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4話「荒れ野からの声」

ユダヤの荒れ野は、今、不思議な緊張に包まれていた。人々は長い間、解放者を待ち望んでいた。ローマの支配下で息づく民の心には、メシアを待ち焦がれる思いが日に日に強まっていた。


そんな時代に、一人の預言者が現れた。


ヨハネという名のその男は、まるで古の預言者エリヤが蘇ったかのような風貌をしていた。らくだの毛で織られた粗末な衣をまとい、腰には古びた革の帯を締めていた。その生活は極めて質素で、野に住むいなごと岩間に滴る野蜜だけを口にしていた。


だが、その存在は異様なまでの存在感を放っていた。長い間、イスラエルには預言者が現れていなかった。それは神の沈黙の時代とも呼ばれ、民は預言の声を渇望していた。そして今、四百年の沈黙を破るように、一つの声が荒野に響き渡った。


「悔い改めよ。天の国は近づいた」


その声には、魂を揺さぶる力があった。それは単なる叫びではない。イザヤの預言の成就であり、神の計画の始まりを告げる声だった。


「荒れ野で叫ぶ者の声がする。

 主の道を整え、

 その道筋をまっすぐにせよ」


朝まだき、夜明けの光が地平線を染め始めると、人々は続々とヨルダン川のほとりに集まってきた。エルサレムの住人、ユダヤの村々の農夫たち、ヨルダン川沿いの町の商人たち。身分の高い者も低い者も、この預言者の前ではみな等しく罪を告白する者たちだった。


ヨルダンの清らかな流れに身を沈める者たち。その表情には深い悔恨の色が浮かび、同時に新しい希望の光が宿っていた。水から上がる時、彼らの顔は喜びに輝いていた。それは魂の重荷から解放される瞬間だった。



しかし、ある日、群衆の中に異質な一団が現れた。ファリサイ派とサドカイ派の指導者たちである。彼らは民を導く立場にありながら、その実、権力と富に執着し、律法の真の意味を見失っていた。豪奢な衣装に身を包み、高慢な態度で歩み寄る彼らを見た時、ヨハネの目に燃えるような怒りが宿った。


「蝮の子らよ」


その声は雷鳴のように群衆を貫いた。人々は息を呑んだ。誰もがこれらの指導者たちを恐れ、彼らの前では沈黙を守ることを知っていた。しかし、ヨハネは違った。


「差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか」


恐れおののく指導者たちを前に、ヨハネの声は更に鋭さを増した。

「悔い改めにふさわしい実を結べ」


彼らが口を開こうとするのを見て取り、ヨハネは先回りして言った。

「『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな」


足元から一つの石を拾い上げ、高く掲げる。朝日に照らされた石は、まるで生命を宿しているかのように輝いていた。

「言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる」


ヨハネは近くの大きな木の幹に手をかけた。その仕草には、来たるべき裁きの厳粛さが表れていた。

「斧は既に木の根元に置かれている」

その声は、荒野の風のように冷たく鋭かった。

「良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」


しかし、ここでヨハネの声は突如として変化した。それは今までの厳しさとは異なる、深い畏敬の念に満ちた響きを持っていた。彼の目は、遠くの地平を見つめるように輝いていた。まるで、今は見えないが、確かに近づいてくる方の姿を見ているかのように。


「わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けている」

その声には、これまでの力強さとは違う、深い謙虚さが滲んでいた。

「しかし、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる」


ヨハネの声は更に小さくなり、ほとんど祈りのような響きとなった。

「わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない」


ヨルダン川の清らかな流れが、静かに音を立てていた。陽光は水面で煌めき、その光は神の約束のように美しかった。

「その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる」


ヨハネは両手を広げ、脱穀場での作業を思わせる仕草をした。まるでその光景が目の前に広がっているかのように。

「その方は、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにされる。麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる」


人々の心には、この預言者の言葉が深く刻み込まれていた。それは裁きの警告であると同時に、新しい希望の約束でもあった。


ユダヤの荒野に立つこの預言者の存在は、長い沈黙の後に再び始まった神の働きの証であり、やがて来たるべき大きな変革の前触れだった。



そのときである、ガリラヤの方角から一人の人が歩み寄ってきた。その姿を見た瞬間、ヨハネの心臓が大きく波打った。母の胎内で最初に感じた、あの鼓動が蘇ったのだ。


その方の佇まいには、この世のものとは思えない静けさがあった。その目には深い慈しみが宿り、その歩みには確固たる意志が感じられた。人々の中に紛れるように、その方は洗礼を求めて並んでいた。


ヨハネの魂が震えた。自分こそがその方の前にひれ伏すべき者であることを、全身の細胞が叫んでいた。長年待ち望んでいた方が、今、目の前に立っておられる。


「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに」

声が震えた。今まで大胆に罪を指摘してきた預言者の声が、初めて躊躇いを見せた。

「あなたが、わたしのところへ来られたのですか」


しかし、イエスの声は静かに、しかし確固として響いた。それは天の意志そのものを表す声だった。

「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです」


その言葉に込められた深い意味を、ヨハネは直感的に理解した。これは単なる謙遜ではない。神の計画の一部なのだ。天地創造の初めから定められていた瞬間が、今、実現しようとしていた。


ヨハネは従った。その手が震えていたが、それは恐れではなく、聖なる畏れによるものだった。


イエスが水に身を沈められた時、ヨルダン川の流れさえもが、その瞬間を理解したかのように静まり返った。そして、その方が水から上がられた時、天地を揺るがす出来事が起こった。


天が開いた。


それは単なる視覚的な現象ではなかった。天と地の境が取り払われ、神の世界と人の世界が一つになる瞬間だった。神の霊が、鳩のように降り、イエスの上にとどまった。


その時、天からの声が響き渡った。

「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」


ヨルダンの流れは静かに続き、陽光は水面で輝いていた。しかし、この瞬間を境に、世界は大きく変わった。人類の歴史の中で最も重要な転換点。新しい時代の幕開けだった。


ヨハネは、自分の生涯の意味を完全に理解した。主の道を整えるという預言の成就。それは新しい契約の始まりを告げる瞬間であり、同時に自分の使命の完成でもあった。


静かに流れるヨルダン川の水面には、夕陽が黄金色に映り、天からの祝福を映し出しているかのようだった。この水は今、最も神聖な洗礼の証人となったのだ。


ヨハネは、その光景を魂に深く刻み込んだ。荒野で叫ぶ者としての自分の声は、今、真の声なる方によって完全な意味を与えられたのだった。

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