8話 『体育』 (2010年6月7日 6回目)
「時間がループするとしたら何する?」
「ん? あぁ、そうだな、条件によるとしか言えないな」
体育館のステージに腰掛けながら隣に座っている黒田に話しかけた。今は体育の授業の癖に自習という謎時間になっている。その結果、人によってバレーや卓球、バドミントンやら好きに選んで運動している。僕と黒田はバスケット――3on3を選んでいた。5チームが出来あがり、2本先取勝ち抜きで負けチームが交代するルールなので、適度に観戦時間という名の休憩時間が発生する。
今回で3日間を繰り返し始めて5回――つまり最初の1回を含めると6回目になっている。この間はいきなりループが終わる可能性や、繰り返すことで生じる違和感を探しておおよそ同じ行動を取ってきていた。しかし、特に得られるものは無かったので、次に戻ったら今度は違う行動を取ってみようと思っている。
「そうだね、それじゃあ、一昨日の土曜日から今日までの3日間。特に問題が生じるわけではなく強制的にただの日常が繰り返される」
まるで今考えたような物言いで黒田に伝える。まさか事実だとは万に一つにも思わないだろう。
「3日か、少ないな。しかし、ループするのは確実な前提でいいのか?」
「いや、原因不明で、何かをきっかけにいきなり解放される可能性もあると思って欲しいかな」
「そうか、じゃあ戻る前提の博打はできないな」
軽い感じで聞いてみたが、案外真面目に考えてくれるらしい。黒田は勉強はからっきしだが、仲間内には慕われていてリーダー的な存在だ。軽い質問には軽いのりで返ってくるのが普通だが、こういう他者への真剣な対応が人望に繋がっているのかもしれない。
「ねえねえ、茂に慧くん、難しい顔してなんの話してるのー」
そんな言葉とともに右肩に重量がかかった。黒田の方は左肩に重量がかかったらしく、「うぉう」という声をあげていた。今回の会話内容は初めてするが、黒田との会話中に発生するこの衝撃は既に何度も経験済みなので驚くことはない。
「こら一美、驚くだろうが、後もたれ掛かるな、胸があたってるぞ」
「えー、役得だと思えばいいじゃない。で、面白い話?」
突然割り込んできたのは鈴原さんだ。黒田と鈴原さんは幼馴染みという話だ。付き合っているという話は聞いていないが、仲の良さを隠すつもりはないらしい。周りも皆、2人はセットとして扱っている。
「タイムリープの話だよ。鈴原さんはどう思う? 半永久的に3日間を繰り返すことになったら」
ちょうど良いので鈴原さんにも聞いてみる。多分黒田とは反対に軽いのりで返してくれるだろう。
「あー、ゲームの話? そういえば去年くらいに流行ったよねー。とりあえず、同じ日常にむしゃくしゃしそうだから学校の窓でも叩き割って回ろうかなー。バットで」
「やめろ、犯罪者が!」
「んー、戻るなら大丈夫じゃない? それならパフェをやけ食いでもしようかなー。どうせ太らないし」
自然と二人の間で議論が進んでいく。突拍子もない鈴原さんの意見を、黒田が常識的に訂正していくので、横から聞いている分には色々な意見が生じて参考になる。そのお陰でだいぶ方針が定まった。
「ほら、2人ともそろそろ出番みたいだよ」
丁度、1つのチームが2本目をフックシュートで決めて勝利したところだ。組み合わせは僕たちと同じで男子2人、女子1人のチームになっている。これはたまたま男子が10人、女子が5人集まったので、どのチームでも男女のバランスは同じだ。しかし、当然、個人個人の実力によってチームの実力は違ってくる。
「やっぱ強いな桜庭は、男子の立つ瀬がないじゃないか」
「ふふふーん、後は黒田、あなたを倒せば完全勝利ね」
「えー、心音ちゃん手加減してよー」
そう、普通男女の混成チームは男子が女子を引っ張る図式が多いが、この完全なスポーツ少女がいる場合は例外だ。桜庭さんは、身長こそ150cmいかないくらいで男子と比べると超小柄だが、その圧倒的なスピードと技術によって男子をも寄せ付けないくらいに運動性能が高い。男子で対抗できるのは黒田くらいのものだが、若干黒田は行動が素直なので、相性的には桜庭さんに軍配があがる印象がある。
