5話 『遊戯』
「じゃあ、《ラフレシア》で攻撃。これで終わりかな」
「むー、また負けたー。柚お姉ちゃんには勝てたのに」
梓が手札を場に放り投げた。少々お行儀が悪いが、手札をオープンにするのは投了を意味するので、素直に勝負の結果は認めているようだ。
実際、梓はかなり強かった。ちょっとルールを聞き齧った大人くらいでは相手にならないだろうし、それなりにプレイしている柚葉さんに勝利したというのは素直に驚きでもある。
「やっぱり、その《ラフレシア》が強すぎると思うの。綺麗な絵も付いてるし、お兄ちゃんずるくない?」
「そりゃあレアカードだからね! なんなら抜いてあげてもいいけどどうする?」
むーと膨れているが、悪魔の誘惑に頷くことはないらしい。梓は負けず嫌いで文句を言ったりもするが、ルールを曲げたり手加減されたりする方が嫌なようだ。向上心があって好ましい。
ちなみに残念ながら《ラフレシア》は本来レアカードではない。能力的にもアンコモンくらいのランクにするつもりだった。絵があるのはたまたま初期の方で決まったからに過ぎない。
デバッグバトル。これは、僕が開発中のカードゲームだ。今は試作段階で関係者に配ってバランス調整や致命的な問題の探索――つまりはデバッグをしているところだ。
通称デババトは、実際の魔物とαデバッガー、及び『修正パッチ』のデータを元にしている。αデバッガーの本名を使用するのは権利上まずいのであくまで趣味程度で始めたものだったが、悪乗りした爺さんがどうやってかαデバッガー全員から直接許可を取ってきたので、商品化ができそうな段階までクオリティが向上している。
基本ルールは単純で、魔物をバグらせて強化し、相手のαデバッガーを倒しきれば勝利だ。
「ねぇ、お兄ちゃん。お爺ちゃんはαデバッガーはもっと強いって言ってたよ」
再戦するつもりなのか、カードを広げてデッキを組み換えながら梓が指摘してきた。
まさにそれが今の一番の悩みどころである。世間的に聞いている話や爺さんの言葉では、やれ絶対防御やら、やれ雷魔法やら、やれ強運能力やらで凶悪なバグモンスターを蹴散らしていたらしい。そうは言うが、実際は魔物に有利なレベルシステムもあって、とてもではないがそんな無双な活躍ができていたとは思えない。『修正パッチ』を駆使しながら集団で対応していたのが現実的なところだろう。
リアルを追求した戦略的な能力にするか、理想に合わせたチート能力に割り振るか決めかねているため、αデバッガーの能力が中途半端な状態のまま停滞している。
「よし、できた! 今度こそ勝てるはず! さあ、勝負よ!」
どうやらデッキを組み終えたらしい。自信がありそうな顔をしているので、どんな構成にしたのか気になる。さっきのデッキよりガチ目のデッキで戦うかを悩んでいると、そこで横から声がかかった。
「はーい、ストップ。丁度紅茶の準備ができたからおやつにしましょ」
いつの間にか柚葉さんが横のテーブルで紅茶を注いでいた。この部屋は襖を開けないと入れないはずだが、全く気配に気づいていなかった。何か隠密系の『修正パッチ』でも使っているのかと疑いたくなってくる。タイミング的にはデババトの勝負が付く頃には既にいたのかもしれない。
「あ、なんだっけこの貝みたいなお菓子。美味しそう」
梓もいつの間にかデッキを置いてちゃっかりとテーブル横に座っている。やれやれと僕も腰をあげてテーブルに向かうと、テーブルの上には美味しそうなマドレーヌが並んでいた。それも3色ある。
「プレーン、チョコレート、そして抹茶かな。こんな短時間に凄いね。取り合えず普通のを貰おうかな」
手に取ったマドレーヌは、出来立てなため適度に温かく手触りも柔らかい。一口食べるとふんわりとした食感にバターの風味が広がり、更に適度な甘さが丁度よい。
「おいひー」
梓が濃い茶色のマドレーヌを口に含みながらトロンと溶けた幸せそうな目をしている。
「ほんと美味しいな。これなら直ぐにでもお店出せるんじゃないか? 頼めばうちから出資してくれると思うけど」
「それは駄目。趣味全開で少しづつアップデートしていくつもりなんだから。一瞬で叶っちゃったら面白くないじゃない」
なるほど、その談にはとても共感できる。デババトも同じ状況だからだ。
カードへの加工や流通の段取りといった面倒ごとは父さんを頼っているが、肝心のカード内容やルールは僕が納得するまで吟味しているし、イラストも知り合いをあたったり限定的に募集して少しづつ集めている。多分お金を出せばデータの収集も容易だし、有名なイラストレーターを雇えるだろう。調整自体も外注へ丸投げしてしまうこともできる。
だが、それをしてしまえば単純に面白くない。趣味の範囲で思った通りにできている今の環境には素直に感謝したいところだ。
「あ、そうだ、柚お姉ちゃんも一緒に勝負しようよ!」
「ん? まぁここ数日は暇だから問題ないけど……でもどうするの? 交互に戦う?」
デババトは1対1の対戦形式だ。3人以上で遊ぶには向いていない。梓もその問いに『うーん』と唸り始めた。
「あ、じゃあ、あれにしよう!」
梓は立ち上がると、部屋の隅の木棚に向かい、引き出しから謎の缶詰めを引っ張り出してきた。お菓子の缶詰めだが、実際にお菓子が出てくるとは思えない。梓が持ち上げた感じから結構重量もありそうだ。
「何が入ってるんだ?」
「ビー玉」
缶の中に入ってたのは、言葉の通り大量の球体だ。先程まで大人にも通用するような戦略をみていたので、案外子供らしいものが出てきたのがギャップを感じて可笑しかった。