悪役令嬢「婚約破棄!? 思い当たるフシが多すぎるのですけど、どの罪状でして!?」王子「エイリアンが侵略してきたから」
「リリーナ。君との婚約を破棄させてもらう」
とうとうこの日がやってきた。
この国の第一王子から堂々と婚約破棄を宣告され、私は瞑目して天を仰いだ。
私はこれまで好き放題に生きてきた。
類稀なる美貌に、公爵令嬢という地位。この私に意見できる者はこの世に数えるほどしかおらず、自然と私は道を踏み外した。
――端的にいえば、めっちゃ汚職とか横領とかした。
国民の血税を横領して夜の街に繰り出し、大勢のイケメンを囲んで呷るワインの味は格別だった。
イケメンの中に他国のスパイが紛れていて、うっかり国家機密を漏らしてしまい大問題になったこともある。
「私もここまでのようですね……」
覚悟はとっくに決めていた。
私が豪快かつ盛大に横領しまくってきたせいで、国家財政は火の車である。数か月前に私とグルだった財務担当者が夜逃げした時点で、遅かれ早かれこんな結末を迎えるのは分かっていた。
まあいい。
私はもう一生分楽しんだ。
後は獄中でつつましく余生を送るとしよう。即刻死刑かもしれないけど。
「ところで、婚約破棄の決め手は何でしたの? 思い当たるフシは山のようにあるのですけど……」
「エイリアンが攻めてきた」
「は?」
「我が国は今、エイリアンからの侵略を受けている。だから君だけでも逃げて欲しい」
「待って」
あまりにも予想していなかった角度の破棄理由が来て、私は思わず真顔になる。
「それはあまりにも荒唐無稽というものでしょう。冗談を仰っているのですか?」
「冗談なものか。窓の外を見たまえ」
王子は執務室の窓を指差した。
私がそちらを向けば、王都の上空に「ゆんゆんゆん」と奇妙な音を立てる巨大な円盤が浮かんでいた。
しかも円盤から降り注ぐレーザーで王都のあちこちから火の手が上がっており、民衆の悲鳴も絶えまなく響いている。
「えっ」
マジだった。本当にエイリアンが攻めてきていた。
っていうか、なんで今まで気づかなかった私。
「王都だけではない。既に国土の八割が奴らの手に落ちた。この城もじきに占拠されるだろう」
そう言って王子は城門の方を指差す。
棍棒を持った緑色のゴブリン的生物が、大挙して城門に押し寄せてきていた。
「あんな円盤を作れる科学力のわりに、ずいぶんと文明レベル低めのエイリアンではありませんこと?」
「おそらくは使い捨ての生物兵器だろう」
なるほどと私は唸る。
いいや、今はそんなことに感心している場合ではない。
「殿下。もうこの国がここまでとあらば――懺悔させてくださいまし。私はこれまで汚職や横領に手を染めてきたのです。『逃げろ』だなんて言ってもらえる人間ではありません」
「ふっ……知ってたさ、そんなこと」
「とんだ国賊じゃありませんの」
国家財政が傾くほどの横領を見過ごしていたなら、こいつは王子失格だ。
横領していた張本人の私が言うのもなんだが、死罪に値する罪だと思う。
「ふふ。君がとても楽しそうに散財するものだから……ついその笑顔を見続けたくなってしまったんだ」
「爽やかな笑顔でサイコ野郎みたいなことを言いますわね」
「ちなみに君が侍らせてたイケメン軍団だけど、たまに僕も紛れていたよ」
「どういう感情で紛れていたんですの?」
なんか王子に似てるイケメンがいるなと思ったことはあったが、まさか本人だとは思いもしなかった。だって全員パンツ一丁にさせてたし。第一王子にあるまじき痴態だったし。
「リリーナ。思い出話に浸りたい気持ちは分かるけど、そんなことより今はエイリアンだ」
「『そんなことより今はエイリアンだ』ってワードがズルすぎましてよ。だいたいのことが吹き飛んでしまいますわ」
私の汚職三昧も王子の奇行も、すべて棚に上げられてしまう。
どちらも平時なら大法廷で裁かれるべき事案なのに。
