53話 『補助』 (2010年6月6日 642回目)
『ほら、来たぞ。右に躱せ』
「判ってるよ」
スライムの触手を右に躱し、その勢いで本体に接近する。この方向には触手は無く、確実に一撃を与えられる位置関係になる。
スライムの胴体の間合いに入ると、両手に力を込めて大斧を振りかぶる。この大斧はダンジョン産アイテムだ。以前は武器の強度不足でスライムに傷一つ付けらずに折れてしまったが、この大斧ならば折れる心配は無い。
この大斧をどうやって入手したか、それはあまりにも拍子抜けであるが普通に家に置いてあった。ある種の箔として家には高価な調度品がいくつも飾られているが、その内の一つがこの大斧だった。
柚葉さんにスライム用のお菓子を作って貰うために実家に寄った時に、アルが何気なく見つけ出していた。
「よっ!」
そして、その大斧を全力で振り下ろす。
いつもならここでスライムの『硬質』化が入るわけだが、どうにも違和感がある。この違和感は経験上無視してはいけない。
「――――っ! 『反射』!」
違和感の正体は定かではないが、咄嗟に次の行動を行った。迷った時は『反射』の使用が必要だと骨身に染みている。
スキルを使用すると、目の前に『反射』の領域が現れる。当然そこには反射すべき攻撃は存在しないが、直後にその領域はギュンと僕の右方向へ自動的に移動した。
移動した領域の方向を見ると、見知らぬ触手があらぬ方向へ弾き飛ばされていた。
『ほう、今のは良い判断だ。だが、余所見は必要ではないぞ』
「そうだね。ごめん」
案の定、『反射』領域の確認――つまり、余所見をした為か攻撃に力が乗り切らず『硬質』化されたスライムにより完全に防御されてしまっている。
スキルを使用したからにはアルを信じて攻撃を振り抜くのが今の場面では正解だった。
アミュレットとしての効果か、アルとしての人格による効果かは不明であるが、アルの存在は僕の戦闘力の劇的な向上に繋がっている。だが、それもスライムを圧倒するには至らず、結局は周回を重ねるに連れて厳しさを増してきているのが実状だ。
「また触手が増えたのか。補助ありがとう」
『また増やすとは無理をしてからに……何が奴をそうさせるのか……』
アルの主な能力は『修正パッチ』の補助機能だ。補助と言っても、鈴原さんの『ネクロ』のように効果を向上させるのではなく操作を任せることができる程度だ。ただ、アルの操作精度が異常に高いお陰であらゆる確率的な要素が確定的になっている。
例えば『反射』の場合なら、使いさえすれば自動的に相手の攻撃をガードしてくれる。その他にも攻撃が当たる確率や急所に当たる確率、回避する確率の補正スキル等の僕の動きに影響するパッシブスキルにさえ干渉することが可能なようだ。
動きに関するスキルは、アルが僕の身体を強制的に操作することになるので、初めは気持ち悪さを覚えたが既に慣れた。アル側の方も、僕が寝ると意識が遮断されるようなのである意味お互い様だ。戦闘時においてはアルとは一心同体のような感覚となっている。
『きゅおおおおお!』
スライムが攻撃を受けたことによるものか雄叫びをあげている。
スライムの変化により、柚葉さんのお菓子を美味しそうに捕食するような和やかな雰囲気は既に無くなってしまった。前は辛うじて理性的な行動をする場合もあったが、もう行くところまで行ってしまっている印象だ。
「遂に完全にバグってしまったかな」
『いや、奴はバグることはない……はずなんだがのう……』
どうにも、アルが言うにはスライムはバグらないはずの存在であるらしい。
確かに、触手がぶれて見えることもなければ、他の魔物の身体の一部が生えていたり、その他の明らかな異常は見られない。能力も自分の意思で発動しているようだし、アルが言わんとすることは確かにわからないこともない。
だが、バグった後の姿と実際に遭遇しているので、アルの方になんらかの認識誤りがあるのは明らかだ。そもそも、バグらないとする理由も教えてくれないので信じる材料すら不足している。
「とりあえず今回はあれを試してみるよ。駄目そうなら引き上げる」
『使うには触れる必要があるからな。気を付けることよ』
僕とアルは、毎周闇雲にスライムに突撃しているわけではない。
主な活動としては、まず先生を探し出すことだ。入院には至らずとも、身体が万全ではないはずなのでどこかで療養しているはずだが、未だに手がかりすら得られていない。
それともう一つの活動、それがデバッグ作業だ。外から来た自称魔物のアルの知識は豊富であり、その話を分析することで得られた『修正パッチ』は1つや2つではない。
『きゅおおお!』
スライムが8本の触手を振り上げている。『反射』では1本にしか対応できないとみて、同時に攻撃しようという算段だろう。
安直な考えではあるが、シンプルに対処が大変な方法でもある。だが、それも既に経験している。対処が大変なだけで不可能ではない。
『ふむ、位置的に3番目のパターンだろう』
「了解」
3番目のパターン――それは左の触手から順番に時間差で攻撃してくるパターンだ。アルの分析は未来を見通したように外れたことはないので、身体に染み付いた動きを行う。
最初の触手を跪くように躱し、直後に前転することで2本目、3本目を躱し、4本目を大斧で防ぐ。
その硬直に合わせて来た5本目の触手を上手く『反射』させて6本目の触手にぶつける。
続く7本目の触手は、大斧を手放すことで身軽になり左方向に回り込むように移動して躱し、8本目からの攻撃範囲からも逃れる。
こうしてできた僅かな隙を利用し、スライムの胴体へ接近する。そしてスキル名を叫びながら勢いよく右手を触れる。
「『分離』!」
右手で触れると同時にスライムの触手の動きが止まった。
このスキルの元となった『修正パッチ』は、『反射』や『増殖』と同等のレベルのバグに対応するものだ。スライムに対して効果的に作用することを期待している。




