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85話 『返却』

「先生? 居ますよね?」


 未だ反応のない先生へ呼び掛けてみる。もしかすると、ダンジョンの取り込みや、アップデートに巻き込まれて存在が抹消されているのでは、なんて不安すら過ってくる。


『……ん? あぁ、すまない。ダンジョンを出た途端、記憶に異常が生じてな』


「え? 大丈夫なんですか? それ」


『問題ない。寧ろ良い方向の異常だな。ケイもこの研究所を出れば直ぐに気づくだろう』


 詳細が気になるところだが、今は急に独り言を始めた僕を怪訝に見ている彼女――小瀬川さん(・・・・・)への対応が先だ。


「とりあえずこちらをお返しします」


 僕は首から提げていたアミュレットを取り外し、受け取りやすいように両手で鎖を広げながら小瀬川さんへ近づいていく。


「あぁ、アルのアミュレットね。受け取っておくわ。――――あれ? 封印のアミュレットがもう1つ?」


 小瀬川さんは、腕組みを解いて僕が掲げたアミュレットを受け取ったが、そこで初めて鎖に2つのアミュレットがついていることに気づいたらしい。


『よぉ、すまないな。こんな身体になってしまったぜ』


 恐らく2つ目のアミュレットについて考え始めていたであろうところに、先生にしては珍しい軽い感じのテンポで声が掛かった。

 小瀬川さんは一瞬固まっていたが、何が起きているか理解したのか、溜め息をついて呆れた表情に変わった。


「――――はぁ……。まったく、身体を取り戻しに行って身体を取られて帰ってくるなんて笑い話にしかならないわよ。そもそも戻れないんじゃなかったの?」


『あぁ、本当はその筈だったんだが、そこはケイに感謝だな。後、身体は取られたわけではないんだ。預かって貰っているというのが正しい』


 身体を取られたり預かって貰ったりしている相手とは『暴食スライム』のことだ。『増殖』は2度掛けできなかったので、3つ目のアミュレットは用意できなかった。

 そのため『暴食スライム』を繰り返し世界の最上位階層に置き去りにせざるを得ないことが心苦しかったが、どうやら『暴食スライム』自身は全く気にしていないようだった。

 一応アルに言わせれば、魔物の特性として世界の狭間に落ちたとしても生きていけるらしいし、バグらない特性から却って気楽に行動できるかもしれないとの話だった。


『もっとも、次にあやつがこの世界に戻ってこれるのは数年後だろうがな。つまりだ、暫くは我の身体は返って来ぬ。ならば例の計画を行なうしかあるまい。よもやあの約束を忘れてはおらぬであろうな』


 今まで言及はしてこなかったが、今の会話でアルの身体は『暴食スライム』に取り込まれていることが予想通り確定した。

 α時代の『暴食スライム』として聞いていたサイズより極端に身体が大きいこと、α時代はバグっていた『暴食スライム』がバグらない特性を持っていることとは、ドラゴンの王であるアルの身体を取り込んでいるために起きている現象だろう。

 実際、アミュレットを先生に使った際には、先生の身体は言葉通り魂が抜けたような脱け殻状態になった。α時代にアルを封印した際にも同じであったことが予想される。

 詳しい経緯は不明だが、先生とアルはその身体について行なった契約のようなものがあるらしい。


『あぁ、忘れていないさ。――――ケイ、すまないがあれを譲ってくれ』


「はい、これですね」


 事前に依頼されていたものだが、特別拒否する意味もない。その対象――腰のベルトのホルダーに付けている1つの宝玉を取り外し、小瀬川さんへ手渡す。


「――――へー、凄い上質ね。確かにこれだけの物なら計画は進めそうだけど」


「それは『次元スライム』というバグモンスターの魔核です。あのダンジョンのボスのような存在でした。――――使い道あるんですか? それ」


 魔核は研究はされているが有効な使い道はないと聞いている。しかし、これが計画に必要だとの話であるし、何か新しい発見でもされたのかもしれない。


「えぇ、これが必要なのよ。一応補足しておくと、魔核は使えないのではなく、使う意味が薄いという話が正しいわね」


『更に言えば、魔核には魔物がリスボーンするためのエネルギーが溜め込まれている。それを使うということはそのエネルギーを解放することだ。ケイ、このエネルギーを解放するとどうなるか判るか?』


