41話 『覚悟』 (2010年6月6日 426回目)
『デモンズ・ティアー』
鈴原さんが使用した闇魔法でβデバッガー達の怪我が僅かに治っていく。
鈴原さんの『デモンズ・ティアー』は生物の治癒能力を強制的に高めて回復させる魔法だ。それは、傷や病気、麻痺や毒なんかにも効果があり、その効果範囲も広い。『めふぃすと』に払った代償にも効果があるのか、黒田が入院していた際にも鈴原さんは何度か使用していた。
欠点というより欠陥は、万能といえる程の効果の代わりに威力がそのぶん分散されてしまっていることだ。つまり、効果は微々たるものしかない。もはや、悪魔の涙というより、雀の涙という方が正しい気がしてくる。
「んー。やっぱり『ネクロ』がいないとこんなもんかなー」
「なに、致命傷になってる奴はいないから十分だろ。悔しいことにな」
死屍累々のような惨状だが、その大部分は黒田の言うように命に影響があるレベルの者はいない。その状態を作ったのは、目の前の倉庫の中にいる『暴食スライム』だ。
「なぁ、慧。今回は収穫あったか? 次の策に使えそうか? あれは、無理なように感じるんだが」
「あー、そうだね……」
黒田に言われて考えるスタンスをとるが、実際は別のことを考え始めている。
未帰還者になっても次の周回で復活することが解ってから実施した対策は、協会所属のβデバッガーによる総力戦だ。これは元々黒田からの提案であるが、極めて当然の選択でもある。
そして、完膚なきまでに叩きのめされ失敗した。その後も戦略を変えながら幾度も挑戦したが、今回含め全く上手くいかなかった。
「完全に遊ばれてたもんねー。慧くんでも対策は思い付かないんじゃない?」
上手くいかなかった原因は鈴原さんの言う通り、単純に圧倒的な実力差によるものだ。なにせ『暴食スライム』は食事に夢中で、そのついでと言わんばかりにβデバッガー達の攻撃を適当に捌いていた。倉庫から逃げ帰っても追ってこないのは食事に戻ったからだろう。
取り敢えず判ったことといえば、『暴食スライム』はバグる前と後では攻撃性が全く異なることだ。後者ではとにかく周りのβデバッガーの排除を最優先で動くが、前者では食欲を優先して動く。
当然、βデバッガー側にすればバグる前の方がやりやすいわけだが、とある事情によりバグった後の方が助かる部分もある。
それが『反射』だ。反射させる関係上受ける攻撃は強ければ強いほど良いわけだが、バグる前では攻撃に麻痺毒の効果が乗っておらず、威力も致命的な程ではない。つまるところバグった後の方が戦い易かったが、それは遭遇した2回とも偶々上手くいった結果論に過ぎない。
「やっぱりなんとか不意を打つしかないんじゃないか? 睡眠中に奇襲するとか」
「んー。私もそう思うけど、慧くんはもう試したって言ってたよ?」
一瞬こっちに視線が向いたが、黒田達の会話には混ざらず別のことを考え続ける。
一応、黒田が言うように『暴食スライム』が睡眠時かつ奇襲するのは有効ではあった。あったが故にその後の惨状を既に目撃しているので、対策なしで再び同じ戦法を取る気がしない。
まず奇襲について言えば、最初に黒田がやられた時と同じだ。恐らく当たりさえすれば『暴食スライム』にとっても大きな一撃になるのだろうが、だからこそ『暴食スライム』が全力で迎撃してしまう。
この攻撃に『反射』を合わせられればというところだが、正直僕の実力不足で全く見えておらずタイミングを合わせられる気がしない。そもそも攻撃の中間に『反射』を設置すると、奇襲攻撃の方まで反射してしまい、結局黒田にもダメージが入る自爆技になってしまう。
そして睡眠時、これを妨害するのは頂けない。これをした場合、怒り――というより、寝ぼけているという方が正しそうだが、防御を考えずになんでもかんでも捕食し続ける。倉庫にある食糧は勿論のこと、木箱や棚といった無機物まで、そして問題なのがβデバッガーのスキル――『修正パッチ』を根こそぎ捕食し始めることだ。
普段はあまりスキルを捕食しないのは何かしらの悪影響があるからだと思うので、討伐を目指すのであれば正しい道筋な気がするが、この時の被害が著しかった。いつか『暴食スライム』の妨害に貢献した『泥沼』や『硬質』もこの際に喰われてしまっている。
「……やっぱり、そろそろ頼るのを止めないといけないな」
誰にも聞こえない程度にボソッとずっと考え続けていたことを言葉に出し、覚悟を決める。
止めるのは協会ないしは黒田への協力依頼に対してであるが、そう考えていたことにはおおよそ2つの理由がある。
1つ目は繰り返し続けることで段々と勝率が下がっていくことだ。繰り返せば普通勝率は上がりそうなものだが、『暴食スライム』にとっても条件は同じであるし、具体的なところでは件の捕食が問題になる。
何故かあまりしないとはいえ『暴食スライム』は珠にスキルを捕食する。すると『暴食スライム』は強化され、当然こちらは弱体化する。いずれ決壊するのは明らかだ。
そして2つ目が『増殖』だ。もはや『暴食スライム』と対峙するのに必須となっているが、最近これ自体に問題があることに気づいた。
タイムパラドクス――以前はこれが起こることで、未帰還者になっても次の周回で復活することの理解をしたが、同じ考え方をすると今の状態が不味いことが判る。
つまり、『増殖』が使えた時点で次の周回があることが確定するので、この周回では『暴食スライム』は倒せない、もしくは倒しても繰り返しが終わらないことを証明してしまっている。
協力してくれている黒田達には申し訳ないが、ジリ貧である戦闘は諦めて別方向で対策を練る必要がある。




