87話 『未来』
学校が終わった後も色々各所を回ってみた結果、判ったのはおおよそ予想通りだった。
公園の魔物の大量発生、『フォレストゴーレム』の討伐、『暴食スライム』との戦闘、『次元スライム』の討伐といった出来事は起きており、基本的に僕は参戦したことになっている。
日常的なイベントでも桜庭さんと共にギルガンで長谷川さんに勝利しているし、天文部にも所属している。部長の雨宮さんも病院でインターンしている事実もあるらしい。
尚、どこか矛盾していることや、別のパターンを指摘してみると、「そうだったかも」やら「そんなこともあったな」と否定こそされないものの、それ以上深く疑問に思う人は皆無だった。
その意味では、先生だけが記憶の違和感に気づいていたことになる。一応、コアの管理者であることが関与している可能性もあるが、繰り返し世界では認識阻害に気づいた時点で認識阻害の制約が解除されていた。その点を考慮すると先生は自力で気づいたと思われるので流石先生だと言える。
「後は、最後の問題をどうするかかな」
この件については直ぐに結論を出す必要はないため、ベッドへと倒れ込みながらゆっくりと考え始める。
繰り返し世界の出来事については皆記憶が残っていたが、1つだけ誰も記憶していない出来事があった。寧ろ、この件に関しては記憶していないどころか、明確に「そんな事は起きてない」と否定されることすらあるくらいだ。
その出来事とは、3回目のアップデート――魔物の魔核が消失し魔石を落とすようになる世界の改変だ。丁度、研究所で話したばかりの出来事である。
その意味では、こっちの件はアルだけは記憶しているようだ。こちらの件については神が明確に隠そうとする意志が感じられるので、アルが自力で気づいたというよりは、アルのバグらない特性が関係しているように思われる。
「あぁ、やっぱり出来そうだ」
右手を天井方向に伸ばして操作するのは、僕が管理している緑色のコアだ。
先生のコアはレベルシステムを管理しているため、先生は膨大なレベルの恩恵を受けることになった。
その点僕のコアが管理しているバグは、時間軸のずれた並行世界に対する干渉と複雑な表現のバグになるだろう。バグの内容は置いておいて、結局具体的に何ができるかと言うと、この世界には丁度良い言葉が存在している。
タイムトラベル。
移動すると同じ世界線でなくなることを無視すれば、誰もが夢想したことがあるその現象を僕は引き起こせてしまう。とは言え、時間を直接制御しているわけではないので、任意の時間に自由に行き来するのは難しい。
移動先がある程度どの時間帯であるかはなんとなく理解できるが、大きく変動しており、やってみないとどこに出るか判らないという側面がある。
だが、その中で特定の時間帯にだけは明確に移動できることが認識できている。その時間帯とは、3回目のアップデート――実際は4回目になるであろうアップデートのタイミングだ。
恐らく僕が既にその事象を経験しているが故に、未来でその事象だけが確定しているのだろう。
「いつ行くべきか、全く決心がつかないな」
行くこと自体は決めている。待っていればいずれ起きるのは確定しているが、それがいつ起きるのかまでは具体的な日付は判別できていない。
但し、移動するのであればその1日前程度であれば調整できそうであるし、出現場所も発生位置に調整することもできそうだ。
ここまで繰り返して世界のバグをデバッグしてきた以上、先生のように最後まで僕に出来ることをするつもりだ。問題となるのは、行くのは簡単であるが戻れる保証がない点だ。いや、戻るのは難しいと言った方が正しいだろう。
行くにあたり心残りは何があるだろうか。なにぶん長く繰り返し生活を送ってしまった。精神年齢的には既に大人の範疇であるだろうし、勉学的にも高校に通う意味も薄くなっている。
あるとすれば、もっと日常的な感情面の方向で――。
――ピン、ポーン――
不意にチャイムの音が聞こえたので、身体を起こし玄関へ向かう。
僕の部屋は鋼板で閉鎖された敷地内なので、特定の人しかやってこない。
そのため誰かを確認もせず「はーい」と応えながら鍵を開けると、その隙間から小さい人影が飛び込んできた。
「お兄ちゃん! 今日のは上手く出来たの! 勝負するわよ!」
遊びに来たのではなく、勝負しに来たと言うのはなんとも梓らしい。だが、その右手に掴んでいるものから想像できる勝負の内容は意外なものだ。
