ループのご利用は計画的に
また今回もダメだった。いくら時を巻き戻しても彼女を救えない。百回を越えてから数えることもやめてしまった。(いっそのこと諦めて僕も死ねば……)なんて悩みもしたが、それでも彼女が助かる可能性を捨て去ることなんてできなかった。
僕は24時間前に飛ぶことしかできない。だから、いつまでも落ち込んではいられない。再び過去に戻ろうとしたそのとき、知らない男に声をかけられた。
「佐藤颯太か?」
「……はい。そうですが、あなたは?」
返答の代わりに男は隠し持っていたナイフを躊躇なく僕の腹に突き刺した。感じたことのない激痛に襲われ、倒れたまま悲鳴をあげることしかできない。
「……お……まえ……は誰なん……だ……」
「赤の他人だよ。でも、俺はお前に妻を135回殺された。時を戻して彼女を救う悲劇のヒーローごっこは楽しかったか? それに巻き込まれて苦しむ人間がいるなんて考えたこともなかったんだろ。俺のループはな、居眠り運転のトラックに轢かれて死んだ妻と、霊安室で対面する瞬間から始まるんだよ」
意識が朦朧としているが、男は構わず話し続ける。
「最初は気が狂ったのかと思った。その後、まぎれもない現実だと分かって、今度は妻が復讐のチャンスを与えたのだと考えた。あいつがそんなことを望むわけないのにな。運転手を殺した回数は覚えてない。だが、いつまでたってもループは終わらない」
「このクソみたいな現象を引き起こしているやつがいるなら、そいつの息の根を止めるしかない。決心して探し始めてみたものの、まるで雲をつかむような話だ。もし事故や事件を未然に防ごうとしているのなら、ニュースになる前に次のループに移っている可能性が高い。実際、お前もそうしていたんだろう? その子を救うために」
ああ、そうか。すっかり感覚がマヒしていた。通り魔に刺された彼女の死体がすぐそばにあるのに、この男は平然と僕に話しかけてきた。その異常行為に違和感を覚えないほど、僕はおかしくなっていたようだ。
「お前を見つけ出すためにどれだけ俺が苦労したか、じっくり語りたいところだが、もうそろそろ限界だろう。お前は想像力の足りないバカだが、同情もしている。もし俺がその力を持っていて、妻を救える可能性があるのなら、同じことをしない保証はないからな」
男の声がどこか遠くから聞こえる。視界もほとんど真っ暗になってきた。本当におしまいらしい。最後まで彼女を救えなかった。でも、これでやっと一緒になれるはず……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お前を見つけ出すために……くくっ……ははっ……あははははっ……はぁ……まじか、ちくしょう。クソ野郎が他にも現れるなんて」
突然笑い出した男。血が足りず脳が働いていないせいで、何が起きているか理解するまで時間がかかった。
「とりあえず百回くらい、お前が死に続けるところを眺めていたい気持ちもあるが、俺もさっさと妻のところに行きたいんだ。お前を地獄の苦しみから解放するのは気に入らないが、息の根を止めてきてやるよ。このループを始めたクソ野郎の」
男はそう言い残して立ち去った。僕もようやく自分がしでかしてきたことの重大さを理解した。そして、どこまでも身勝手ではあるけれど、あの男が無事に約束を果たしてくれることを、心の底から願ってしまっていた。