4話 『実家』
学校も終わり、真っ直ぐ家がある区画まで帰ってきた。
15時から19時くらいは特に人通りが多くなるので、道中は協会の人間が眼を光らせていた。朝の通学・通勤時間と違って帰宅時間はまばらになるので、βデバッガーはあまりいない。協会の人間が連絡係や誘導役になるのが効率が良いのだろう。取り合えず、今は魔物が出ることもないのでゆっくり休んでいて欲しいところだ。
右の区画に眼を向けると、大規模な工事の真っ最中だ。いつもはその一角に佇んでいる小屋に帰るのだが、今日は左側の屋敷の方に用がある。こっちは今の母屋ではあるが、工事で新たな母屋が完成すれば離れ兼物置として利用するらしい。小屋で離れて生活をしている僕が言えたことではないが、広さも十分だし、歴史が積み重なったこちらの建物の方が趣があるように思えてくる。
「ま、見栄と箔、後は安全性も必要だしね」
実際、高乃宮家は乱暴な言い方をしてしまえば、金持ちである。それも尋常ではないレベルだ。既に高乃宮グループと呼ばれる程様々な分野を扱う程に成長している。
成長の原因は明らかだ。元々は学校関連の経営をしていて十分富裕層ではあったが、αデバッガとして爺さんが活躍したのが分岐点になっている。爺さんが使用していた『修正パッチ』は、その特性上商売をするにはあまりに向きすぎていた上、単純にαデバッガーとしての人気ぶりが広告として機能し、拍車をかけるように大きくなっていった。
ここまでくると妬みの対象になりそうなものだが、世間には案外好意的に受け入れられている。理由とすると、単純にグループの顔役である爺さんや父さんの人柄が良いのと、直接的な脅威である魔物と対峙しているデバッグ協会に無条件で出資し大きく貢献しているからだ。その他にも地域貢献に湯水のように大盤振る舞で出資しているが、資金は減るどころか増加する一方であるらしい。
そんなこんなで母屋まで新しく建築することになっているが、現在の母屋はまだ目の前にある旅館さながらの木造平屋の建物である。その景観は無視して、玄関横に自転車を停める。そして、玄関の引戸をスライドさせるように開いて中に入った。
「ただいまー…………あれ、人が少ない?」
この家は半分会社の事務所のように使われているので、家族以外にも普段なら誰かしら働いているものだが、今日はその気配が薄い。ここ数日は人がいないことに驚かされてばかりだ。
とはいえ、皆無というわけではなく、厨房の方からガタガタと音がした後、足音が近づいてきた。
「あら、お帰りー。慧君、今日は帰ってきたんだね」
「あー、……3日……ぶりかな?」
確か、週末の学校帰り――つまり金曜日に1度顔を見せているが、体感的には6日ぶりなため直ぐには回答できなかった。
「なんか人が少ないみたいだけど何かあった?」
「あー、それなんだけど、確かお爺さんを訪ねて来たお客さん? が、土曜日……だったかな? 倒れてたのよ。この辺で。余程のお得意様だったのかそれ以来皆慌ただしくなったみたいでねー。で、おやつになに食べたい?」
割りと重要そうな話をぶったぎって自分の話に移行するのは、如何にも柚葉さんらしい。
彼女は将来的に自分の喫茶店を持ちたいから雇って欲しいとかで、いきなりうちの門を叩いて飛び込んできた超絶行動力の変わり者だ。確かにこの家には一流の料理人もいて修行にもなるし、人もたくさんいるので接客の練習にもなる。そして実際給料まで破格なので、冷静に考えればこれ以上ない環境だ。
実際当初より腕は確かだったようで無事に採用されている。料理に専念するために髪を後ろに1本にまとめ、化粧っ気のない姿をしているが、エプロンだけはデフォルメされた鳥のような生き物が刺繍されている私物を使用しているので、料理以外のこだわりもあるらしい。
「そういえば、普通買ってくるようなものも作れるって言ってたよね。マドレーヌとか?」
「りょうかーい。焼けたら持ってくね~」
難易度が高そうな課題をあげてみたが、なんの躊躇もなく笑顔で答えると、クルリと振り返り、真っ直ぐ厨房に入っていった。が、何かを思い出したように、厨房の壁から顔だけを覗かせてきた。
「そうそう、梓ちゃんが遊び相手いなくて寂しそうにしてたからお相手してあげてね」
梓は9歳離れた妹だ。両親は若くして結婚したが、僕が産まれた後は高乃宮家の仕事を覚えるのに忙しく、その後もα時代になったため、2人目ができるまで時間が掛かったようだ。
両親は今でも仲睦まじいが、ここ数年また忙しくなっており、爺さんのサポートとして2人揃って家を留守にすることが多くなっている。その為、梓の教育は業務のために家に駐在している社員さんや、家の管理として雇っている使用人――柚葉さんもこれに含まれる――によって大事に行われていた側面が多いため、やや大人に対しても勝ち気に振る舞うように育っている。
とは言え、まだ子供ながら常識をわきまえているような賢さもあるし、皆とも仲良く遊んでいるので、性格が歪むような心配は必要ないと思う。
と、そんな考えをしながら歩いていたら目的地である部屋の前に到着した。人の気配もするし、間違いないだろう。その部屋の襖を開いて、中でボケーッとしていた人物へ声をかける。
「やあ、梓。暇してるって聞いたよ。何かして遊ぶか?」
「あ、お兄ちゃん! じゃ、デババトね。今日こそは勝つんだから!」