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46話 『無害』 (2010年6月7日 512回目)

 『暴食スライム』――そいつがαデバッガーに討伐されてα時代が終焉を迎えた。それを境に世界が改変されたのもあり、言わばラスボスのような存在だった。

 その姿や能力は語り継がれているが、その内容には尾ひれや背びれが付くことが多い。

 そうして誇張されがちなのには理由がある。それは今のバグモンスターでも確認できるが、弱い魔物程強い見た目をしており、強い魔物程弱い見た目をしていたことによる。

 例えば、魔王のような見た目のドラゴンがたった一撃で討伐されたなんて噂すらあるくらいである。ただし、実際のドラゴン種はバグりづらいだけで単純な能力は高いので一撃で倒すなど不可能だ。この例は逆方向に誇張されている結果だ。

 つまるところ、『暴食スライム』の見た目は雑魚モンスター――只の小さな(・・・)スライムだったのが正しい情報だ。とした場合、今のスライムは本当に『暴食スライム』なのだろうか。

 伝聞との違いと言えばあの身体の大きさ、そしてバグった時の触手の数だ。バグった場合は普通あんなに綺麗に(・・・)バグらない。バグって腕が増えるのはよくあることだが、『フォレスト・ゴーレム』の第3の腕のように捕食した魔物の腕が生えるのが普通だ。

 α時代から時間が経っているので、単純に成長して大きくなった、触手が生えたとすれば説明が付くのかもしれないが、バグる前は2本の触手しかなく、そこからバグるだけで触手が増えるのは違和感がある。もっとも、元々触手が収納可能なのであれば、その限りではないが。

 そもそも、あのスライムが『暴食スライム』かそうでないかが判ってもほとんど意味はないだろう。そんなどうでも良いことを考え続けているのは、単に昨日の出来事が予想外の方向で決着したからだ。

 昨日のことを考えると、今までの行動、そしてこれからの行動について思い起こすことが数多く出てくる。

 

「うぉー! すごいな慧! もしや密かに練習でもしていたか?」


「慧くん、すっご。え? 何? 入れる自信あったの?」


「……あ、しまったな」


 別のことを考えすぎていたせいで、身体が無意識に動いてしまっていた。

 昨日の出来事により頭が混乱してしまったので、独りで考えるよりましだと思い、気分転換がてらに久しぶりに登校してきている。

 結局学校、しかも体育の授業中でも思考し続けてしまっているのは本末転倒とでもいえるかもしれないが、日常を過ごすには余りにも余裕が出来すぎていたため、ある意味仕方がないことだろう。

 今やってしまったのはバスケットボールによるシュートだ。それが普通のシュートであれば驚かれはしないが、ハーフライン上からノールックで、しかも片手でリングにも当たることなく入ってしまえばある意味異常だろう。


「……ま、まぐれよ。次は勝つから」


 勝負に負けた桜庭さんが捨て台詞を残しながら離れていく。

 だが、まぐれではない。恐らくなん本撃っても入ってしまうだろう。外す為には、余程の妨害を受けるかあえて外すイメージで撃つ必要があるだろう。

 その原因は習得し過ぎたパッシブスキルだ。腕力は勿論のこととして、命中率といった曖昧な概念まで底上げされてしまっている。

 どうやらオフにすることは出来なさそうなので、今後普通の日常を謳歌するのも苦労しそうだ。黒田達のように上手くコントロールする術を身に付けなくてならない。






「なぁ、魔物と仲良くなることって出来ると思う?」


「え? そんなの聞いたことないわね。あ、でも完全に無害な魔物はいたような?」


 確かに、ベルゼブブを捕食したと思われる『サラセニア・マンドラゴラ』は完全に無害だ。少し意味合いは違うがバグトレントも攻撃してこないので無害ともいえる。そいつらは扱い方によっては人類に役立つこともあるかもしれない。

 だが、僕が気になっているのはそういう方向性ではない。仲間のような存在になれるかという疑問だ。


「黒田ー。あんたは知ってる? そういうの無駄に詳しいじゃない」


 桜庭さんが前を歩いている黒田に声を掛ける。体育の授業で僕が活躍してしまったせいで、桜庭さんを巻き込んでギルガンで長谷川さんへのリベンジのためにゲーセンへ向かう途中だ。自転車を押している僕と桜庭さんは、徒歩の黒田と鈴原さんの後ろにいる。


「ん? なんの話だ?」


「ペットの話。可愛いモンスターが懐いたりしないかなって」


 そんな話ではなかったはずだが、意図は同じなので特別訂正はしない。


「いや、そんな話は聞いたことないな。一応モンスターをテイミングできるような『修正パッチ』はあるらしいが……」


 今回の周回では黒田がαデバッガーであるとに気付いていること伝えていないが、惚ける必要もないのでその回答は正しいものだろう。その黒田が無いと言うならば過去にも例は無いのだろう。


「協会の研究だと人間を襲うのは本能的なものらしいって聞いたことがあるな。その強さはモンスターにより大小あるようだが、知能が高いモンスターなら抗うこともできる可能性もあるとかなんとか」


「ふーん。じゃあ、無理して耐えてるくらいなら懐きそうにないじゃない」


 無理をして耐えている、か。

 元々スライムという種族は攻撃するまで反撃してこない程度に驚異度は低いはずだが、昨日は完全に攻撃した上でのあの結果だ。知能が高いのは間違いないだろうが、耐えているとするのはやはり違う気がする。


「んー。魔物じゃないけど可愛い召喚獣ならいるよー」


「へー、例えばどんな感じ?」


 鈴原さんと桜庭さんの話題は別のものへとシフトしていくが、僕は今の会話を踏まえて昨日の出来事を改めて思い起こす。




 昨日の出来事――それは、実際には未帰還者となり死なないとしても、死を覚悟したあの瞬間のことだ。

 斧状に変化した触手が僕の脳天目掛けて振り下ろされた。それはぶれることもなく、途中で何かに妨害されることもなく完全に僕を捉え、足元まで完全に振りきられた。

 予想外だったのは、そこで意識が断裂することがなかったことだ。別に次の周回に意識が連続したまま移動したとかではなく、あまりに鋭い斬撃で身体の反応が追い付いていないわけでもない。

 むしろ、感触はあった。それは水分が含まれた弾力性のある物質――蒟蒻やらゼリーだかで殴られたような感触だった。つまり、スライムの質感そのままだ。

 その後の『暴食スライム』――もはや、別の個体ではないかと疑っているそのスライムは、見る限り喜んでいた。

 2本の触手を頭上に挙げ、『きゅっ、きゅっ、きゅ』とその場をくるくると回転しながら跳ね回っている様子は、まるで子供が遊戯で勝利したかのような喜びようだ。

 その回転も何周かすると、今度は触手を剣や槍に変えて何度か僕に斬りかかり直していた。当然そのどれもが柔らかい感触であり、攻撃という意味合いには感じない。

 ある程度その行動をした後、満足したのかスライムは隣の倉庫に帰っていった。


 戦闘前に柚葉さんの言った言葉が思い浮かぶ。あのスライムならば、バグりさえしなければ仲良くなれてしまうのではないだろうか。

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