63話 『次元』 (2010年6月8日 679回目)
昨日のダンジョンの探索により、次の周回でやることが定まったので、つい意識がそちらに向いて考え込んでしまっている。
もしかすると、次の周回で繰り返しが終わりになるかもしれない。そうなったら、柚葉さんや梓のように知らずに繰り返していた人間、黒田や鈴原さんのように1度は未帰還者になった人間、肉体だけは継続している先生、そして意識を継続している僕はその後どのように扱われるのだろうか。
単純に8日の10時以降に繋がるのか、ダンジョンの特性通り取り込まれた5日の時点に戻るのか。可能性としては、意識的には前者で肉体的には後者になるのが自然で、一番高いように思う。
「はー、いい加減寝るか」
だいぶ眠気が回ってきた。0時を回り暫く経っているので、恐らく2時を越えているように思う。一応、寝る前に時刻の確認としてスマホに手を延ばし、画面を見て固まった。
「え? 嘘だろ……」
画面の上部に出ているのは、危険な魔物が出現中であることを示す警報だ。この警報は、昨日のスーパーマーケットに出現する『フォレストゴーレム』により発令されるものだ。それが未だ解除されていない。
それとなく黒田を向かわせれば直ぐに解決できるが、それをしなくともβデバッガーの総力で10時頃には解決できる。今回は後者であるが、当然この時間まで長引く筈がない。
『次を待たず現れたな』
アルが言う通り、これだけの変化があるとすればその原因は触手の魔物が原因であるに違いない。既に就寝している筈だが、先生に起きてもらって駆け付けなければならない。
「もうすぐ着きます」
僕と先生は、目的地に向かって夜道を疾走している。自動車等の乗り物を準備できない訳ではなかったが、正直なところ自分達の足の方が速くなってしまっている。
もっとも、深夜で人が居らず、且つ警報が出ていて外出禁止状態なのでこんな行動ができているが、こんな危険な『修正パッチ』の使い方が協会に知られれば、重い罰則を食らうレベルだ。なにはともあれ、途中で誰にもぶつかることはなく完走できそうではある。
その目的地は件のスーパーマーケットだ。『フォレストゴーレム』が現れた時から警報は継続しているし、そもそも警報のメッセージに場所が書かれている。ただ、場所は変わらないがその危険度の記載のみ最大に変化しているのが、今の状況を暗に表している。
「見えました! え? なんで?」
スーパーマーケットの駐車場、そこでは協会のβデバッガー達がある魔物を遠目に包囲していた。ただし、それは決して追い込んでいるという図式ではない。
包囲の外側、そこでは恐らくβデバッガーとして戦っていたであろう人達が幾人も横たわっている。その数は尋常ではなく、今立ち上がっている人達と同数程ではないだろうか。
ただし、その両方を加えても今まで僕が見てきた協会のβデバッガーの数の半数以下だ。それはつまり、見当たらない人数は既に未帰還者になってしまったということだろう。
凄惨足る光景であるが、正直なところ想像していたより被害は少ない。壊滅どころか全滅していてもおかしくないと思っていた。
ただし、最も驚愕したのはその協会の奮闘ぶりではなく、協会のβデバッガー達が囲っている今まで捜してきた緑色の触手の魔物、その姿だ。
間違える余地もないほど緑色の触手が無数に生え、どれだけバグっているのか判らない程触手が重なって見える。そして、その触手の上にはゼリー状で丸い本体が乗っている。
あり得ない筈のその姿は、今まで2度遭遇した絶望の象徴、つまりそいつの名前は――――。
「……『暴食スライム』」
そのベースとなった筈のスライムの魔核は僕が持っている筈だ。気になって腰のベルトに手を延ばす。
このベルトは元々『修正パッチ』を取り付けていたものだが、ほぼ全ての『修正パッチ』を取り込んだ結果、不要な物になっていた。ただし、『修正パッチ』と魔核はほぼ同じ大きさであるため、スライムの魔核を預かった際にこのベルトに固定するようにしている。
恐る恐るその場所に触れるが、懸念とは裏腹にしっかりとした感触が返ってくる。
「違うな。暴食スライムはそいつで間違いない。あいつは別の個体だろう」
『あやつは恐らく次元スライムだ。なるほどのう。繰り返す世界と重なることでこんな現象が起こるとは』
アルはあいつの正体を知っているらしい。それを聞きたいところだが、それより協会の輪の中に知り合いが居たので、今はそちらに集中する。
「黒田! 状況はどうなってる!」
「あ? 慧!? ここは一般人が近づくところじゃ……違うか、お前βデバッガーだったのか?」
黒田の近くには支部長代理の片岡さんがおり、βデバッガー達に引っ切り無しに指示を送っている。恐らくここが暫定的な協会の司令部だろう。
「強力な助っ人を連れてきた。今はとにかく情報をくれ」
「いきなり何を……はぁ、よし、わかった。今は猫の手も借りたいところだからな。前衛はほぼ壊滅だ。その犠牲で判ったのは時間稼ぎをする方法のみだ。今は身を切る思いで時間を稼ぎながら対策を考えている」
「時間稼ぎ? いったいどうやって」
甚大な被害がありながら崩壊にまで至っておらず変に安定していた理由、黒田の説明は正に聞きたいことそのものだ。
バグスライム――『次元スライム』が先生と同じ、もしくはそれ以上の強さであったのならば、βデバッガーが何人集まったところで10分も持たないだろう。
それくらい先生の強さが桁違いであることを既に知っている。
「『修正パッチ』だ。それをあいつに投げる。そうすると暫く動きが止まる」
黒田の説明は、あまりに予想外の回答だ。投げつけることで打撃を与えているということはないだろう。そして、似たような状況なら同種のスライムで経験している。
つまり、スライムにおける柚葉さんのお菓子だ。『次元スライム』にとってその嗜好品が『修正パッチ』であったとするなら、そいつが行っていることは補食に他ならない。
「つまり、余計にバグらせることで時間稼ぎをしているってことか」
「直ぐにやめさせろ! 俺が行く」
「え? 慧、どういう……」
僕は黒田の肩を叩き、「黙って見ていろ」と言っておいた。




