車窓のうつろい
目を開けると、窓外に広がる菜の花畑のイエローが飛びこんできた。
耳を傾けると、ボックス席の下からディーゼルエンジンのうなり声が聞こえる。
私は、この光景に覚えがあると思った。同時に、これは現実ではないと気付いた。
なぜなら、この路線は私が上京する直前に廃線となったからだ。
最後に乗車したのは、中学の卒業式の日だったな。
ノスタルジアに浸っていると、列車はトンネルに入った。
暗やみを抜けると満開のひまわり畑が広がっていた。
ボックス席の向かいには、おさげ髪の文学少女。手元には岩波の文庫本。
私は、すぐに彼女が知り合いであるとわかった。
酒蔵の一人娘で、二年の夏まで同じクラスだった子だ。
都会の女子校へ編入したきり、クラス会でも見かけていない。
郷愁にほろ苦さが加わったと思っていると、列車は鉄橋に差しかかった。
鉄橋の向こうの山々はいちょうで黄葉していた。
うつむく私の足元には、先端にグローブを通したバットがあった。
引退試合を終えるやいなや、進路という重荷に苦しめられていた。
担任はスポーツの強豪校を熱心に勧めてきた。
しかし妹や病弱な弟のことを考えると、私学に進むのははばかられた。
切り捨てた選択肢に哀惜の念をいだいていると、前方にホームが見えてきた。
駅舎の屋根には、かわらが見えないくらいの雪が積もっていた。
改札口に立つ駅員は、私の顔を見ると不思議そうな表情をした。
はさみが入った硬券を渡して外へ出ると、若い母が幼い弟を背負って待っていた。
手を振るふたりの方へ歩き出そうとすると、腕をつかまれ引き留められた。
後ろを向くと、そこには年老いた妹の姿があった。
もう一度前を向くと、ふたりの姿は遠くかすんでいき、目の前が真っ白になった。
気がつくと、私は病室のベッドの上にいた。
医者の話では、ふろ場を出てすぐの廊下でうずくまっていたそうだ。
第一発見者は妹で、早期の通報が救命につながったのだという。
ひょっとしたら、私が乗った列車は黄泉行きだったのかもしれない。
亡き母よ。亡き弟よ。
今度会うのは、まだもう少し先にしておくれ。