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72話 『約束』

 画面には『FINISH』の文字が表示されている。待ちわびたその文字の表示に実感が湧いてこないが、段々と頭が理解し始めてきた。

 だが、その理解が完了する前に隣と背後で歓声が上がる。


「やった! 見た、見たよね。最後にトドメを刺したの私だから、高乃宮(・・・)に勝ったよね」


「んー? それはどーだろー」


「どちらでもいいだろそんなの。まさか本当に姉御に勝つことができるなんてな。凄ぇな、慧」


 いつの間にか増えていたギャラリーのゲーセン仲間も加わり、あれやこれやと会話に花が咲き始める。そして、次は誰が対戦するなんて話題に移り始めている。


『さて、折角勝ったのだ。やることがあるだろう』


「そうだね」


 アルからの指摘にひっそりと頷く。

 ギルガンのみならず対戦ゲームにおいて勝てば連戦なのは当たり前なので、現在はCPU戦用のキャラクター選択画面になっている。

 恐らく次の挑戦者が入るだろうから今抜けるのは顰蹙(ひんしゅく)を買いそうだが、他の人と対戦している間に長谷川さんが帰宅でもしようものなら目も当てられない。


「黒田、悪いんだけど代わって貰って――――」


「こんにちは慧君。まさか私が負けるなんて思っていなかったですよ。どれだけ研究したんですか?」


 ギルガンの操作権限を黒田に預けようと思ったが、どうやらその必要はなくなった。

 スーツを着崩したスタイルでショートヘアーの小柄な体型。まだ10代と言っても通じそうな容姿で話し掛けてきたその人物は、これから話し掛けようとしていた長谷川さんだ。

 丁寧な言葉使いが落ち着いた大人な印象を与えるので、何故黒田が姉御なんて渾名を付けたのかは未だに疑問ではある。


『おや? 誰かと思ったらミフユではないか。似合わぬ言葉遣いをしおってからに』


「え? 誰……って、アルマ君じゃないっすか。お久ー。ってことは先輩が近くに来てるんすか? …………あ」


 普通は聞こえない筈のアルの声に長谷川さんが反応した。それは2人が旧知の間柄を示す証拠ではあるが、そのガラリと変化した言葉遣いは今まで僕が長谷川さんに持っていた印象を壊すのには十分だ。

 僕の視線に気づいた長谷川さんが頭に手を当てて「失敗失敗」と呟いているが、つい今しがたまで感じていた疑問は一瞬にして氷解することになった。






「長谷川さん、αデバッガーだったんですね。今日下の名前を始めて聞きました」


「ははは、言ってなかったからねー」


 丁寧な言葉遣いを止めた長谷川さんの印象はガラリと変わり、気さくな感じに変わっている。

 この印象であれば、僕が知っているαデバッガー――『小日向(こひなた) 美冬(みふゆ)』のイメージとさほど変わらない。

 先生の後輩であり、α時代に先生と共に前線を維持したその人物は、バグモンスターひしめく環境の中でも常に陽気に振る舞っていたらしい。


「そして、支部長だったんですね。協会の」


「そっちはお飾りだけどねー。流石に章造センセの頼みは断り切れなかったから、快適空間を条件に受けいれたのよ」


 章造は僕の祖父の名前だ。同じくαデバッガーで先生や長谷川さんと共に戦っているので当然知り合いだろう。

 その当時に何か弱みでも握ったのかは知らないが、その爺さんの孫と気づいた時点から僕に対しては丁寧な対応を心掛けていたらしい。本当に何をしたらそうなるのか爺さんに直接聞いてみたいところだ。

 とりあえず爺さんにとっては、協会の旗頭として重要な役職にαデバッガーを置いておくのは商売目線的には有用だろうから、長谷川さんの要求をすんなりと受け入れたのは想像に難くない。

 その快適空間――この支部長室は、形状的には協会支部に繋がってこそいるが施錠可能な扉で分離されていてプライベート空間の確保が可能だ。

 それどころか、外へ通じる勝手口やユニットバス、キッチンまで備え付けられているのでワンルームアパート程度の利便性は確保されている。


「ほんで、何で慧君がアルマ君連れてるん?」


 高級そうな木製のテーブルの上に無造作に置いてある大量のスナック菓子を漁りながら、長谷川さんがいきなり本題を聞いてくる。

 一応、アルマ君というのはアルのことで間違いないだろう。その呼び方からすると、アルマの方が正式な名称なのか、もしくはもっと長い名前が付いているのかもしれない。


『なに、簡単な話だ。討伐しきれない魔物がおるから仲間を募っておる。お主も手伝え』


「え、嫌っす」


 話題にあがったアルが本来の目的である協力要請を送ったが、長谷川さんは無碍に断ってきた。こうなると流石に僕も交渉の場に上がっていかなければならない。


「ギルガンで勝利したことの報酬――あの約束でなんとかなりませんか?」


「あー。それを言われると困っちゃうね。……うーん。じゃあ、少し真面目に応えようかな」


 そう言って長谷川さんは物色していたお菓子の袋をテーブルに戻し、これまた高級そうな革張りのソファーへ腰を降ろした。


「一応それなりの権限とコネがあるから大抵の願いには応えられるけど、先輩が苦戦するような魔物の討伐なんて私でも荷が重いのよ。こちとらガキンチョ2人抱えてるから急に母親が居なくなる訳にもいかないの。……まして、肝心な能力もあの子に取られちゃったし」


 最後の一言はよく判らなかったが、家族の話をされてしまうとなかなか説得は難しい。

 α時代以降の世界では、村本君の例のように家族が未帰還者になってしまっている人は数多い。それに触れるのはご法度であるし、仕事等で家族から離れる選択を強いるのも非常識だ。

 僕目線からすれば繰り返し時に復活するとはいえ、それを当事者に説明して安心してくれと言う訳にもいかないだろう。


『ふむ。だが、ミフユよ。お主は何でここで寝泊まりしておるのだ?』


「何って、仕事っすよ。出張のようなもので」


 アルの説得とは毛色の異なる質問に、長谷川さんは何を当然の事をみたいなニュアンスで返答する。確かにアルの言うように、この部屋の片隅にはベッドが置かれており使用している生活感は伝わってくる。

 今しがた考えたところの家族から離れる仕事を実施している驚きこそはあるが、それをあえて指摘するアルの真意はよく判らない。


『こんな自由が与えられているのにか? そもそも家から通える範囲だろうに』


「え? それって……確かに不思議っすね……」


『ここはループしているダンジョンだ。解決せねば、お主は一生その家族と会うことも罷り成らぬ』


「……は? なにそれ! そんなことしてるの何処のどいつよ。そんな奴、ぶっ殺してやるっす!」


 あまりに過激な発言に耳を覆いたくなるが、どうやらアルの指摘は長谷川さんの心を動かすのには十分だったらしい。流石α時代の昔馴染みなだけあって、アルは長谷川さんの性格を熟知しているようだ。

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