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火鳥のゐない事

〈通院の面倒も(らく)五月末 涙次〉



【ⅰ】


 永田です。火鳥の事があつてから、流石に夜眠れず、病院のお世話になつてゐる。

 私は3年ほど前、カンテラと出會つて間もない頃、この病院に入院してゐた。

 看護師、介護士、お掃除の人、当時と變はらぬ人びとが在職してゐて、よく診察待ちの時間帯、話をする。女性の介護士さんからは「イケをぢ」と呼ばはりされるが、何せ病院内の事である。

 介護士、と云へば、私のバイクに對する浪漫的な思ひに火を點けた人がゐて、尤も、彼はリッター越えのホンダ CBXに乘つてゐて、私のやうな街乘り専門でなく、本格的に峠を攻めたり、休暇にはロング・ツーリングに行く本格派なのだが、まあ私が退院後50歳(ごじふ)の手習ひで、教習所に通つたのも、その人の影響あつての事なのである。

 私はだうやら入院患者としては、印象的だつたのだらう。話はいつも花が咲く。


 今朝、月イチの通院に、GPX popz110に乘つて、ぽこぽこと行つてきた。ヤマハ Vinoora Mには、火鳥の最期の思ひ出が漂つてゐて、今のところ、余り乘る氣になれない。病院ロビーのテレビでは、莫迦な藝能人どもがモスバーガーを頬張つて、蘊蓄を垂れてゐる。日頃もつと美味い物を食ひつけてゐるだらうに。



【ⅱ】


 で、病院隣のコンビニの前で煙草を喫つてゐると、テオからスマホに電話が來た。私も最近スマホを使ふ。「カンテラ兄貴とじろさんが組打ちするよ。兄貴はしかも眞剣だよ」と云ふ。コンビニのイートインコーナーで、カップラーメンを啜つた後、私はpopzを中野に向けて發進させた。


 カンテラに初めて會つた時、私は事務所内「相談室」の客だつた。私は、ぢめぢめと續く、私の狂氣にほとほと嫌氣が差して、カンテラの*「秘術・雜想刈り」を受けたく、彼に相談したのだが、カンテラ「貴方は小説家の卵だと云ふ。そんな人には大事なんぢやないですか、内包する狂氣と云ふものは」と云ひ、私の依頼をやんはり断つた。「ニーチェだつて、彼の狂氣の潜伏期間に、ものを書いたのでせう? 内に飼ふ狂氣がなければ、ものなんて書けませんよ」。私は彼が、ニーチェの譬へを出したのには、正直驚いた。文學・哲學の人ではない、と勝手に思ひ込んでゐたのだ。私はニーチェは『この人を見よ』しか讀んだ事がなく、然も彼はその著作の後、長い沈黙(狂氣が顕在化したのである)に落ち込む。


『この人を見よ』の讀後は、この書は、ヴィルヘルム・ライヒの『きけ、小人物よ!!』の、謂はゞニーチェ版なのではないか、さう思つた。



* カンテラの、刀術・『修法』の丁度中間點にある技。刀を使つて、人の雜念を文字通り「刈り取る」。彼は、私にとつては、狂氣は雜念の類ひではないと云ひたかつたのだらう。恐るべき洞察力である。



【ⅲ】


 ライヒは晩年、アメリカに移り住んでから、主にオルゴン・マシーンの研究に力を注いでゐた。オルゴンがエロ話によく引用されるのは、これが身體活性化の為の機械であり、男性ならインポテンツが治る、女性なら忘れられたエクスタシーの經驗を再び取り戻せる、と云ふ、ライヒの「お触れ」があつたからである。ライヒは多分、それを信じる事に依つて、人の心理なる物までもが活性化される、その最後の頼みの綱として、オルゴンを自己規定してゐたのだと思ふ。


 余談が長くなつた。カンテラとじろさんの組打ち、だつたね。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈水飲みてなりたき物は水なりとふざけたとても水に染まれり 平手みき〉



【ⅳ】


 カンテラ事務所前の通り、所謂「カンテラ通り(・ストリート)」近邊に住む人たちは、半分胡散臭ひと思ひつゝ、彼ら一味の、【魔】退治の神秘に触れられるので、よい退屈凌ぎだと感じてゐるのではないか。自慢の種にもなるだらう。


 * テレビ局(楳ノ谷汀)主導により、カンテラ・じろさんは「演武」を公表した事があつた。その時、カンテラは確か木刀を使つてゐたのだと記憶してゐる。今回は、カンテラ、眞剣だと云ふ事で、ストリートはやんやの人だかりであつた。


 カンテラ、ぎらり、傳・鉄燦を拔く。ぢりぢりと間合ひを詰める。じろさんは、先の「演武」とは違つて、ちよこまかと細かい動きをして、カンテラに隙を見せまいとする。合氣の達人・塩田剛三も云つてゐたが、合氣はスピードが命なのである。カンテラは、狙ひ定め難く、愛剣を正眼に構へ、だうとも動きが取れぬ。だが、じろさんも、「受けの武術」である「古式拳法」の長點をなかなか發揮できない。カンテラがもし前進してきたら、じろさんの勝ちだ。彼は、眞剣白刃取りを心得てゐる。刀をその兩掌に挾まれたら、カンテラ、身動きが取れないだらう。


 で、試しに、だと思ふが、じろさんカンテラの着物の袖を取りに左手を伸ばした。カンテラ、落ち着いて(まさかじろさんが左手を使つてくるとは、と私は思つた)、正眼から突きへと刀相を變じ、すれすれのところでじろさん、斬られる寸前の「間」を味はふ。観衆がざわめいた。初めての、所謂(彼らが望む)「チャンバラ」めいた動き。だが、これはこゝで収まつた。じろさん、観衆に「私の負けです」と宣告。その意味をよく理解出來ぬ人はぶー垂れてゐたが、剣道、或るひは合氣道に詳しい人なら、じろさんの潔さに、温かい拍手を送つたゞらう。さう、この「死合」、じろさんの負け、であつた。だが、じろさんが動きを見せた事は、彼がたゞ負けたのではない事を、如實に表してゐた。云つてみれば、兩者、互角の上での、負け、だつたのだ。



* 当該シリーズ第48話參照。



【ⅴ】


 私は、「いゝ物観たな」と云ふ氣持ちで一杯だつた。火鳥よ、何故この瞬間を共有出來ぬ。と、少しばかり人知れず涙をもこぼした。カンテラもじろさんも、己れの持てる最大限を、野次馬風情に見せて、少しも文句を云はぬ。そのサーヴィス精神、及び、切磋琢磨の心、私は物語作者として學びたかつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈走り梅雨曇天の朝もの思ふ 涙次〉



 同時に、この類ひ稀な「アトラクション」に招いてくれた、テオにも感謝した。が、私は誰にも聲を掛けずして、その場を立ち去つた。感動を利用して迄、私は自分が「カンテラの係累」だとアピールしたくはない。たゞ、前述の通り、火鳥の不在を、一人、思ひ詰めてゐた。



 お仕舞ひ。


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