 魔物が身体を再構築するためのエネルギーともなれば膨大なエネルギーになる。有効活用できるのであれば新しい資源にもなりそうなものだが、もし転用することができないのであればそこで起こる現象は一つだろう。


「どこかで魔物が発生する、ということでしょうか。確かにそれだと使う意味がないですね」


「いいえ、薄いけれど使う意味はあるのよ。例えば復活されると討伐が厳しいバグモンスターの場合や、同じ時期にバグモンスターが復活しそうな場合にタイミングをずらす目的でね」


『因みにそれを実施すると近い位置に大量の魔物が一斉に湧く。協会においても特定の人物しか知らない情報だがな』


 もしかして、繰り返しの6日に起きていた公園での魔物の大量発生もそれだろうか。確かに支部でもバグモンスターの魔核を所持していたようなので、あのタイミングで行なっていたとしても不思議はない。

 但し、人為的に魔物を発生させているなんて世間的には受け入れられにくいし、協会内部でも反発が起きるだろう。極秘レベルの情報にするのは当然だ。


「そんな話を僕にして良かったんですか?」


「その先の話が貴方のお陰で進めそうだからね。――――結局、今の話だけでは魔物の脅威が何1つ解決できていないのだけど、それを活用することで解決させる1つの案あるのよ。準備も大変だし、とてもリスクの高い賭けだから抵抗があったのだけど……」


『その案とはコアと同じだ。魔物を減らせないならば、そのエネルギーをたった1体に独占させてしまえばどうだろうかと。その1体はそれだけのエネルギーが扱え、且つ人類の敵にならない魔物でなければならないがな』


 聞くまでもなく、その1体の候補が誰かは明らかだ。丁度意識だけの存在であり、バグることを知らないドラゴンの王――アルのことで間違いがない。


『なに、我程になれば、かのシステムも届かぬのでな。人どもに襲いかかる意味なぞ存在せぬ。協力も大いにしてやろう。もっとも、成功はもはや確定的だがな』


「慧君のお陰でリスクも減ったみたいだしね。準備に時間が暫くかかるけれど実施はするわよ」


 何をするのかは理解したし、アルが確定的と示す根拠にも心当たりがある。

 とりあえず今気になるのは、どうやって実施するかだ。そこに僕のお陰という部分があるのだろう。


「そのために『次元スライム』のような魔核が必要なんですね」


『あぁ、とても単純な話だ。アルの身体を復活させるなら、それ相応のエネルギーを溜めないといけない。溜めるだけなら大量の魔物の魔核で補うことはできても、解放するタイミングは同時でなければならない。よって強力な魔核に数を絞る必要がある』


「そのぶん失敗した場合は、最上級のバグモンスターが複数体同時に出現することになるわね」


「でも、今回のアップデートでバグモンスターは生まれなくなったと。なるほど。よく判りました」


 この計画を実現するには、『次元スライム』相当の魔核を集める、集めた魔核にエネルギーが溜まるタイミングを合わせる、そしてエネルギーを解放するだけではなく、アルにエネルギーを流し込む仕組みも必要になるだろう。

 論理的には可能でも手順は複雑そうだ。だが、アルが確信していたように、5、6年後(・・・・)にそれが成功することを僕は知っている。

 繰り返し世界から脱出すると同時に僕が体感的に生きてきた数年間はたった3日に集束されたが、繰り返し中は外部の時間は普通に進むというバグ(・・)があった。

 繰り返し世界の内側から見れば繰り返すこと自体がバグではあったが、今こうして繰り返しのバグを取り払ってしまえば、繰り返し世界の外側で時間が普通に流れていたことの方がバグに見えてしまうから不思議だ。

 要するに、繰り返し世界の中で起きた3度目のアップデート、あれはまだ起きていない(・・・)

 魔物が魔核ではなく魔石を落とすようになったアップデートは、正に今話している計画が成功した場合に起きる現象だろう。

 時間軸の概念がおかしくなるが、僕にとってみればそんなのは今更な話だ。

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