83話 『惨状』
もうすぐ夜明けだろうか。
工場で煌々と灯されていたライトが無くとも、周囲に光が入るようになり辺りの光景も顕になっていく。
周囲に瓦礫が散乱する床で仰向けに横たわりながら、その変化を黙って観察し続ける。
そうして目に映り始める惨状は、想像はしていたものの目に余るものがある。
「はぁー。……アルは気づいていたんだよね」
『む? 何をだ? 全力であたったのだろう。溜め息などつく必要がどこにある』
アルの言うことはもっともだ。
恐らく気づいていなかったのは僕だけだろう。ここに居る誰もが気づいていただろうし、もしかすると『次元スライム』ですら気づいていた可能性すらある。
アルを責めるのはお門違いだ。考えだすとあまりにも情けなくなってくるため、どこかに精神的な逃げ道がないか探しているのが現状なのだろう。
とはいえ、素直に納得することもできない。もっと前に知ることができていれば、より上手く立ち回れていたのも事実だ。
そのため、僕の勘違いの主原因になったもう一人の見解も聞きたくなってくる。
「先生も、教えてくれても良かったんじゃないですか?」
『――――……ぁ、あ、あー。こんな感じか? それはすまなかったな。発声の仕方がどうも掴めなくてな。こんな調子では寧ろ邪魔になると思っていた』
『おぉ、流石だな。言葉にして飛ばすのはかなり高度な技術なのだがな』
どうやら先生の助言がなかったのは、上手く喋ることができなかったのが原因らしい。まぁ、それも本来は自然な話だ。アルの時も思ったが、とても発声できる構造があるとは思えない。
その2人の声は胸元から聞こえてくる。そこにあるのは当然首から提げたアミュレットだ。尚、別にアルと同じアミュレットから先生の声が聞こえてくるわけではない。聞こえてくるのは、もう1つのアミュレットからだ。
元々、特殊な存在だったのはアルだ。僕の繰り返しに便乗できるためアミュレット――アイテムとしての側面が強いのだろう。
尚、この世界のアイテムの扱いは、繰り返しのルールとは異なるルールが適用されていた。僕が使っていた爺さんの斧は破損後は復活しなかったし、黒田の大剣も紛失後落とした場所に放置されてあった。
僕のこれまでのバグの研究において、例えるならばプログラミングにおけるリソースの節約の様なものを起因とするバグがある。
恐らく、ダンジョン産のアイテムにシステムで干渉するのは難しい、というよりも面倒なのだろう。だから壊れたらこれ幸いと消滅させるし、所持品ではなくなったら放置する。
ここで重要なのは、神が手抜きとはいえ干渉している事実だ。バグに『修正パッチ』が用意するように、手抜きした箇所で問題が生じたら対処する必要が生じるだろう。
一方、そこを狙い撃てるのが僕が持つ『修正パッチ』の1つである『増殖』だ。バフとしては根本的にデメリットが厳しく、そのデメリットを『次元スライム』の討伐に利用したが、まだ悪用の方法はあった。
『増殖』は、物質には効果がなく生物にしか効果はなかった。だが、アルはどちらだろうか。アイテムと扱われるので前者が強そうであるが、こういう例外処理を防止するのも本来リソースがかかるものだ。
とすれば、使用可能であるとするのが自然だ。使用するまでは可能で、その後で何かがバグれば神が干渉してくるだろう。
つまり、アルに『増殖』を使用すると肉体となるアミュレットが『増殖』されるが、アルがバグらない点と矛盾する。
実際に試してみた結果として、もう1つのアミュレットが生まれるという形で矛盾が解消されていた。
「アミュレットって封印した相手の力が使えるんですね」
『あぁ、護符というくらいだからな。封印するのが目的ではなく、封印されたものからの加護を貰えるのがアイテムの本質のようだ』
『我も諸々手助けしてやっただろう』
そう言われると、アルの加護とは所持者のスキルを本人の意思とは別に使用するとともに効率良く運用するものだろう。
「確かにね。ただ、アル自身がそういう存在だと思っていたんだ。先生が封印されたアミュレットを持つだけで、こんな事になるなんて想像できてなかったよ」
そう言って胸元から上へと目線を戻せば、晴れわたる空が広がっている。ここが工場内の床であるにも関わらずだ。
少し横に目を向ければ、どこかの廃墟であるかのように、数階分のフロアが鉄筋コンクリートごと抉られているのが見てとれる。
それを行なったのは僕だ。僕がコアの武器まで使って全力で『次元スライム』を切り上げた結果、『次元スライム』は元より、それより上の建物ごと吹き飛んだ。
気づいたのは地面に武器を擦った時だ。バターを切るようにどころか、わたあめを切るかのような感触だった。
ずっと違和感を感じていたのは、別に『次元スライム』が原因ではなかった。僕自体の身体能力が激増されたため、『次元スライム』が弱く感じていたのが真相だ。
『それがレベルシステムで限界突破した結果というやつだ。いやはや、その力をたった一撃に全て込めるなんて爽快であった。こんな無茶はこやつでもしないだろうて』
僕も気づいていればしなかった。圧倒的な有利な立場で、外せば終わりになる全力攻撃をするなんて、ゲームであればロマンを追い求めてすることがあるが、現実では自己満足に過ぎない。
案の定そんな攻撃は外れることなく命中した。『次元スライム』にとってみれば災難であっただろう。その当事者の『次元スライム』は僕の横で魔核になって転がっている。
『さて、早速誰かが来たみたいだぞ。流石に仕事が早いな。――ケイ、起きれるか?』
「はい……。なんとか、といったところですが」
攻撃の最後の最後、想像される威力の凄まじさに気づき、周りの被害が出るのを恐れて力を少し抜いたのが幸いした。なんとか身体を動かす程度の力は残っている。
結局工場は無人だったので人的被害はなく、偶々真上に向けて攻撃をしていたため周囲の建物には被害がなかった。もし素直に真っ直ぐ振り下ろしていたとすれば、ゾッとする結果になっていたことが簡単に予想される。
とにかく、建物がいきなり吹き飛んだとなれば、協会のβデバッガーは即座に飛んでくる。当然、主犯者らしき人物である僕は事情聴取を受けることになるだろう。
結果的に目標は達成され、人的被害がなかったとしても、工場のオーナーや従業員にとっては頭を抱える被害はある。
色々説明が難しいところはあるが、繰り返しが終わった以上、説明する時間はたくさんある。
どっこいしょと身体を起こし、協会のβデバッガーが僕を見つけるまで待つことにする。




