77話 『矛盾』
黒田の転移技により目に映る光景が突然変化し、浮遊感をいきなり感じるがやるべき事は明らかである。崩れる姿勢そのままに目の前にある触手へと手を延ばす。
その触手が目的の触手であることは明らかだ。何せくっきりと見えている。他の触手のように姿が重なって見えることもない。要するに、この触手のみがバグっていない。
この触手に触れることさえできれば目標達成であるが、視界に何かが急に割り込んできた。それは僕の背後、一緒に転移してきた黒田によるものだ。
「『金剛魔衝壁!』――――ぐっ!」
「うっ!」
転移直後は空中にいた筈であるが、突然前方からの衝撃により後方へ弾き飛ばされた。転移した距離の半分程戻された形だ。
「――――く、っそが。重すぎ、だろ……」
どうやら黒田の転移は『次元スライム』に察知されていたようで、出現すると同時に攻撃されたらしい。もしかすると転移という物理法則を無視した技は、次元を越える『次元スライム』には察知可能なのかもしれない。
左腕で僕を抱えるように庇った黒田を見ると、防御に使用したと思われる魔剣は折れ、右腕もだらんと垂れ下がっている。痛々しい状態ではあるが、あの『次元スライム』の攻撃を直撃したと思えば未帰還者になっていないだけ御の字ではある。
その程度で済んでいるのは、恐らく『次元スライム』にしてみれば火の粉を払うような軽い攻撃だったからだろう。なにせ、他に集中すべき攻撃があるからだ。
そのメインの攻撃――バグっていない触手による一撃が大剣を振り下ろそうとしていた先生へと放たれる。
『ぎゅわ』
その一撃は先程までと同じようにガキンという音と共に先生のコアによる防御で阻まれる。今まで先生の防御は、絶対防御と呼ばれるようにどんなに重い攻撃であれ全ての衝撃を吸収していた。
だが今回の攻撃はそれだけでは終わらない。触手は一時的に停止したものの、直後に拮抗を破る様にそのまま勢いよく伸びきった。
当然その途中にいた先生は弾き飛ばされ、いつかの黒田と同じように木箱にぶつかり、その中へと姿を消した。
「え? 嘘でしょ」
あまりにあり得ないことが起きたためか、長谷川さんが崩れた木箱の方を見て呆然としている。それもそうだろう。先生が攻撃を受けることの方が逆に異常だと思える程、今までの先生の防御は完璧だった。
では、今回の攻撃に限って何故防御を越えて当たったか。それは極めて単純な理由だ。
先生の防御は制御こそ先生の能力によるものだが、その防御性能についてはステータスボードバグ――今はそのバグを内包したコアの破壊不能属性によるものだ。
コアはアルからの説明によると未知の上位物質であるためどんな物の干渉も許さないわけだが、1つだけ例外がある。つまり同じ物質――『次元スライム』が持つもう1つのコアを攻撃に転用すれば絶対防御の前提を崩せてしまう。
『ぎゅわわ』
『次元スライム』が再び触手を持ち上げ、先生が飛ばされた木箱へと狙いを定める。この触手がバグっていないのは、触手の先端にコアが埋め込まれているためだ。先生が防げていない以上、この攻撃を防ぐ手段はない。
先生が現状どのような状態であるかは不明だが、追い討ちでもされようものなら流石にアウトだろう。
「鈴原さん!」
「判ってる! 『ネクロ・ブースター!』」
僕の合図と共に鈴原さんが魔法を僕に使用する。『ネクロ』は以前に『暴食スライム』に捕食されていたが、先生が一度討伐した際にそれまで捕食されていた『修正パッチ』は元のβデバッガー達に戻っている。鈴原さんの召喚獣である『ネクロ』も同様である。
鈴原さんへの合図は、黒田の転移技による奇襲に失敗した場合の第二案だ。それを今から使用する。
『ぎゅわ? ぎゅわわ』
『ネクロ』によるバフが掛かった僕に『次元スライム』が1度注意を向ける気配を見せたが、木箱へと構えた触手はそのままだ。
この構図は先程の奇襲と同じ状態を示している。先生への攻撃を優先し、それ以外の些事には片手間に対処するつもりなのだろう。
案の定、3束程の触手群が僕に向かって放たれてきた。
「それは悪手だよ。――『反射!!』」
鈴原さんのバフのみで『次元スライム』に届くなんて端から考えていない。まして、コアが内包された触手の攻撃を『反射』で跳ね返せるとも思っていないし、手抜きされた普通の触手を跳ね返したとしても大した効果があるとも思っていない。
『反射』を使用したのは僕の足元だ。バフで向上した脚力で地面を全力で蹴るが、その地面が受ける筈の反動を丸ごと反射させる。更にいえば『反射』もバフの対象であるため、反射率すら強化されている。
「ぐっ……」
その行動により生じたのは脚にかかった莫大な衝撃だ。痛みを通り越して何か良くないものが壊れている感覚すらある。
だが、その犠牲を元に限界を超えた速度で僕の身体が『次元スライム』に向かって跳ぶ。その途中、攻撃中の触手が左腕を掠り、大きく抉られる感触もあるがそれすらも意に介さない。
目的はただ一つ、『次元スライム』が振りかぶり中の触手――木箱へ向けられたバグっていない触手だ。急速に近づくそいつに向けて手を延ばす。
恐らく、この速度であれば触れることができるのはほんの一瞬に過ぎないだろう。但し、痛みも忘れて集中しているこの状況においてはそれもスローモーションのように目に映る。
今にも放たれようとしている触手が段々と近づいてくる。そして今回は妨害されることなく手が届いた。
「『分離!!』」
触れると同時に1つのスキルを使用した。その試みが成功したことは、何かが『次元スライム』から切り離され僕に移動した感覚があるため確かだろう。
『次元スライム』から分離させ、奪ったもの――それはこのダンジョン、つまり繰り返しバグを制御しているコアに他ならない。
元々、『次元スライム』はこのダンジョンのボスに相当する。本来の役目はコアの守護者であり、コアの管理者ではない。
そのため、1周目に『次元スライム』の触手――つまり管理者のいないダンジョンコアに偶然にも触れることにより、一部の管理者権限が僕に宿っていたものと思われる。その権限の一部の効果が繰り返し時に記憶が残る現象として現れたのだろう。
そして今回、『次元スライム』より完全に分離させたことによりコアの権限は完全に僕に移った。
『……後は、お願いします』
僕ができるのはここまでだ。
コアの権限が完全に僕に移ったとはいえ、今できることは何もない。コアで制御できる内容は急速に頭の中に流れ込んで来ているが、こんな刹那な時間では理解も追い付かない。当然、先生の様に防御に転用する方法もどうすればできるか良くわからない。
目に映るのは、攻撃のモーションに入っていた件の触手がそのまま僕へ向かって放たれる様子だ。当然その次に起きるのは、未帰還者になるか次の周回に飛ばされるかのどちらかだろう。
後者を期待したいところだが、前者の方が濃厚なのは過去に考察した通りだ。願わくば、先生達が無事に『次元スライム』を討伐し、皆が解放されることを期待する。




