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3話「ベツレヘムの涙」

ヘロデ王の怒りは、エルサレムの宮殿全体を震わせた。


「私を愚弄したというのか!」

王の叫び声が広間に響き渡った。占星術の学者たちが別の道を選んで帰国したことを知った瞬間だった。王の顔は歪み、その目は血走っていた。


「彼らは確かに、星を見たのは二年ほど前だと言っていた」

側近が恐る恐る進言した。


「よかろう」

ヘロデは低い声で言った。その声には、凍てつくような冷たさが宿っていた。

「ならば、その年齢までの男子を...すべて」


側近たちの顔が青ざめた。

「王様、それは...」


「黙れ!」

ヘロデは立ち上がった。

「私の王座を脅かすものは、芽のうちに摘み取らねばならぬ。命令を出せ。ベツレヘムとその周辺の二歳以下の男子を、一人残らず処刑せよ」



その夜、ベツレヘムに悲劇が訪れた。


兵士たちが街を包囲し、家々を次々と調べていった。母親たちの悲鳴が夜空に響き、幼子たちの泣き声が闇に消えていった。


「お願い、この子だけは!」

「なぜ、罪のない子どもたちを!」

「神様、どうか!」


嘆きの声が街中に満ちていった。それは預言者エレミヤが預言した通りだった。ラケルの嘆きが再び此処に現れたのである。


「ラマで声が聞こえた」

古の預言者の言葉が、今、現実となっていた。

「激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、子供たちがもういないから」


母親たちは嘆き悲しみ、その悲しみは慰められることがなかった。暁の光が差し始めても、街は深い悲しみに包まれたままだった。



その頃、エジプトでは、ヨセフが不思議な夢を見ていた。


「起きなさい」

主の御使いの声が、静かに、しかし確かに響いた。

「幼子とその母を連れて、イスラエルの地に戻りなさい。幼子の命を狙っていた者たちは、もういません」


ヨセフは目を覚まし、マリアを優しく起こした。

「主が語られました。ヘロデが死に、もう安全だと」


「けれど...」

マリアは幼子を抱きしめながら不安そうに言った。


「主が導いてくださる」

ヨセフは静かに答えた。

「エジプトまで私たちを守ってくださった主が、必ず道を示してくださるはずです」


彼らがイスラエルの地に近づいたとき、新たな知らせが届いた。ヘロデの子アルケラオが、父の跡を継いでユダヤを治めているというのだ。


「ユダヤに戻るのは危険かもしれません」

ヨセフは心配そうに空を見上げた。


その夜、再び夢の中で導きを受けた彼らは、ガリラヤ地方へと向かった。そしてナザレという小さな町に住むことを決めた。それは、預言者たちの言葉が実現するためだった。


「彼はナザレの人と呼ばれる」


かつて語られた預言の言葉は、こうして静かに成就していった。ベツレヘムの悲劇を経て、神の計画は確かに、しかし目立たない方法で進んでいった。小さな町ナザレで、幼子イエスは成長していくことになる。


それは、人の暴力さえも神の計画の中に織り込まれ、救いの歴史が紡がれていくことの証であった。ベツレヘムの無垢な犠牲の上に、新しい希望の光が、ナザレの地でひっそりと育まれていくことになったのである。

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