74話 『武器』
『きゅい!』
「先輩! もう1回っす」
長谷川さんが躱した触手、それが『暴食スライム』の視界に入ることで石化し始める。その際に生じた僅かな隙を突いて先生が『次元スライム』に接近し、その拳で殴り付ける。
その衝撃により『次元スライム』は5メートル程弾き飛ばされ、石化し初めていた触手も数本千切れ飛ぶ。
『ぎゅりっ! ぎゅわわわわ』
かつては『暴食スライム』を1撃で倒したことのある先生の攻撃であるが、既に今ので5発目だ。それだけで『次元スライム』の強さがいかに高いかが推し量れる。
しかし流石に先生の全力攻撃なこともあり、着実にダメージは入っているようで、段々と『次元スライム』の動きが鈍ってきている。
『ふむ。後3発といったところだろうて』
「なんとかいけそうだな」
先生と長谷川さん、そして『暴食スライム』の連携は完璧だった。強いて問題点をあげるなら火力不足といったところだろうが、まだタイムリミットまで20分程あるため時間内に収まりそうである。
まず、長谷川さん。時々悲鳴を上げたりしていたが、結局1撃も貰うことなく立ち回っている。
尚、持っている包丁も武器ではないとのことで攻撃力は皆無かと思いきや、たまに触手を切り刻んでいた。先生が言うには、攻撃ではなく触手を食材として料理している扱いになるらしい。とても食べたいとは思わないが、『次元スライム』が長谷川さんを無視できない理由でもある。
そして『暴食スライム』。連携の要はこいつだ。長谷川さんへの必中攻撃を止めたり、余裕があれば攻撃もしているが、多彩なスキルによるサポートをメインに行動している。『硬質』やネクロといったスキル自体は一度討伐された時点で無くなっているが、魔石を捕食することで様々な魔物の能力を取得している。
最後に先生だが、基本的に戦闘には直接参加せず観察し、先程のように一瞬の隙を突いて全力の攻撃を叩き込んでいる。
それでも火力不足と感じるのは、最大火力である先生の攻撃が拳によるものだからだろう。これまでは威力的に素手でも十分過ぎたのであえて武器を使っていなかった、とも考えたが実際に聞いてみるとその理由はもっと切実な理由だった。
長谷川さんの包丁のようなバグ技は別として、どんなダンジョン産の武器であっても、耐久度というパラメータがあるらしい。つまり、単純に先生の力に耐えられる武器が無い。それだけの理由である。
『ぎゅお』
そんな折、今まで攻撃の手を休めることがなかった『次元スライム』の動きが急に停止した。隙だらけであるが、突然の変化に先生も様子見を選択している。
その次の瞬間、『次元スライム』背面の壁の金属鋼板が激しい音と共に崩壊した。『次元スライム』の真後ろの板は完全に吹き飛び、隣接する板は大きくひしゃげている。恐らく背後に回した『次元スライム』の触手によるものだろうが、その状態は地下の迷宮の大扉を想像させる。つまり、それが意味するところは――。
「まさか、逃げ――」
「そう簡単に逃げられると思うな」
僕が反応する前に既に先生は動き出していた。空いた穴から逃走をし始めた『次元スライム』に接近し殴り飛ばす。
その衝撃で『次元スライム』の身体は鋼板の奥にあった倉庫の外壁まで到達し、壁を破壊して倉庫の内側で棚や木箱も軒並みなぎ倒すことでようやく停止する。木箱を破壊したためか中に入っていたリンゴが1つ僕の足元まで転がってきて止まった。
『ぎゅ。ぎゅぎぎぃ』
「チェックメイトだな。……ん? なんだ、丁度おあつらえ向きな物があるじゃないか。ショウゾウ先生は何でも持ってるな」
そう言って先生は不意にリンゴが詰まっていた木箱に手を突っ込むと、そこから何かを抜き取った。黒く細長い形状のそれは見覚えがある。
それは、黒田が愛用していたが『暴食スライム』に弾き飛ばされた際に紛失した大剣だ。繰り返しても黒田の手元に戻らなかったことより『暴食スライム』に捕食されたと思っていたが、どうやらそのまま木箱に眠っていたらしい。
繰り返し時に戻らない現象については、僕が使っていた大斧も破損した後復活しなかったので、ダンジョン産の武器は繰り返し外の物質という理解が正しいのかもしれない。
『ぎゅぎゅぎゅ』
「さて、言い残すことはないな。これで最後だ。くらいやがれ!」
重くて硬いだけと言っていた黒田の大剣であるが、重さは先生には無関係であり、硬さは先生の攻撃にも耐えられるだけの耐久度があるらしい。
結果として先生の振りかぶった大剣は、丁度『次元スライム』を両断する位置に妨害されることなく最後まで振り下ろされた。
「やったっすか?」
長谷川さんが何かのフラグのような台詞を放ったが、『次元スライム』が先生の攻撃を躱したり耐えたような様子はなかった。というよりも、『次元スライム』の姿が忽然と消えている。
単純に考えれば討伐したことにより消滅したと考えるのが自然なのかもしれないが、魔物が討伐された時に起きる姿が崩壊するような様子はなかったように思うし、魔石や『次元スライム』が持っていたはずのコアも見当たらない。
「いや、直前で消えた。多分逃げられたのだろう」
『なるほどの。このダンジョン内でその逃走方法が使用できるとは思わなんだ。ケイよ、別の対策を考えねばならぬな』
アルは何が起きたのか瞬時に理解したようだが、僕にはまだ理解できていない。ただ、突然姿が消えるというのは以前に説明を受けた気がする。あれは確か――。
「……次元移動したということ?」
『左様。恐らく1つ先の次元だろう』
『次元スライム』はそもそも、その名の通り時間軸ではなく次元間を移動する方向に存在する魔物だ。それが繰り返すダンジョンの特性で相殺されたと以前にアルが言っていたが、どうやらそれは完全ではなかったようだ。




