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44話 『誘導』 (2010年6月6日 512回目)

「よし、行くか」


 手元の袋の中には柚葉さんの作ったお菓子――カヌレがある。このお菓子の存在自体は知っていたが、なんだかんだ言って食べるのは始めてだった。想像よりもかなり固いというのが第一印象だった。

 とは言え、外側のカリカリ感に対して中身はもっちりとしていて食感が面白く、柚葉さんが作ったものなので当然味も完璧だ。つまり、このお菓子が罠として機能することを確信できる。

 隠れていた金属棚から顔を出して様子を見ると、奥の壁際で大きくなったり小さくなったりを繰り返す水色の物体――『暴食スライム』が見える。

 何かの捕食に夢中なのか、こちらに気付いている様子はないので、ひっそりと近づき手頃な場所にある木箱の上に紙皿とカヌレを1つ乗せる。

 その後はゆっくりと倉庫の入口まで戻って様子を伺う。ここからでは『暴食スライム』の様子は見えないが、カヌレの様子がギリギリできる位置関係になっている。

 後は待つだけだが、今までの経験上それはすぐだ。


『きゅ! …………きゅい? きゅい?』


 案の定『暴食スライム』は監視中のカヌレに近づくと、2本の触手でつつくように確認し、その直後本体である丸い部分がカヌレに木箱ごと覆い被さった。


『きゅおー!』


 うまく食いついたようなので、この場を後にすることにする。このままここに居ると危険なのは、僕のすぐ横の足元に置いてある紙皿を見れば明らかだ。

 倉庫を出ると、約5メートル間隔で既に紙皿が置かれており、それが隣の倉庫まで続いている。

 隣の倉庫に入ると、そのまま最奥にある棚の後ろに隠れる。最後の皿にはカヌレがたくさん積まれており、そこで終点だ。

 今までの試みでは、そこまでの誘導までは完璧であり失敗したことはない。だが、今回は緊張度が半端ない。いっそ、誘導に失敗してくれた方がなんて考えまで浮かんでくる。

 その理由は、こうして僕自身が攻撃に参加するのが始めてになるからだ。そして最初でありながら、失敗した場合最後になってしまう確率はかなり高いだろう。

 ここまでリスキーな方法を取るのは、これしか方法が思い付かなかったためだ。

 第1に、ただの罠では全く効果がなかった。ダメージを与えるには、『修正パッチ』を全力で使用した攻撃を行う必要がある。

 そして第2に、致命的な一撃を与えるためには不意打ち且つ、僕自身が直接対峙してタイミングを図る必要がある。


『――――――きゅぉ』『――――きゅおぉ』『――きゅおお!』


 これからの行動を脳内でシミュレートしていると、遠くから段々と『暴食スライム』が近づいて来た。どうやら誘導は成功しているようなので、息を整え、左手で斧を掴み、右手で罠の準備をする。


『きゅおおお!!』


 『暴食スライム』が目の前で止まっている。カヌレの山に感動しているのか、2本の触手をフルフルと震わせている。

 そのカヌレの山を少しずつ捕食し始めた姿は見るからに隙だらけではあるが、ある程度近づいてしまえば気付かれるのは協会による総力戦の時に明らかになっている。

 不意打ちを成功させるには、黒田のようにいきなり転移して近づくか、もしくは近づかない(・・・・・)かだ。

 そのための仕掛けとして、右手で掴んでいたコントローラのスイッチを押す。その直後、ガコンという機械が起動する音が遠くの方で聞こえた。

 このコントローラは、工事現場で使用されていた大型のジャッキを制御するためのものだ。それを勝手ながら拝借しており、ジャッキが上がることにより遠くの小さな棚が倒れるように設置してある。

 小さな棚は隣の中くらいの棚に当たり、その棚が更に隣の棚へと、ドミノ倒しのように伝播していく。最初の起点作りと、元々設置してあった棚の固定ボルトを外すだけのお手軽な仕掛けである。

 ドシン、ズダンと音が近づくに連れ『暴食スライム』も何事かと音の方に視線を向ける。そして遂に『暴食スライム』の目の前の棚にもその影響が派生してきた。他の棚よりも荷物が詰まったその棚は、『暴食スライム』に向かって倒れていく。


『きゅい!』


 棚の倒れる音、棚に置かれていたビンが割れる音が重なった轟音が辺りに響き渡るが、当然この程度の罠に巻き込まれる『暴食スライム』ではなく、数歩離れた位置に下がっている。

 それも、少しずつ捕食していたカヌレも一緒に移動するだけの余裕すらある。むしろ、この罠に巻き込まれたところで『暴食スライム』は無傷なので、カヌレが被害に合わないように移動したという方が正しい気さえしてくる。

 だが、ここまでは予定通りだ。罠の目的としては棚に巻き込むのではなく、その後が要となっている。


『……きゅ、きゅぉぉ』


 棚とともに落下したビン――そのビンの中身の液体が『暴食スライム』へ近づいてくる。それを避けるように徐々に『暴食スライム』が後退してくる。

 その液体が広がるに連れて、僕の方にまでその液体の臭気が漂ってくる。その臭いは別に刺激臭という訳でも悪臭という訳でもなく、どちらかというと甘い香りだ。だが、ずっとその場にいると頭がクラクラしそうになる香りでもある。

 つまり、酒だ。それも特にアルコール分が高い酒を厳選してある。その分価格もお察しではあるが、それは二の次だ。偶々倉庫にたくさんあって準備しやすかったので選んだに過ぎない。

 色々実験した結果、『暴食スライム』には苦手とする物があることが判った。それが酒ではあるが、別に直接降りかかったとしてもダメージがあるわけではない。単純に苦手とするだけで触れないように離れていく程度の効果しかない。

 一応、その他にも工業用のアルコールなり、強酸性の劇薬なんかでも似たような効果を発揮するが、どれも忌避するだけの効果に過ぎないので、違いは入手性のみになっている。

 つまり、この罠の目的は『暴食スライム』を移動させるためのものだ。近づけるか遠ざけるかの違いだけで、扱いはカヌレと同じになる。

 その罠により『暴食スライム』が後退する方向は、当然僕が隠れている棚の方向だ。僕からは近づかず、向こうから近づかせることで、どうやら想定通り僕の存在に気付かせないまま接近することができそうだ。

 そして、絶妙な距離まで『暴食スライム』が近づいてきたところで覚悟を決めて死角から飛び出す。


「――――!」


 声を出さずに全てのスキルをオンにし、全力で斧を『暴食スライム』へ振りかぶった。

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