「ほら、早速勝負よ」
桜庭さんは僕にボールを投げ渡してきた。連戦で疲れているだろうが、僕たちのグループを倒せば全勝となるので気合いが入っているのが見て取れる。
早速、中央の線から黒田にボールをパスする。そのボールは直ぐに僕に投げ返された。実際、ここからが試合開始だ。
ドリブルをしながらゆっくりとゴールに近づいていく。黒田には桜庭さんがぴったりとマークに入っているし、鈴原さんは男子に対抗できておらず、パスルートはない。当然もう一人の男子が近づいてくる。
この佐藤君も運動神経が良い方で、実際1回目には上手く抜けず、その間に近づいてきた桜庭さんにスティールされていた。だが、今回は既に対応策を知っている。
唐突にパスコースが無いはずの黒田に向かってパス――すると見せかけて左に切り返してやると呆気なく抜き去ることができた。これに鈴原さんをマークしていた2人目の男子が動き出すが、このタイミングでバウンドさせるように鈴原さんへパスを通す。
その後は、完全にフリーの状態になった鈴原さんのシュートコースを潰すように桜庭さんが妨害するが、鈴原さんはノールックで黒田へパスを出した。そして綺麗なフォームで放たれた黒田のシュートはポスッという音と共にリングに吸い込まれた。
「茂、ナイッシュ~」
鈴原さんと黒田のコンビネーションは流石としか言うことができない。この瞬間を数回見ているが、いつパスの合図をしたのか未だに解明できていない。
「ドンマイ! 次取ってこー」
桜庭さんはチームメイトの2人に声を掛けて気合いをいれてリスタートすると、爆速のドリブルと華麗なステップで僕を躱し、気づいた頃にはレイアップシュートを決めてしまった。
この光景も何度も見ていて毎回対応を変えてみているが、これは止めることができそうにない。恐らく桜庭さんは僕の反応を見てから対応方法を判断して行動に移しているのだろう。その選択肢の一部を知っている程度では、技術の差を埋めることは無理そうだった。
「ほら、慧、最後1本決めるぞ」
「あぁ、そうだね」
さっきと同じように、黒田を経由してボールが返ってくる。今度は佐藤君が黒田をマークし、桜庭さんが中央で男子2人のフォローをするフォーメーションだ。僕がある程度近づいてくるのを辛抱強く待っている。
ここで勝利するのは簡単だ。黒田にボールを渡し、僕が桜庭さんと佐藤君の間を走り抜けるだけでいい。それだけで黒田がなんとかしてくれる。
だが、さっきの黒田と鈴原さんの会話の中で参考になった1つの話がある。ループの中で楽しむ方法だ。同じ生活を繰り返すと飽きてくるのをどうやって回避するかという話だが、シンプルに不確定要素が入れば良いという結論だ。そのイレギュラーな要素は当然僕自身の行動になる。
今は丁度周りに誰もおらずフリーだ。どんな行動でも可能だろう。ドリブルで進むも良し、パスするも良し、そしてもう1つ――――。
「え、そこから!?」
桜庭さんが驚くのは無理もない。3ポイントラインよりも大きく外側、センターラインよりやや内側に入った位置だ。そこで立ち止まり、シュートモーションに入る。2本先取なので、3ポイントを狙う意味はないし、時間制限があるわけでもない。攻めるフェーズをいきなり消費するのは、黒田や鈴原さんにとっては多少迷惑な行動かもしれないが、大会の試合でもなくただの体育の授業に過ぎないので、これくらいは許して貰いたい。
ここからシュートが入る確率は低いだろうが、もし入れば驚きだし、周囲の反応もどうなるか楽しみだ。遠くに見えるリングを狙い、ジャンプをしながら右手で力一杯ボールを押し出してやる。桜庭さんがだいぶ近づいて手を伸ばしていたが、まだシュートコースを塞ぐには数歩届かない。僕の手を離れたボールは、綺麗な弧を描きながらリングに近づいていき、そして――――。
ガンっと言う音と共にどこかに弾かれていった。




