7話 『円環』 (2010年6月8日 2回目)
現在の生活スペースは小屋の方に移しているが、当然この母屋にも僕の部屋は残っている。そして、この母屋は和風建築ではあるが、この部屋は洋風に作られている。実際は作られているのでは無く、作り替えたのが正しいだろう。その名残として壁の質感は他の部屋と同じになっている。
恐らく母さんの趣味だ。元々は母さんの部屋だったというし、リフォームされた両親の部屋も完全に洋室になっている。和室も悪くないとは思うが、やはり重要なのは入り口の扉だろう。僕はあまり気にしないが、鍵が掛かる部屋というのは思春期には欲しくなるものなのかもしれない。母屋の方に新しく部屋はできるが、もし梓がこっちの方にも部屋を欲しがるようなら、譲ってあげようと思っている。
そんな部屋で、僕がじっと見つめているのが部屋の壁掛け時計だ。その3本の針がもうすぐ全て12の位置に集合しようとしている。
「何かが起きるのか、はたまた何も起きないのか……」
この3日間ずっと考えていたその瞬間を迎えるにあたり、幾分緊張感を感じる。時間が戻る場合、大きくわけると2パターンあるように考えている。1つ目は単純に僕がタイムリープしている可能性だ。そして2つ目は、世界の方が再構成されている可能性だ。エネルギー量的に考えれば当然前者だが、世界には過去にバグった前科がある。いずれにせよ、体感的には何か違和感を感じることができると予想している。
その時間がついに残り数秒まで迫っていた。針をみながら、心の中でカウントを始める。
5……4……3……2……1……0……。
「…………はぁ、外れかー。考えすぎだったかな」
0になった後も念のために1分ほど待ってみたが、特に変化は感じられなかった。まだ、シームレスに移行した可能性はあるが、結構自信があった理論が外れていたことでだいぶ気が抜けてしまった。
ボフンと倒れるようにベッドに仰向けに横になり、おもむろにベッドの横のサイドテーブルに手を伸ばす。スマホを手に取ったのは、一応、デジタル的にも確証を得るためだ。画面の日付が6月5日になっている可能性もあるが、普通に6月8日を示しているだろうと思っている。ちょっとしたイベントとしては面白かったなと、画面を覗き込むとそこに表示された日付は6月の――――。
「え! まさか! 確かに……そういうこともあるのか? ……その可能性は考えていなかったな」
スマホの画面に表示されていたのは、6月5日でも6月8日でもなかった。6月11日――更に3日進んだ世界だった。
この場合、1つの可能性に思い当たる。時間軸の話の中でよくピックアップされるパラレルワールドだ。つまり、時間が3日戻ったわけではなく3日遅れた世界――正しくは相対的に3日進んだ世界か――に移動し、そして帰ってきたという論理だ。これが事実ならば必要なエネルギーは少なくてもいいし、実際に魔物が異世界から移動しているだろう実績があるので理論は矛盾せず筋も通っている気がする。
このことを研究すれば、逆に魔物が出現する現象の解析ができる可能性がある。もしかすると、魔物の出現に歯止めが掛かる世紀の大発見に繋がるかもしれない。アドレナリンが過剰分泌し始めたが、頭を振って一度頭をリフレッシュした。変な先入観を持つと足元を掬われる場合があるので、一度冷静になって検証してみることにする。
確かに筋が通っているようには思ったが、問題はその前提となるパラレルワールドという世界だ。パラレルワールドは、あらゆるタイミングで別の選択をした場合に世界が分岐するという考え方だ。つまり、誰しも考えるあの時ああしていれば良かったという分岐だが、案外人は同じ環境であれば同じ選択をするものだ。物理的にみても人間の脳はやたら複雑ではあるにせよ電気信号にすぎないので分岐する余地は無い。実際1回繰り返した中では全くと言っていいほど変化はなかった。
そして、仮に多くのパラレルワールドがあるとするならば、神はどうやって管理しているのだろうか。ただでさえ手が追い付いていなさそうなのに、無限に分岐する世界など手に追えたものではないだろう。例えば、神もそれぞれの世界毎に分岐する考えれば辻褄は合いそうだが、そこまでいくと神の上位の神まで考えなければならず、流石に考えきれない。
一旦白紙に戻して最初から考え直そうかと思ったとき、ふとスマホが目に入った。途端、ふと頭に映像がよぎり、あまりの馬鹿らしさに笑いが込み上げてきた。
「ははは、我ながらしょうもないな。全くお話にならないや。もう寝よう」
考えたことは全部無駄だった。夜更かしし過ぎたせいかもしれない。答えはとても簡単だった。
3日前スマホの時刻をずらしたまま直していないじゃないか。
学校の授業の1時限目が流れていく。結局繰り返すこともなく普段の日常だ。貴重な体験をしたという思いはあるが、なにも納得いかず、物足りない気持ちがある。
頭も上手くまわらず授業の内容も入ってこない。今当てられたらまずいなとは思いこそすれ、身体がついていかない。授業も後半に差し掛かっているが、時間が進むにつれて教師の言葉が子守唄のように、段々、段々と意識を奪っていく。確かにいつもより寝るのが遅かったとは思うがここまでの眠気を生じるものだろうか。
なにかがおかしいなと頭の隅に流れた瞬間、一瞬の目眩とともに唐突に頭がクリアになった。寝起きのような微睡み感はあるが、先程のような強制的な眠気も感じない。ただし、体調とは別に身体の感覚が気持ち悪い。その理由は、先程まで座っていたというのにいつの間にか寝そべっているからだ。
普通に考えると倒れて運ばれたとみなすべきだが、意識の連続性からそれは否定する。そもそも、回りの状況を見れば何が起きたかは明白である。その理由はここが僕の部屋だからだ。それも母屋ではなく小屋の方である。壁には当然制服が掛かっているし、時刻は見るまでもないだろう。
「確かに別に0時である必要はなかったな。あれだけ考えて、結局先入観に引きずられていたなんて情けない」
日時は6月5日午前10時5分。3回目の日常が再び始まったところだ。




