さんの彼氏になった。正直実感なんてなかったから、僕は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
「それじゃあ、片桐くん。どうぞ」
大和田さんはそう言いながら、大城部長が入っているケースの横にあった、何も入っていない空のケースを指差した。僕は大和田さんに頷き、ケースの中に入っていった。ケースの中に入った僕に対して、大和田さんはケースの外から満足げに微笑んでくれた。それじゃあ、今日はこれでおしまいだから、おやすみ。そう言って大和田さんは僕の前から姿を消し、少ししてから部屋全体の照明が落とされた。
僕は暗くなった展示会場のケースの中で体育座りをしながら、真っ暗な部屋の中を見つめ続ける。そして、今日見た大和田さんの元彼の姿を思い出しながら、自分が大和田さんの彼氏になったということをようやく実感するのだった。