6話 『警報』
「じゃ、いくよー」
梓がそう言って勢いよく床にビー玉をばら蒔いた。先程確認したら、ルールはおはじきと同じらしい。要するに、ビー玉を指で弾いて狙ったビー玉だけに当てることができればその1個を獲得できるというシンプルなゲームだ。
梓がばら蒔いたビー玉を観察すると、透明のガラス玉に様々な色の模様が入ったものが7割り程で一番多く、白い色で柄が描かれているものが3割程ある。そしてその中でちらほら、他のビー玉より一回り大きくてどこか見覚えがあるものが――。
「あ、これ綺麗ね! ちょっと光っていて……中の形が動いているのね。どういう仕組みなんだろう……」
「あ、柚お姉ちゃん。触るのはルール違反だよ!」
僕の近くにも転がっていたそれを見ると、どうみても『修正パッチ』だ。梓が自力で入手したものとは思えないから誰かのもの――むしろ、僕のものだろう。そういえば最近見かけないと思っていたがこんなところに隠されていたとは思わなかった。……後で回収しておこう。
『修正パッチ』はデババトの為に魔物のデータを分析している時に大量に入手できた。例えば、『攻撃力補正』等の能力補正系、『ゴブリン特効』等の種族特効系だ。これらは他の魔物と比べてステータスが異常値――つまりはバグだと確信した瞬間に何故か手の中に握らされていた。
この世界には神がいる。それは、宗教感とは無縁に強制的に周知された事実だ。量子レベルでしか矛盾が確認できていなかったほぼ完璧な世界に、致命的なバグを組み込んでしまったことにより、世界は誰かの作り物だと逆説的に証明されてしまった。ここでの神は、一般的に知られている全知全能の神や、人間を超越した存在としての神とは程遠いので、実際は別の存在かもしれないが、少なくとも人知を超えた力は持っているようだ。便宜的に神の座に置いておくことには違和感は生じない。
その神の仕事は言ってしまえばプログラマーだろう。ただし、現実のプログラマーのように、全く手が回っておらず納期に追われている姿が見てとれる。デバッグ作業は人類に丸投げであるし、発見されたバグの対処方法もやっつけ仕事だ。バグ自体を直接修正せず、簡易的なバランス調整として『修正パッチ』を配布することで対処が留められている。もしかすると、あまりに世界が複雑な構造をしており、直すに直せない状況に陥っているのかもしれない。
「うへ~。私だけ一人負けだね。二人とも上手すぎじゃない?」
力が抜けるような言葉を発しながら、柚葉さんが敗北宣言をした。確かに見る限り集めたビー玉の数はほぼ大部分が僕と梓の元に集まっている。辛うじて僕の方が多いと思うが、梓が両方とも数え始めているため、勝負の決着の判定は梓に任せることにする。梓の性格的にズルはしないだろう。
「あ、もうこんな時間だ。今日の夕ご飯は私担当だから、そろそろ準備しないと」
柚葉さんは住み込みで働いているわけではない。だから前回はどうだったのか多少気にしていたが、元々夕飯の担当だったのならば、特別危険にはなっていなかっただろう。ただし、念のための保険はしておいた方が良いかもしれない。
「柚葉さんも一緒に食べていかないか? 寧ろ今日は泊まっていった方が良い」
柚葉さんの仕事は僕らや社員さんへ食事を作ることまでだ。夕食の当番だったとしても普通は作った後にそのまま帰宅する。ただし、家の管理をする使用人もいるので宿泊することは可能だ。僕や梓からの依頼であれば正規の仕事として扱うこともできるので、業務の処理上も問題ない。
「おや、そこまで一緒にいたいってこと? あれ? もしかして私口説かれてる? んー、でも、やっぱり喫茶店のオーナーになる夢は優先したいし、だから、10年くらいしてお店が安定した時に相手がいなければ考えても……」
確かに理由も言わずに言った言葉としては唐突過ぎたかもしれない。しかし、それを口説き文句と捉えて真面目に考えているのか、軽口で返答しているのか判別できない。独特の感性を持っていて行動が予測できない不肖さは柚葉さんの魅力だ。年齢も、専門学校直後にここに来たと聞いているので、僕とそんな違いもない。玉の輿を狙ってくるような性格でもないし、容姿も悪くないと思うので、案外有りなのかもしれない。ふと、この後の会話をどう進めるべきか悩んでいると、突然横から大きな音が鳴り響き思考が中断された。
ギョイーン、ギュイーン、ギュイーン
鳴っているのはスマホだ。そろそろ鳴るのを知っていたとしてもいきなりこの音には驚く。
「あー、警報だね。これだとさっきのはお言葉には甘えるしかないかな」
警報は近くに対処が難しいバグモンスターが出た合図だ。地域ごとに協会が発令するが、発令されれば基本的に住民は外出禁止になる。法律ではないので別に罰則は無いが、未帰還者になりたくなければ外に出ないのは常識だ。発令後は協会所属のβデバッガーが対処にあたるが、平均でも3時間は警報の解除に時間がかかる。特に今回の魔物は、実際に凶悪な姿をしていたのを覚えている。協会の総力をあげても苦戦するのではないだろうか。
「あー! 2個負けてた……。案外いけてるかと思ってたのに……」
警報を無視してビー玉を数え続けていた梓がガックリと肩を落としていた。小屋は母屋の目の前だといっても、今日は僕もこっちに泊まるべきだろう。時間はたっぷりあるので、ここは梓に付き合ってやろう。
「じゃあ、柚葉さんもご飯の準備があるみたいだし、ご飯の時間までまたデババトでもするか?」