「実は侵略前に奴らから通達があったんだ。『第一王子の婚約者であるリリーナという女を差し出せば、この星に手を出さないでおいてやる』と」
「えっ。なんで私なんかがエイリアンに名指しされてるんですの?」
「君が侍らせていたイケメン軍団の中にエイリアンのスパイがいて、奴らの最高指導者が君を見初めたらしい」
「あのイケメン軍団、スパイだらけじゃないですの」
まさか宇宙からのスパイまで紛れていたとは。夜の街というのは本当に恐ろしい。
「というか、そういうことなら早く私を差し出せばいいじゃありませんの」
「ふっ……この世のどこに、愛する女性を黙って差し出す男がいるんだい?」
「横領犯を突き出して和平が買えるなら普通に一石二鳥ですわ」
それ以外の選択肢を取る奴の方がおかしい。
つまり目の前の王子は頭がおかしい。
「ああ、普通はそうかもしれない。でも僕は思ったんだ。もしかしたら君はこんな日が来ると分かっていて、突き出されやすいようにわざとあんな汚職をしていたんじゃないかって……」
「こんな日が来るなんて夢にも思わねぇでしてよ」
そんな私の反論を大して聞かず、王子は優しく微笑んだ。
すごく気持ち悪かった。
「奴らは君を生け捕りにしようとしている。この城にレーザーみたいな大規模攻撃は撃ってこないはずだ。籠城して時間を稼ぐから、その間に地下の隠し通路から逃げてくれ」
「いや普通に私が降伏しますから」
「そんな……国のために自らの身を捧げるなんて、君はなんて慈愛に満ちた人間なんだ……」
「嫌味で言ってんですの?」
なおも私を引き留めようとする王子と押し問答になりかけた――そのとき。
突如としてエイリアンの円盤が爆発・炎上した。
バラバラになって墜落していく円盤。生物兵器たちも途端に苦しみ始め、どういう原理か知らないが、灰となって消えていった。
「なんだ……? 何が起きた……?」
王子が当惑していると、執務室のドアをバンと開いて血まみれの男が駆けこんできた。
数か月前に夜逃げしたはずの、私とグルになって横領しまくっていた財務担当者だった。
「ハァハァ……やりました、リリーナ様。数か月前から奴らの母船に潜入し……ずっと破壊工作の機を窺っていたのです。上手く爆弾を仕掛けて、落としてやりましたよ……」
そう言うと彼は、力尽きたようにバタリと床に倒れ込んだ。
その姿を見た王子は、両目に涙を滲ませた。
「そうか。君はリリーナのために……」
「ちょっと待ってください。マジで状況に理解が追いつかねぇんですけど」
「リリーナ様。私はあなたと一緒に国庫から横領しまくった日々が……とても楽しかった。だからエイリアンがあなたを狙っていると知ってすぐ、奴らを倒すために動き始めたのです……」
「うわ。生きてた上になんか語り始めましたわ」
財務担当者は血まみれのわりに結構元気だった。少なくともここで死にそうにはない。
王子は血に汚れることも厭わず、彼の手を握った。
「よくやった。君こそ真の忠臣だ」
「ふ。買いかぶらないでください。私はただの横領好きなしがない役人です……」
「謙遜とかじゃなく普通に最悪ですわ」
そこで、窓の外から新たな悲鳴が上がった。
見れば墜落した円盤がガシャンガシャンと変形し、巨大な人型駆動兵器になっていた。
王子が悔しそうに歯噛みして嘆く。
「くそっ。第二形態か……」
「もうなんとでもなれですわ」
私はいよいよ現状理解を放棄し始めた。
王都を踏みにじって進撃してくる人型駆動兵器は、やがて王城の前で立ち止まった。
「王子よ。今すぐ降伏してリリーナ嬢を差し出せ。その女はこの吾輩――宇宙覇王様の妃となるのだ」
「肩書がダセェですわ」
思わず私は呟いた。
が、謎テクノロジーの塊である人型駆動兵器は、そんな私の呟きもしっかり聞き取っていたらしい。
「おお、我が愛しのリリーナ嬢。誤解しないで欲しい。この宇宙覇王というのは肩書ではなく本名だ。姓が宇宙で、名が覇王だ」