「……野球でもするの?」
その手に持たれているのは木製の赤いバットだ。子供用ではあるものの、梓にとってはまだ持つことはできても振り回すのは厳しいだろう。
「うんん。これはさっき使ったの。柚お姉ちゃんが凄い声で騒いでたから」
「――――あぁ、なるほどね。柚葉さん虫が苦手だから」
どんな事でも臆することのない柚葉さんでも、虫だけは苦手らしく、小さな羽虫でも慌てふためいてしまう。その点では、梓のような子供にも対処能力に負けているだろう。
もっとも、そいつをバットで叩き潰すなんて芸当は僕にもできそうにないが。
「よいしょっと。けっこー大きかったのよ。これくらいかな?」
梓はまだ残骸でもくっついているのではないかと思われるバットを僕の傘立てに無理やり押し込むと、30センチメートル程に両手を広げた。
「ははは、そのサイズなら柚葉さんでなくてもビックリしそうだね。――――じゃあ、野球じゃないなら何で勝負するの?」
「デババトよ。おじちゃんせんせーに教えて貰ったんだから」
先生の呼び方は前に訂正させた筈だが、記憶が混ざっている関係か、どちらも混じってしまっているようだ。
「おっと、これは完敗だね」
「やたー! やっぱり、くじらさん強ーい!」
梓が用意したデッキはクラーケンを主軸に置いた水デッキだった。対戦に使用したデッキは梓との対戦用に調整したデッキではあったが、それなりにバランスは考慮していたし、別に手を抜いたわけではない。
クラーケンは強力なユニットであるが、その力だけでごり押したわけではない。他のモンスターの能力と連携させたり、適切にバグを活用さえしていた。
著しい成長であるが、恐らく繰り返し時の記憶が上手く整理できており、その分戦略性が増しているのだろう。梓の才能と言っても良いかもしれない。
「さて、負けてしまったからね。何か欲しいものでもないか? 出来ることなら叶えてあげるよ」
未来へ行くなら梓とは暫く離れることになる。その点もあり、不可能でなければどんな無茶でも叶えてあげようと思って提案してみる。
「んー。――――あ! じゃあこのくじらさん。この子の絵を私が描いてみたい」
梓が掲げてみせたカードはクラーケンのカードだ。デババトのカードの上半分にはモンスターの絵が描かれているが、梓が掲げるカードにあるのはクジラ――魔物のクラーケンのラフ画だ。
デババトはまだテスト段階なので、絵が正式に決まっていないカードは、僕や爺さんの会社の関係者が適当に描いた絵となっている。
そのため、梓の望みを叶えることも可能であるが、そこには1つ障害がある。
「んー。それは可能だけど、正式に発売する売り物になるからね。他の絵に負けないような絵じゃないと、どこかで弾かれてしまうよ」
一応僕がごり押すことも出来なくはないだろうが、爺さんの商売魂には引っ掛かってしまうだろう。クオリティが低いカードがあれば、その分売り上げが減ってしまうという大人の事情によるものだ。
「大丈夫! 勉強する! だからそれまで待っていて欲しいの」
「うーん。――――よし、判った。じゃあそれまで待つことにするよ」
リミットは5年程度となるだろうが、梓が諦めるまでは付き合おうと思う。僕自身、先生に会って理解したαデバッガーのカードの調整も残っている。
未来へ旅立つ日は決まった。デババトが完成し売り出し始めた日、その時に旅立とう。
その日までゆっくりと日常を楽しんでおくことにする。
――続く――
これにて、慧のデバッグの物語は完結となります。
尚、本物語はこのバグった世界全体の物語としては2章に該当し、前作の『世界はバグで救われた!』は6章に該当します。
前作は本作の11年後の物語になりますが、梓がメインで活躍し、ひっそりと黒田や雨宮さん、木村さん、その他のメンバーも登場したりしています。
そちらも目を通して頂ければ、残った謎が解決したり、余計に謎が増えたりするかもしれません。
恐らく次は、1章(もしくは4章)辺りを気ままに始めると思いますので、気が向けば暇潰しがてらにお付き合い頂ければ幸いです。
【蛇足】
いやはや、本作は自分の趣味がてらに頭の中のフワッとした世界をサクッと整理するつもりだったのに、何故に前作の約2倍まで膨らむ事態になったのか。恐らくこやつらが原因だろう。
戦犯1:慧。あれこれ考えすぎ。
戦犯2:黒田。モブのくせに活躍しすぎ。
戦犯3:某観測者。語彙力の圧倒的不足すぎ。
……今後も学習しますm(_ _)m