「信じらんねぇネーミングセンスしてますわね」
「しかるに私の妃となれば、君は『宇宙リリーナ』という名前となる」
「だいぶ嫌ではありますけど、宇宙覇王に比べたらマシだから耐えますわ」
そして私は窓枠に足をかけ、身を乗り出した。
「逃げも隠れもしません。私はそちらに嫁ぎましょう。だからこれ以上、この国に手出ししないでくださいまし」
「おお! 分かってくれたか!」
嬉しそうに宇宙覇王が叫ぶ。(人型兵器のスピーカーごしに)
一方、私の背後では王子と財務担当者が悲痛な声を上げた。
「そんな! リリーナ様! 諦めないでください! また私と一緒に横領しまくりましょう……!」
「そうだ! 君だけが犠牲になる必要なんてない! 横領していようが汚職していようが、僕は君のことを心から愛している!」
うるせえなこいつら。
私が侮蔑の表情で彼らを振り返ったとき、
「え、待って。リリーナ嬢って横領してたの?」
宇宙覇王がそう言った。
明らかにちょっと引いた感じのトーンで。
「まあ、国が傾く勢いで横領してましたけど……」
「ええ……それはマズいであろう……。確かに金遣いが荒いとは思っていたが……」
宇宙覇王の声がちょっと細くなってきた。
そこで対照的に、王子が声を荒らげた。
「なんだと貴様! 男なら妃にいくらでも貢いでしかるべきだろう! 愛する女性の笑顔を見るためなら、どんな出費だって安いものだ!」
その主張を聞いた宇宙覇王は、ううむと唸って言う。
「そういう問題ではない。吾輩も妃には贅沢をさせたいと思っているが、横領というのは一線を越えている。金額の多寡ではなく『手を付けてはいけないお金に手を付ける』というモラルの問題だ」
ぐうの音も出ない正論だった。
王子と財務担当者は完敗を喫して泣き崩れている。これが宇宙覇王の実力。
「というわけですまないがリリーナ嬢。そなたとの婚約は破棄させてもらう。横領の前科があるものを妃に迎えるわけにはいかんからな」
「あ。じゃあ帰ってくれるんですの?」
「無論だ。街や人々に与えた被害も帰り際にしっかり直していくから気にするな。我々には死者すら蘇らせる修復光線がある」
さすが宇宙覇王。モラル面があまりにもしっかりしている。
目の前の人型駆動兵器に私は眩しさすら覚えた。
「よかったよリリーナ。これで僕らは無事に結ばれるというわけだね……」
それに比べてこの王子ときたら。
ここまでの異常者とは思わなかった。こんな男と結婚するくらいなら、私は喜んで自首してやる。
もう悪いことなんてしない。獄中で平穏な暮らしを送るのだ。
そこで去り際の宇宙覇王が、こちらを(人型駆動兵器で)振り向いた。
「そうだ、王子よ。これは貴殿の国を騒がせた迷惑料だ」
ぴかっと人型駆動兵器が謎ビームを照射する。
すると石造りの王城が、みるみるうちに眩い黄金へと変化していった。
「これは、なんということだ……!」
黄金と化した床に手を触れ、王子が驚嘆する。
城そのものが黄金と化したということは、その価値は計り知れない。もしかすると――いや、もしかしなくとも、私の横領額なんてカバーして余りある。
――つまり、国家財政の破綻は回避された。
そう気づいた瞬間、私は王子の手を握っていた。
「今すぐ結婚しましょ?」
それから私はとても寛容で素晴らしい夫のもと、大いに生涯を楽しんだ。
民衆たちの間では、いい意味でも悪い意味でも『お似合い夫婦』と言われていたそうだ。
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また、現在「二代目聖女は戦わない」という長編作品も連載中です!
コメディ要素も多めの作品ですので、本作と併せて読んでいただけると嬉しいです!
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